モーセは神から十戒を授けられたという人物だ。<o:p></o:p>
旧約聖書のヒーローだが、よく分からないことがある。<o:p></o:p>
十戒の第6の言葉は「殺してはならない」である。<o:p></o:p>
でも聖書の記述を読むと、その後、モーセは死刑という殺人を肯定しているようにしか思えない言動を取っている。<o:p></o:p>
いったい彼はどういうふうに神と自分との折り合いをつけていたのだろう?<o:p></o:p>
ちなみにモーセは十戒を授けられる前にエジプトで殺人を犯している。<o:p></o:p>
ところでヘブライ語によると「殺してはならない」は「殺すはずがない」とも読めるそうである。<o:p></o:p>
それでも現実に殺人を犯す人間がいるから神はわざわざこんなことを言わねばならなかったのだろう。<o:p></o:p>
ここまで書いて「十戒って石板に刻まれていたみたいだけど、モーセが自分で彫ったのではないの?シナイ山に自分一人で登っている間に・・・」という不謹慎なことが思い浮かぶ。<o:p></o:p>
脱線した。<o:p></o:p>
話を戻そう。<o:p></o:p>
「(人間というものは)殺すはずがない」とされてしまった時に、では殺してしまった者はどうなるのだろう?<o:p></o:p>
人間ではないということか。<o:p></o:p>
人間も生きるためには他の生き物を殺して食べなければならないから常識で考えてここであげられている対象は人間だろう。<o:p></o:p>
殺人者モーセはどういう気持ちだっただろうか。<o:p></o:p>
自己否定や罪の意識に苛まれることはなかったのだろうか。<o:p></o:p>
そういう時、生まれたアイデアが「エジプト人は人間ではない」というものではなかったか。<o:p></o:p>
こうすれば、エジプト人に限らず、人間でないものを殺しているのは人間として当たり前のことなので自己正当化は成り立つような気がする。<o:p></o:p>
ではなぜ自分は人間でエジプト人は人間ではないのか?<o:p></o:p>
自分は神から選ばれたからである。<o:p></o:p>
本当は自分が「選ぶ神」という便利な道具を利用したに過ぎないのだが、誰がこの仕掛けを見破ることができようか。<o:p></o:p>
だってこれは外からは見えない自分の内面の出来事なのだから・・・。<o:p></o:p>
妄想がとまらない。<o:p></o:p>
失礼しました。<o:p></o:p>
強制終了します。<o:p></o:p>
一言付け加えると、モーセが殺人という行為を嫌っていたことは間違いないと思う。<o:p></o:p>