偶像崇拝とは「刻んだ像を崇拝する」というよりも本質的には「神ではないものを神として崇拝する」ということなのだろう。
一種の錯誤行為であるが、こういうことは現代でもよく起こる。
そしてひどい目に遭うまで気づけないのが普通である。
神とは何かよくわからないから仕方ないのだが、僕も例外ではない。
偶像崇拝とは「刻んだ像を崇拝する」というよりも本質的には「神ではないものを神として崇拝する」ということなのだろう。
一種の錯誤行為であるが、こういうことは現代でもよく起こる。
そしてひどい目に遭うまで気づけないのが普通である。
神とは何かよくわからないから仕方ないのだが、僕も例外ではない。
僕の弟は健常者だ。
作業所のスタッフとして働いている。
今日、訪ねてきて明日一緒にお墓参りすることになった。
その弟であるが晩御飯に寿司を奢ってくれる。
なんだか弟の方がお兄さんみたいだ。
母の日のプレゼントの代わりということであるが、僕まで申し訳ない。
明日は弟の誕生日だというのに。
弟の方が僕より大人だ。
利他の精神は人を迷わせる。
例えばこのような場面で。
最期の言葉。
若くして最愛の妻と死別する際に
妻は
①「他の男と幸せになってくれ」と言われるのがよいのか。
②「自分以外の男とは一緒にならないでくれ」と言われるのがよいのか。
③「(今まで)ありがとう」とだけ言われるのがよいのか。
④何も言われないのがよいのか。
これ以上、同じ作業を続けても僕の障害は良くならない、というか治っている気がするのでしばらく考えるために休ませてもらいたい。
きのう、作業所に電話して施設長のMさんにそのような旨を伝え、了解してもらえました。
とりあえずゴールデンウイーク明けの5月10日(月)までということにしておきました。
風邪をひいたり踵痛に悩まされたりしている僕ですが精神の調子を崩すほどではないです。
むしろ精神は安定していると言っていいです。
これも長年の闘病生活で得た成果かも知れません。
一番苦しいときは去りました。
きのう38度6分の高熱を発しダウン。
薬を飲んで早めに寝ました。
今朝の体温は37度1分。
悪寒はなくなったけど薬を飲んで寝ていました。
そしてさっき熱を測ると36度8分にまで下がっていました。
けどまだ油断はできないので無理はしないでおこうと思っています。
体重が74.4キロまで落ちたせいか踵痛は緩和されたのが救いです。