玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します

玉川上水糞虫マップ – 玉川上水沿いの緑地における糞虫の生息を地図化する –

2019-08-27 21:23:50 | 生きもの調べ
高槻成紀
関野吉晴
豊口信行
長谷川博之

要旨
 2019年8月に玉川上水全域30kmの98カ所で糞虫トラップによって糞虫の生息状況を調べた結果、次のことがわかった。玉川上水全体にコブマルエンマコガネがいた。ただし他の糞虫はほとんど捕獲できず、種組成は単純であった。30匹以上と非常に多く捕獲されたトラップが少数あった。それらは近くに大きい木を含むよい林があった。井の頭と小平には雑木林的な林があり、糞虫が連続的、安定的に捕獲された。上中流には明るく、下生えが頻繁に行われる場所があり、そのような場所では糞虫の捕獲も不安定であった。小金井は桜並木で、コナラなどの落葉樹が乏しく、草本類が多いが、ここでは糞虫は捕獲されたが、少数であった。このようなことから、糞虫トラップは自然の豊かさを示す指標となりうると考えた。

はじめに
 日本で糞虫の調査というのは山地の牧場で行われるのが普通で、いくつかの調査例がある。高槻は玉川上水でタヌキの調査をする過程で、糞を分解する糞虫が玉川上水にもいることを知って驚いた。そして「玉川上水にはいるが、周辺の公園などの孤立した緑地にはいない」と予想して調べたら、その予想は外れて多くの場所にいることもわかった。
 一方で、「玉川上水花マップ」という活動をして、玉川上水の30kmの範囲にある約100本の橋を区切りにして区画内の野草の分布を調べた。それにより、全体に連続的にある野草、ごく局地的にしかない野草があるとともに、明るい羽村や小金井にはあるが良い林のある小平や井の頭にはない草原性の野草があり、さらに逆の出現をする雑木林に生える野草のあることなどもわかってきた。
 その経験から、次の調査として「玉川上水糞虫マップ」を調べることにした。目的は1)玉川上水沿い全体に糞虫がいるかいないか、2)糞虫の種類はどうか、3)多い場所少ない場所があるとしたらその傾向は読み取れるかとした。

方法
 方法はプラスチックの直径と高さが10cmほどのプラスチック容器の上に割り箸を渡し、そこに犬のフンを入れたお茶パックをぶら下げる糞虫トラップ(図1)を用意し、玉川上水の98の区画においた。


図1. 糞虫トラップ


容器の底には1cmほどの水を入れて糞虫が飛んで逃げることを防いだ。夕方に糞虫トラップを設置し、翌朝回収した。
 調査の分担は橋に最上流を1番として橋番号をつけて、橋以外の駅や道路など区別地点を含め96区画があるが、26と81では補足的に追加区画を作ったので98区画となった(付表1)。1番から20番までを豊口氏、21番から38番までを長谷川氏、39番から63番までを関野氏、64番から96番までを高槻が分担した。これを2019年8月11日から8月27日までの間に実施した。

結果
 快晴の日もあれば曇天、小雨の日もあり、糞虫の活動条件も一定ではなかったので、その影響も考慮し、大まかな傾向を読み取ることにした。

<全体の傾向>
 結果のグラフ(図2)を見ると「全体にいる」ことは言える。少なくとも最初の1番羽村取水閖(羽村市)と最後の96番浅間橋(杉並区久我山)では糞虫が採れた。98区画のうち80区画で捕獲されたので、捕獲率は82%となる。したがって「上流から下流まで隙間なくいる」とは言えないまでも、「ところどころ採れない場所もあったが、ほぼ全域にいる」とは言えるだろう。



図2. 玉川上水沿い98区画における糞虫トラップによる糞虫捕獲数の分布。茶色はコブマルエンマコガネ、赤はセンチコガネ(2カ所のみ)


なお、トラップが紛失したため、前後を含めて再調査した場合、1度目は捕獲数ゼロであったが、2回目には数匹採れたという例があった。このことから、一度の調査でゼロであった場所も「いない」のではなく、「少なくてトラップには採れなかった」という意味で、いる可能性が大きいと思われる。

<種組成>
 捕獲された糞虫の種はほとんどがコブマルエンマコガネであった(図3)。


図3. コブマルエンマコガネ(オス)


 オスは特徴的なので間違いないが、メスは「コブ」がはっきりしないので不確実さを残す。ただしエンマコガネの他のオスはいなかった。玉川上水ではクロマルエンマコガネが確認されているが、今回は捕獲されなかった。他にはセンチコガネが2カ所で7匹採れた。他にはオサムシが2匹採れた。なおハネカクシ類、ダンゴムシなどが入っていたが、カウントしなかった。
 このことから玉川上水の糞虫は圧倒的にコブマルエンマコガネに偏っており、種類は非常に単純であるといえる。

<数の分布>
 捕獲数の合計で667匹だからトラップ1つあたりの平均は6.8匹、ただしゼロを除くトラップの平均は7.4匹となる。
 捕獲数を多いものから少ないものに並べると図4のようになった。これを見て明らかなのは「一部に非常に多いトラップがあったが、全体としては10匹程度かそれ以下が圧倒的に多い」ということである。
 30匹以上採れた上位3つのトラップで全体の23.9%、つまり4分の1程度を占めた。また20匹以上である7位以上は39.5%に達した。
 このことはごく少数のトラップに極端に多く集まることがあったということを意味する。


図4. トラップあたりの捕獲数を上位から順に並べたグラフ

<場所比較>
 改めて図1を見ると、グラフにところどころピークがある。以下には橋番号、橋名、所属市名を記す。ピークがあったのは27松中橋(立川)、40西中島橋(小平)、85幸橋(井の頭)である。これらは大木を混えた発達のよい森林があることで共通している。とくに85幸橋は近くに野鳥観察施設もある立派な林があり、立ち入り禁止になっている。低木やつる植物も多く、生物多様性が高い場所である。
 一方、上流の14青梅橋(福生市)までは捕獲ゼロのトラップが多く、出現が不安定だった。この傾向は24ふたみ橋(昭島市)から34見影橋(立川市砂川)まででも同様であった。これらの場所は玉川上水沿いの林床の下刈りが頻繁に行われ、藪がないということで共通している。ただしすべてで糞虫が少ないということでもなく時々は10匹以上採れたトラップもあった(図2)。
 安定的に捕獲されたのは、38清願院橋(玉川上水駅)から59喜平橋(小平市)までで、コナラのよい林が続く場所である。また83万助橋(三鷹市)から96浅間橋(杉並区久我山)までもほぼ連続的でしかも捕獲数が多かった。
 これらに対して60小桜橋から70曙橋まではいないわけではないが1,2匹しか採れなかった。ここは小金井の桜の並木があるところで、草本類は豊富だが、直射日光が当たる場所も多く、そういう場所ではトラップの糞が乾燥しがちで、匂いが飛ばないために糞虫が飛来しにくいということがあるのかもしれなお。あるいはもともと糞虫があまりいないのかもしれない。
 なお、2カ所だけだがセンチコガネが採れた。一つは5新堀橋(福生市)で6匹も採れた。これについて担当の豊口さんは次のようなコメントを書いている。
「このエリアの南側は、歩道を挟んで次の橋まで、加美上水公園という緑地公園が続いています。多摩川も近く、多摩川と玉川上水にはさまれた立地です。過去にタヌキのためフンも見られ、今年の初夏には親とはぐれてしまった子タヌキもいました。したがって、中型の哺乳類が生息できる環境にあり、犬の散歩も多く見られる公園です。日頃からセンチコガネはよく見かけており、フン虫にとって比較的まとまったフンにリーチできる場所で、トラップの設置場所もたまたまよかったのかもしれません。」
 もう1カ所は40西中島橋(小平)で採れたのは1匹だけだが、ここはコブマルエンマコガネが65匹と、全体で最多のトラップだったから、糞虫にとって好適な環境があると思われる。
 高槻は50久右衛門橋(小平市)の近くの津田塾大学でタヌキのため糞にセンチコガネがきているのをよく見るが、今回のトラップでは採れなかった。

<自然の豊かさの指標>
 玉川上水という東京の市街地を流れる細い運河沿いの幅の狭い緑地に糞虫がいて、しかもそれがごく一部にだはなく、ほぼ全面的にいることができたのは大きな驚きであった。しかも立派な林を背後に保つような場所では多数が捕獲された。これは通常の観察ではわからないことであり、糞虫トラップで誘引することで確認できたことである。そのトラップはごく簡単なもので、誰でも作ることができる。そう考えれば、このトラップを仕掛けることで、その場所の自然の豊かさを知ることができることになる。その意味で糞虫トラップは自然の豊かさを表現する優れた指標になりうると思う。

まとめ
1) 玉川上水全体にコブマルエンマコガネがいる。
2) ただし他の糞虫はほとんど捕獲できず、種組成は単純である。
3) 少数だが30匹以上と非常に多く捕獲されたトラップがあった。それらは近くに大きい木を含む良い林があった。
4) 井の頭と小平には雑木林的な林があり、糞虫が連続的、安定的に捕獲された。
5) 上中流には明るく、下生えが頻繁に行われる場所があり、そのような場所では糞虫の捕獲も不安定であった。
6) 小金井は桜並木で、コナラなどの落葉樹が乏しく、草本類が多いが、ここでは糞虫は捕獲されたが、少数であった。
7) 糞虫トラップは自然の豊かさを示す指標となりうる。

付表1 橋番号と橋名


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