2017年7月の観察会の記録
7月9日はとても暑い日になりました。調査をする林が少し遠いので、鷹の台駅から、あまり解説もしないまま歩き始めました。明るい場所にヨウシュヤマゴボウが咲いていたので、花の作りなどを説明しました。水車橋のところは春の観察会のときにジャノヒゲの青い実があるのを説明していたので、見るとちょうど花が咲いていました。そのあとで同じ仲間のヤブランもありました。だれかが
「ヤブランってランなの?」
と聞いたので
「ランというのはエビネなどのラン科の植物をさすだけでなく、単子葉植物のなかで華麗な花を咲かせるものをさします。スズラン、タケシマランなどはランではないけどランと呼ばれます。」
ハエドクソウがあったので、説明しました。
「ハエドクソウはちょっと植物を勉強した人がシソ科と間違えがちな花です。茎も葉の対生するところも、花が唇形花という形をしているなど、どれも似ています。上のほうはつぼみ、その下に花、さらに下には果実がついていて、はじめは斜めにでていますが、その下のものは茎にぴったりくっつきます。よく見るとその先がクルリとカールしていますが、これが動物の体について種子を広げます。ハエドクというのはほんとうにハエを殺すことができるからで、昔あったハエとりリボンにはこれをつけたそうです」
ハエドクソウの説明をする(豊口撮影)
ハエドクソウを観察する(豊口撮影)
もう少し歩くとヤマユリが見事な花を咲かせていました。
ヤマユリ
「ユリにはいろいろあるけど、ヤマユリはもっとも見事なものだと思います。大きくてしかも白です。花びらが6枚ありますが、実は3枚が花弁、3枚が萼片です。
ユリはきれいな花で洋の東西を問わず名花とされます。旧約聖書にソロモン王が出てきて、この王様は今のアメリカ大統領よりもはるかに偉いほどの王様でした。そのソロモン王は政治家としてすぐれた人でしたが、自然賛美という点でもすぐれた人でした。人の作ったどんなにすばらしいものでも、野のユリの足元にもおよばないと語りました*。だからユリはヨーロッパ人にとって特別の花なのです。ミッションスクールの校章はよくグニャグニャした刀みたいなデザインがありますが、あれはユリの花をデフォルメしたものです。
ユリの花のデザイン
アブラナ科の花は花びらが4枚で、あれは十字架を連想させるから、あれもヨーロッパ社会ではスペシャルな響きがあるんですね。
ユリは百合という字をあてますが、あれは中国語で、中国人は動物でも植物でも人が利用できるかどうかで評価しますから、あれは百合の地下茎(ユリネ)がたくさん重なっているようすを表しています。日本では百合は目で見てよい花と考えますが、中国人は食べられる花だというわけで、国民性を表しています。私は日本語のユリは「揺れる」だと思います。」
* これは正確ではなく、正しくは「されど我なんじらに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その装いこの花の一つにも及かざりき」ということばです。
調査地までは30分ほどもかかりました。とてもよい林で50メートルかける100メートルくらいあると思います。コナラが主体で、林床にはイチヤクソウやキンランなども多く、なかなかよい武蔵野の雑木林を代表するような林です。
調査した林
ここに20メートル四方の調査区をとって例によって毎木調査を始めました。
調査区の外枠を張る(豊口撮影)
調査区の外枠を巻尺を使って作ってもらうあいだに少し説明をしました。
「これまでいくつかの場所でこの調査をしました。木の周囲を測るから断面積が求まります。それの合計値がだいたい30m2/haなんです。手入れをして育つように管理したスギ林が50m2/haと言われています。ところが、これが津田塾大学と中央公園南の玉川上水の林はなんど60m2/haもあったんです。いかに立派な林であるかということです。毎木調査は簡単な調査ですが、具体的な数字としてわかりやすい結論がでます。それで今日もこの雑木林を代表する林のデータをとります。時間があったら下生えの調査もしたいと思います。」
段取りを飲み込んだ人が多かったので、テキパキと仕事が進みました。記録は棚橋さんにたのみました。
記録担当の棚橋さん、
測定する参加者(豊口撮影)
調査のようす
測定は30分ほどでできたので、記念撮影をしたあと、もうひとつ同じ大きさの調査区を作りました。
シオデが花をつけていたので、集まってもらって説明をしました。
シオデの説明をする
「うーん、どこから説明をしようかな?これは単子葉植物ですか、双子葉植物ですか?」
「双子葉・・・、あれ単子葉?」
「単子葉と双子葉はどうちがう?」
「単子葉は平行脈」
「うん、それは単子葉の特徴のひとつだけど、そもそもの定義は子葉が1枚か、2枚かです。1枚は単、2枚は双です。その上で両者をくらべると、たとえば葉脈が平行か網の目のようだということがある。で、これは?」
「平行です。」
「はい、平行だよね。イネ科などは細長い葉だから文字通り平行ですが、これは葉が幅広く丸いので、印象が違いますが、枝分かれしないで、平行です。
それから花を見てください。球状にみえますが、これは花序で、ひとつの花を見てください。よく見ると細長いのが3枚、少し幅広いのが3枚あります。実はさっきみたヤマユリやノカンゾウと同じです。これもユリ科なんです。」
シオデの花(豊口撮影)
「へえー、違う印象だよね」
「花を感覚的にとらえると印象はさまざまです。花を色でわけることもできます。あるいは球状であるか、ヒョロヒョロ細長い花序をつくるかなどでも分けられます。自然界にあるものをどう分けるかは生物学の大きな課題でした。花についてリンネはこう考えました。葉っぱなどは環境によってもいろいろ変化をする。花の色もそうだ。しかし花の基本構造は安定しているはずだ。たとえばある一群の花は花びらが3枚、萼が3枚で、雄しべも3の倍数、子房も3の倍数と3を基本としている。ユリのように茎の先にひとつ、あるいは数個つくものも、ぼんぼりのように球状になるもの、花びらもいろいろな形であっても、この3数性は安定している。
リンネは敬虔なクリスチャンでしたから、神の創造物は完璧であると信じていました。もしまちがいに見えるのは人が思い違いをしているからであって、自分がその思い違いを正すのだと意気に燃えていました。そしてだれでもできる区別法を考えました。植物でいえば花に注目して客観的な分類基準を作りました。リンネは植物のことを深く理解していましたから、自分では複雑な分類ができましたが、一種の平等主義としてだれでもわかるやさしい客観的な基準を作ろうとしたんです。
ヨーロッパでは商人の行き来があり、違う国には違う言葉があって、同じ動植物に違う名前がついているということは認識されていました。そのために生じる誤解もたくさんありました。リンネは神の創造物を言葉の違いによって誤解してはいけないと考え、世界共通のラテン語で呼ぶことにし、命名して間違いがないようにしました。そして標本を基準としました。
私たちは、宗教は盲目だとか、考えるより信じる非科学的なものだと思いがちですが、リンネは神の意思を信じたからこそ、科学的であろうとしたんです。」
「いつ頃のことですか?」
「それがねえ、江戸時代なんですよ*。なんだか不思議な感じですよね。」
*リンネは1707年から1778年で、没年は明治維新の90年前
少し時間があったので近況報告などをしました。
「近況というと、この前の調査に来ていた安達くんたちの作った映像作品のこと、お母様の足立さん、少し説明をお願いします」
「はい、この前東京大会があって優勝しました」
「へー、すごーい!」
拍手が起こりました。
「この前、津田塾大で調査のあとで足立くんたちに取材を受けたんですが、用意していた3つの質問を聞いたとき、内容がしっかりしているので、これはただ者ではない、映像をみていないけど、いいところまでは行くんじゃないかと思っていましたけど、優勝とはね」
「はい、ご協力ありがとうございました。私も見に行ったのですが、今年は全体にレベルが低かったみたいで、その中では確かによかったと思いました」
「結局どういう作品になったんですか」
「いろんな人に取材して、玉川上水の道路建設が問題だということに力を入れた、社会的なものになったみたいです。指導した先生の関心がそちらにあったみたいです」
「長さはどのくらいですか」
「7分です。だから高槻先生の取材もちょっとだけなんですが」
「でも、いまは大学生でも社会的なことに発言しないわけで、それを高校生がちゃんと自分の考えをもって玉川上水に道路をつけるべきではないと主張したなら、それだけで注目を集めたんじゃないですかね。それから、棚橋さん、壁画のことを」
「はい、小平駅前のグリーンロードの壁にタヌキを中心にした壁画を描いていて、それが完成しました。描いているときに声をかけてくれる人が多くて、そもそもタヌキがいるっていうことにおどろく人が多いんですよね。ハクビシンとかアライグマとか。長野の人は植物に詳しいんですかね、描いた絵を見て、これはなんとか、これはなんとかとみんな知っていました」
「あの壁の所有者は?」
「商店街みたいです。それと小平市も画材代は出してくれました」
「それから、鈴木さんのギャラリーのことは?」
これは鷹の台の水車橋の近くに広場があり、そこに告知板みたいなボードがふたつあり、季節ごとに玉川上水の動植物の写真が掲示されているのですが、その所有者の鈴木さんが都合により手放さなければならなくなったと聞いて、それをなんとかしようと動いている人がいることについてです。私のところにも写真の協力要請があり、もちろんよろこんで協力すると返事をしましたが、これを手放さなくするにはまとまった資金が必要だということです。なんとかうまくゆくことを期待しています。
「それから私(高槻)が書いた玉川上水の本ですが、原稿をもう出版社に渡しました。秋には出ることになりました。その中でも玉川上水を横切る道路建設はよくないと書きました。この前の市長選でも、水口さんが健闘したしね」
水口かずえさんは玉川上水の自然観察をする仲間ですが、道路建設の反対運動をしてきた人でこの前の市長選挙に立候補して健闘しました。もちろん政治基盤があるわけでなく、現役市長が圧倒的に有利なわけです。純粋に自然の価値を求めた選挙は言ってみれば書生論であり、勝ち負けはわかっていたとはいえ、かなりの票があったということは、やはり投票者の心に届くものがあったのだと思います。
「私は政治的イデオロギーとして道路建設反対というつもりはないのですが、玉川上水の歴史や生物が残されたことを考え、現実にどういう林があり、そこにどういう動植物がいて、どういう生き方をしているかという事実を明らかにする、それが一番理解を深めると思うんですね。その事実の意味をどうとらえるかは人によって価値観も違うので、捉え方は当然違うでしょうが、事実そのものに違いはない、それを伝えることが自分のミッションだと思っているんです。本を書いたのもそういうことです。」
「近況といえば、もうひとつ忘れていました。いまリーさんたちと玉川上水30キロを毎月歩いて、毎月十数種の花を選んで記録をとっています。この範囲に橋がほぼ100あるんです。その橋のあいだにたとえばヤマユリが咲いていたら、それを写真にとって記録するんです。」
「ひとりがどのくらい歩くんですか?」
「私は10キロくらいです」と豊口さん。
「ええ、すごい」
範囲はさまざまですが、担当区を決めて歩いてもらっています。
「そうすると30キロの100の橋のあいだにヤマユリがあれば、点々と記録がつきます。これを表にして花の色をつけると毎月10数種の花の色が100の升の中に埋まることになります。これを秋まで調べれば100ほどの花になるから100かける100で、1万の升が埋まることになります。これはとんでもないすごいデータになります。これをなにか美術的に表現したらすごい作品になると思うんだけど」
「へえー、すごい。やってみようかな」
「ぜひやってみてください」
というわけで、あちこちでいろいろな人が玉川上水にかかわって動いていて、そのエネルギーを感じます。
そんな話をしていたらブーンと虫が飛んで来ました。実は調査を始める前に、糞虫トラップを置きました。これは小さなプラスチックバケツの上に割り箸をわたし、そこにティーパックに犬のフンを入れたものをぶら下げたものです。わずか2時間ほどですが、糞虫が飛んで来たということはこの林に糞虫ができる条件をそなえているということです。糞虫はセンチコガネでした。
糞虫トラップ
飛来したセンチコガネ(豊口撮影)
豊口さんはタマムシを見つけていました。
タマムシ(豊口撮影)
これで調査を終えましたが、午後は来週の変形菌調査の下見をするというので、私も参加することにしました。枯葉を探して見つけるのですが、私はゼロでした。専門家はすごい目をもっているようで、いくつか見つけていました。長さが1ミリの半分くらいの超ミニミニですが、実に美しいものでした。
今回も撮影してくださった豊口さんに感謝します。
7月9日はとても暑い日になりました。調査をする林が少し遠いので、鷹の台駅から、あまり解説もしないまま歩き始めました。明るい場所にヨウシュヤマゴボウが咲いていたので、花の作りなどを説明しました。水車橋のところは春の観察会のときにジャノヒゲの青い実があるのを説明していたので、見るとちょうど花が咲いていました。そのあとで同じ仲間のヤブランもありました。だれかが
「ヤブランってランなの?」
と聞いたので
「ランというのはエビネなどのラン科の植物をさすだけでなく、単子葉植物のなかで華麗な花を咲かせるものをさします。スズラン、タケシマランなどはランではないけどランと呼ばれます。」
ハエドクソウがあったので、説明しました。
「ハエドクソウはちょっと植物を勉強した人がシソ科と間違えがちな花です。茎も葉の対生するところも、花が唇形花という形をしているなど、どれも似ています。上のほうはつぼみ、その下に花、さらに下には果実がついていて、はじめは斜めにでていますが、その下のものは茎にぴったりくっつきます。よく見るとその先がクルリとカールしていますが、これが動物の体について種子を広げます。ハエドクというのはほんとうにハエを殺すことができるからで、昔あったハエとりリボンにはこれをつけたそうです」
ハエドクソウの説明をする(豊口撮影)
ハエドクソウを観察する(豊口撮影)
もう少し歩くとヤマユリが見事な花を咲かせていました。
ヤマユリ
「ユリにはいろいろあるけど、ヤマユリはもっとも見事なものだと思います。大きくてしかも白です。花びらが6枚ありますが、実は3枚が花弁、3枚が萼片です。
ユリはきれいな花で洋の東西を問わず名花とされます。旧約聖書にソロモン王が出てきて、この王様は今のアメリカ大統領よりもはるかに偉いほどの王様でした。そのソロモン王は政治家としてすぐれた人でしたが、自然賛美という点でもすぐれた人でした。人の作ったどんなにすばらしいものでも、野のユリの足元にもおよばないと語りました*。だからユリはヨーロッパ人にとって特別の花なのです。ミッションスクールの校章はよくグニャグニャした刀みたいなデザインがありますが、あれはユリの花をデフォルメしたものです。
ユリの花のデザイン
アブラナ科の花は花びらが4枚で、あれは十字架を連想させるから、あれもヨーロッパ社会ではスペシャルな響きがあるんですね。
ユリは百合という字をあてますが、あれは中国語で、中国人は動物でも植物でも人が利用できるかどうかで評価しますから、あれは百合の地下茎(ユリネ)がたくさん重なっているようすを表しています。日本では百合は目で見てよい花と考えますが、中国人は食べられる花だというわけで、国民性を表しています。私は日本語のユリは「揺れる」だと思います。」
* これは正確ではなく、正しくは「されど我なんじらに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その装いこの花の一つにも及かざりき」ということばです。
調査地までは30分ほどもかかりました。とてもよい林で50メートルかける100メートルくらいあると思います。コナラが主体で、林床にはイチヤクソウやキンランなども多く、なかなかよい武蔵野の雑木林を代表するような林です。
調査した林
ここに20メートル四方の調査区をとって例によって毎木調査を始めました。
調査区の外枠を張る(豊口撮影)
調査区の外枠を巻尺を使って作ってもらうあいだに少し説明をしました。
「これまでいくつかの場所でこの調査をしました。木の周囲を測るから断面積が求まります。それの合計値がだいたい30m2/haなんです。手入れをして育つように管理したスギ林が50m2/haと言われています。ところが、これが津田塾大学と中央公園南の玉川上水の林はなんど60m2/haもあったんです。いかに立派な林であるかということです。毎木調査は簡単な調査ですが、具体的な数字としてわかりやすい結論がでます。それで今日もこの雑木林を代表する林のデータをとります。時間があったら下生えの調査もしたいと思います。」
段取りを飲み込んだ人が多かったので、テキパキと仕事が進みました。記録は棚橋さんにたのみました。
記録担当の棚橋さん、
測定する参加者(豊口撮影)
調査のようす
測定は30分ほどでできたので、記念撮影をしたあと、もうひとつ同じ大きさの調査区を作りました。
シオデが花をつけていたので、集まってもらって説明をしました。
シオデの説明をする
「うーん、どこから説明をしようかな?これは単子葉植物ですか、双子葉植物ですか?」
「双子葉・・・、あれ単子葉?」
「単子葉と双子葉はどうちがう?」
「単子葉は平行脈」
「うん、それは単子葉の特徴のひとつだけど、そもそもの定義は子葉が1枚か、2枚かです。1枚は単、2枚は双です。その上で両者をくらべると、たとえば葉脈が平行か網の目のようだということがある。で、これは?」
「平行です。」
「はい、平行だよね。イネ科などは細長い葉だから文字通り平行ですが、これは葉が幅広く丸いので、印象が違いますが、枝分かれしないで、平行です。
それから花を見てください。球状にみえますが、これは花序で、ひとつの花を見てください。よく見ると細長いのが3枚、少し幅広いのが3枚あります。実はさっきみたヤマユリやノカンゾウと同じです。これもユリ科なんです。」
シオデの花(豊口撮影)
「へえー、違う印象だよね」
「花を感覚的にとらえると印象はさまざまです。花を色でわけることもできます。あるいは球状であるか、ヒョロヒョロ細長い花序をつくるかなどでも分けられます。自然界にあるものをどう分けるかは生物学の大きな課題でした。花についてリンネはこう考えました。葉っぱなどは環境によってもいろいろ変化をする。花の色もそうだ。しかし花の基本構造は安定しているはずだ。たとえばある一群の花は花びらが3枚、萼が3枚で、雄しべも3の倍数、子房も3の倍数と3を基本としている。ユリのように茎の先にひとつ、あるいは数個つくものも、ぼんぼりのように球状になるもの、花びらもいろいろな形であっても、この3数性は安定している。
リンネは敬虔なクリスチャンでしたから、神の創造物は完璧であると信じていました。もしまちがいに見えるのは人が思い違いをしているからであって、自分がその思い違いを正すのだと意気に燃えていました。そしてだれでもできる区別法を考えました。植物でいえば花に注目して客観的な分類基準を作りました。リンネは植物のことを深く理解していましたから、自分では複雑な分類ができましたが、一種の平等主義としてだれでもわかるやさしい客観的な基準を作ろうとしたんです。
ヨーロッパでは商人の行き来があり、違う国には違う言葉があって、同じ動植物に違う名前がついているということは認識されていました。そのために生じる誤解もたくさんありました。リンネは神の創造物を言葉の違いによって誤解してはいけないと考え、世界共通のラテン語で呼ぶことにし、命名して間違いがないようにしました。そして標本を基準としました。
私たちは、宗教は盲目だとか、考えるより信じる非科学的なものだと思いがちですが、リンネは神の意思を信じたからこそ、科学的であろうとしたんです。」
「いつ頃のことですか?」
「それがねえ、江戸時代なんですよ*。なんだか不思議な感じですよね。」
*リンネは1707年から1778年で、没年は明治維新の90年前
少し時間があったので近況報告などをしました。
「近況というと、この前の調査に来ていた安達くんたちの作った映像作品のこと、お母様の足立さん、少し説明をお願いします」
「はい、この前東京大会があって優勝しました」
「へー、すごーい!」
拍手が起こりました。
「この前、津田塾大で調査のあとで足立くんたちに取材を受けたんですが、用意していた3つの質問を聞いたとき、内容がしっかりしているので、これはただ者ではない、映像をみていないけど、いいところまでは行くんじゃないかと思っていましたけど、優勝とはね」
「はい、ご協力ありがとうございました。私も見に行ったのですが、今年は全体にレベルが低かったみたいで、その中では確かによかったと思いました」
「結局どういう作品になったんですか」
「いろんな人に取材して、玉川上水の道路建設が問題だということに力を入れた、社会的なものになったみたいです。指導した先生の関心がそちらにあったみたいです」
「長さはどのくらいですか」
「7分です。だから高槻先生の取材もちょっとだけなんですが」
「でも、いまは大学生でも社会的なことに発言しないわけで、それを高校生がちゃんと自分の考えをもって玉川上水に道路をつけるべきではないと主張したなら、それだけで注目を集めたんじゃないですかね。それから、棚橋さん、壁画のことを」
「はい、小平駅前のグリーンロードの壁にタヌキを中心にした壁画を描いていて、それが完成しました。描いているときに声をかけてくれる人が多くて、そもそもタヌキがいるっていうことにおどろく人が多いんですよね。ハクビシンとかアライグマとか。長野の人は植物に詳しいんですかね、描いた絵を見て、これはなんとか、これはなんとかとみんな知っていました」
「あの壁の所有者は?」
「商店街みたいです。それと小平市も画材代は出してくれました」
「それから、鈴木さんのギャラリーのことは?」
これは鷹の台の水車橋の近くに広場があり、そこに告知板みたいなボードがふたつあり、季節ごとに玉川上水の動植物の写真が掲示されているのですが、その所有者の鈴木さんが都合により手放さなければならなくなったと聞いて、それをなんとかしようと動いている人がいることについてです。私のところにも写真の協力要請があり、もちろんよろこんで協力すると返事をしましたが、これを手放さなくするにはまとまった資金が必要だということです。なんとかうまくゆくことを期待しています。
「それから私(高槻)が書いた玉川上水の本ですが、原稿をもう出版社に渡しました。秋には出ることになりました。その中でも玉川上水を横切る道路建設はよくないと書きました。この前の市長選でも、水口さんが健闘したしね」
水口かずえさんは玉川上水の自然観察をする仲間ですが、道路建設の反対運動をしてきた人でこの前の市長選挙に立候補して健闘しました。もちろん政治基盤があるわけでなく、現役市長が圧倒的に有利なわけです。純粋に自然の価値を求めた選挙は言ってみれば書生論であり、勝ち負けはわかっていたとはいえ、かなりの票があったということは、やはり投票者の心に届くものがあったのだと思います。
「私は政治的イデオロギーとして道路建設反対というつもりはないのですが、玉川上水の歴史や生物が残されたことを考え、現実にどういう林があり、そこにどういう動植物がいて、どういう生き方をしているかという事実を明らかにする、それが一番理解を深めると思うんですね。その事実の意味をどうとらえるかは人によって価値観も違うので、捉え方は当然違うでしょうが、事実そのものに違いはない、それを伝えることが自分のミッションだと思っているんです。本を書いたのもそういうことです。」
「近況といえば、もうひとつ忘れていました。いまリーさんたちと玉川上水30キロを毎月歩いて、毎月十数種の花を選んで記録をとっています。この範囲に橋がほぼ100あるんです。その橋のあいだにたとえばヤマユリが咲いていたら、それを写真にとって記録するんです。」
「ひとりがどのくらい歩くんですか?」
「私は10キロくらいです」と豊口さん。
「ええ、すごい」
範囲はさまざまですが、担当区を決めて歩いてもらっています。
「そうすると30キロの100の橋のあいだにヤマユリがあれば、点々と記録がつきます。これを表にして花の色をつけると毎月10数種の花の色が100の升の中に埋まることになります。これを秋まで調べれば100ほどの花になるから100かける100で、1万の升が埋まることになります。これはとんでもないすごいデータになります。これをなにか美術的に表現したらすごい作品になると思うんだけど」
「へえー、すごい。やってみようかな」
「ぜひやってみてください」
というわけで、あちこちでいろいろな人が玉川上水にかかわって動いていて、そのエネルギーを感じます。
そんな話をしていたらブーンと虫が飛んで来ました。実は調査を始める前に、糞虫トラップを置きました。これは小さなプラスチックバケツの上に割り箸をわたし、そこにティーパックに犬のフンを入れたものをぶら下げたものです。わずか2時間ほどですが、糞虫が飛んで来たということはこの林に糞虫ができる条件をそなえているということです。糞虫はセンチコガネでした。
糞虫トラップ
飛来したセンチコガネ(豊口撮影)
豊口さんはタマムシを見つけていました。
タマムシ(豊口撮影)
これで調査を終えましたが、午後は来週の変形菌調査の下見をするというので、私も参加することにしました。枯葉を探して見つけるのですが、私はゼロでした。専門家はすごい目をもっているようで、いくつか見つけていました。長さが1ミリの半分くらいの超ミニミニですが、実に美しいものでした。
今回も撮影してくださった豊口さんに感謝します。