砂川 オオアラセイトウ 2016-04-20 01:54:02 | 玉川上水点描 砂川稲荷橋近く 2016.3.30 砂川あたりは草刈りがていねいにおこなわれているので、ヤブがなく、すっきりしています。それに小平監視所より上流は両岸が石垣になっており、運河という感じです。オオアラセイトウがきれいでした。
見影橋 サクラ 2016-03-10 09:18:01 | 玉川上水点描 砂川御影橋 2016.3.30 砂川にある見影橋のまわりにはサクラの木が多く、3月下旬から4月にかけては見事な景色になります。たいへん個人的な話をご容赦願います。私の母は昨年91歳で永眠しましたが、私が50歳すぎ、母ば70代のときにここに連れてきたことがあります。母は感情の強いところがあり、家族へも愛情を注ぐ人でした。母がここでサクラが散るのを見て、「かわいそうに」と泣き出したので、私はちょっとあわてました。たしかに同じサクラが散っても、地面に落ちるのではなく水面に落ちて流れてゆくのを見ると、はかなさがより強く感じられるような気がします。 そのときはわからなかったのですが、私も60歳の後半に入ると「あと何回春を迎えられるかな」と感じるようになりました。それほど深刻にではないのですが、退職することが目の前になる頃から人生がカウントダウンに入っていることを実感するようになった気がします。 あのときの母の心には、自分があと何度このサクラを見ることができるだろうという思いや、私が十代で仙台に行き、結婚して家庭をもち、そうして東京に住むようになって穏やかな生活をしているのを見て、戦中、戦後の波乱に満ちた自分の人生とを比べるような気持ちが交錯したのではないか、それが涙になったのではないかと想像します。
鷹の台界隈 道に木 2016-03-10 09:08:56 | 玉川上水点描 鷹の台近く 2016.3.30 当たり前といえば当たり前だが、玉川上水沿いの歩道では道の真ん中に木が立っていて、人がそれを避けるように歩く。道をつけたときにすでに木が生えていて、それを残したからだ。不便といえば不便だ。だが、もともと道というのはこういうものだったはずだ。道が、人が歩くところではなくなり、自動車が走るものになると、「車が走るのが邪魔だ」と当然のように木を伐るようになった。その「便利追求」が日本社会を覆っている。 そう思えば、ここで人のほうが曲がって歩くことは、本来の道のありかたを知る機会だと思える。「この木、邪魔だ、伐ったほうがいい」と感じるほうが人本来の歩き方を忘れているのだ。