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ひねもす日報

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初バレンタインを見る

2015年02月18日 | Weblog
 春先に引越しをする。そのため息子は転校、わたしもやっと慣れてきた職場を辞める。この職場には様々な年齢で環境の同僚たちがいた。わたしは実母を亡くしているので、自分が母親をやっていても、イメージがつかめないというか、母に正解というものがなくても、「自分の時はこうだった」という記憶が余りない。だから母親をやっている先生方の子どもらとの暮らしの話を聞くことが興味深かった。「今日、息子が受検なの」「あいつわたしにつかみかかってきて!」「わたしも胸ぐら掴まれたことある!」。受検に落ちた息子と先生母の話を聞いて泣けそうになったり、大学生の息子が「入院するかも」と職場に電話がかかり、昼休憩を利用して上着を引っ掛けて病院へ急ぐ園長を見送りながら、「母親って」と胸をぎゅっとされる気持ちになったりした。ママ友不在のままきたわたしは、こうして母親先輩の方たちがたくさんいて、かつ保育士であるという共通点がある方たちと共に仕事出来たことは救われる所があった気がする。

 来月土曜日出勤があり、その日は本年度から園長になる先生と同じシフトだった。「(土曜日で園児も先生も少ない自由度が高い)こういう日こそ、やりたいこと提案してね」といつも「初年度は口が付いていないと思え(by ユーキャン保育士一年生の教科書に書いてあったような)」の精神で働くわたしに声を掛けてくれたことを思い出した。保育雑誌に何か廃材で作るおもちゃはなかったかな。それを来月までに作ってその後わたしがいなくなったても園で使ってもらえたらいいなと、作るおもちゃを探し始めた。保育雑誌をぱらぱらしていたら、「わたしは何も出来なかったな」と涙があふれてきた。「保育士は二年目から全然変わる(ぐっと楽しくなる)。だから3年は同じ園で続けて」と、前述の書に書いてあった。子どもたちにも先生にも仕事にも、やっと慣れてきたところだった。園児たちの成長を見たかった。お母さんたちとももっと関わりたかった。本年度から園長になる人の下で、働いてみたかった。楽しいばかりではない。我慢も円形脱毛症になるほどにしたところもある職場。それでも続けてみたかった。こう思える職場は生まれて初めてだった。

 先日「プロフェッショナル仕事の流儀」を夕飯食べながら録画を閲覧していた。六本木のグランドハイアットのコンシェルジュの方だった。最初の就職先が博多の某ホテルだったわたし。コンシェルジュではもちろんなかったけれど。これ観ながら二回くらい感動して泣いたなー。そのホスピタリティというのか。「55歳でこういうの素敵だなー」と発すると、「お母さんはもう55歳終わったんでしょ」とセガレ。セガレを100歳で産んだということにしているわたしは今年107歳になる設定。「そんなにおばあちゃんかなー?」と時々疑う声もあるが、案外信じておるのだなと思った。

○セガレ1年生の終わり 初バレンタイン○
 うちの息子はおもちゃやおかしに思い入れがなく、遠足や卒園式なんかも思い入れがない性分(今の所)。そんな奴が…。指折り数え楽しみにし、寝る前に初めて「明日は早起きしなきゃね!」と自分で目覚ましをセットしたのがバレンタインディ。バレンタインが週末に控えたある日。「土曜日のバレンタインに、○ちゃんに公園に呼び出されたんだ。僕にチョコレートくれるんだって」。給食時に流れたというチョコレイトディスコを日々歌いまくる…。わたしも初めてのことだったので、「お母さん渋谷のヒカリエまで行ってまだ横浜に売っていないお返しのお菓子を探してきたろか!!」と鼻息荒くするも、日々明らかになるバレンタインの情報によると、セガレだけでなくもう一人男児が呼ばれているとのこと。なんだ…(苦笑)と少しトーンダウンするも、お返しを蒲田に遊びに行った時選ばせる。ひなあられを選んでいた。手作りのマフィンや可愛いミニチョコをもらってきた。日曜日の夜には、「明日はお礼を言うんだー★」とうきうきしていた。しかし月曜日帰宅してみたら、何だかドンヨリーヌ。「○ちゃんにお礼言ったの?」と話を振る。「言った、うんって言ってた」。その後は続かない。もしやと思い、「○ちゃんの態度が冷たかったって思ってる?チョコもらったからもっと仲良くなれると思った?」と尋ねると、「そうそうそうそうそう!!」と前のめりに。それはねー、ツンデレかも知れないよ?とか、「お母さんも二年生のときに好きな男の子に勇気だしてチョコあげたら、次の日から口きいてくれなくて、そのまま彼は転校したよ」と切ない思い出を告白することに(汗)。