tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

「山の中の旅館で、刺身を食べたいか」問題(観光経済新聞)/観光地奈良の勝ち残り戦略(129)

2019年06月29日 | 観光地奈良の勝ち残り戦略
勤務先で「週刊 観光経済新聞」という業界紙を購読している。一般紙にはなかなか載らないユニークな記事が載るので、愛読している。その6月27日(木)付の【道標 経営のヒント】欄(第193回)に、九州国際大学教授・福島規子氏の執筆による《「山中の旅館で刺身を食べたいか」問題》という記事が出ていた。
※トップ写真はホテル杉の湯(川上村)で。マグロ、カンパチ、エビ、タイ薄造り(6/12)

本欄は「広告・マーケティング」「ラグジュアリー」「設計・建築」「サービス・マナー」の各分野において、その道のプロが寄稿するコーナーである。福島教授は観光業界に身を置いていた人で、過去には「温泉場にいらっしゃるお客さまは、本当に、旅館料理に海の幸であるお造りなど求めているのでしょうか」とおっしゃっていたという。まずは記事全文を紹介する。

先日、観光業界を取り上げたテレビ番組で、MCの男性がゲストの旅館経営者に向かってしたり顔で言った。「山中の旅館なのに、マグロの刺し身とか出しているじゃないですか。あれって、どうなんですか。山の中まで行って、刺し身を食べたいですか」

このセリフ、観光業界に入った頃によく耳にした。30年以上前の話である。インターネットが普及していない時代、オピニオンリーダーや評論家たちは、口々に「山の中にある旅館が、無理して刺し身を出したところでお客は喜ばない」「山中で食べる刺し身なんて、新鮮さに欠ける」などなど、もっともらしく語っていた。


こちらもホテル杉の湯の一品(3/6)。氷で作ったお皿に載って出てきた

当時、旅館のコンサルタント関連会社に勤務し大型観光旅館の開業プロジェクトを任されていた筆者も知ったふうな口調で「温泉場にいらっしゃるお客さまは、本当に、旅館料理に海の幸であるお造りなど求めているのでしょうか」と、その時のメンバーに言い放ったことがある。厚顔無恥。いま、思い出すだけで嫌な汗がじわりと吹き出してくる。

当時、大型観光旅館を支えていたのは、男性中心の団体客。酒を酌み交わすことが目的の団体客にとって、宴会料理はご馳走(ちそう)であり、中でも刺し身は酒のさかなとしても欠かせない一品だったのだ。

そもそもご馳走の「馳走」とは本来「走り回ること」「奔走すること」を指す。その昔、客の食事を用意するために馬に乗って走り回って食材を集めたことから、「馳走」にはもてなしの意味が含まれるようになったという。旅館料理には「たとえ、山の中であってもおいしい刺し身を食べさせてもてなしたい」という主人の思いが込められているのだ。



「黒滝・森物語村」の蟹会席(2/22)

20年ほど前、青森県の小さな温泉宿の主人から、広島から来た宿泊客のために食材を探し回った話を聞いたことがある遠路はるばるやって来るお客のために、宿の主人は「何か珍しいものを食べさせたい」と、まさに方々を歩き回り「ご馳走」を用意したという。

主人が仕入れ原価を度外視して手に入れた食材はシャコ。青森では別名「ガサエビ」とも呼ばれる特産品だ。丁寧にさばいて塩ゆでしたシャコを1人2尾ずつ皿に盛り付けて饗(きょう)したところ、客に「こんなものを出しやがって! 馬鹿にしているのかッ?」と烈火のごとく怒鳴りつけられたという。実は、シャコは瀬戸内海でも取れ、広島では塩ゆでしたシャコをざるにあけ、ムシャムシャと頬張って食べるような庶民の食べ物だったらしい。

情報も物流も2、30年前に比べれば劇的に進化し、どこの旅館でもおいしい刺し身を提供できる時代である。冒頭の「山の中まで行って、刺し身を食べたいですか」が、もはや誤った認識であることを信じ、示したい。


これは物流や保存・調理方法の進化の賜物というしかない。大分県の山の中の温泉旅館(山城屋)でも美味しい刺身やエビの塩焼きが出てきたし、3ヵ月に1度訪ねる「ホテル杉の湯」(奈良県吉野郡川上村)では、いつも凝った器に載った新鮮な刺身が出てくる。はなはだしいのは「黒滝・森物語村」(吉野郡黒滝村)で、冬場には「蟹会席」を売り物にしている。

山の中で出てくる海の幸が美味しくなければ文句の1つも出ようが、これらすべてとても美味しかったので「何でこんなに美味しいのだろう」というサプライズ感がかえって味を引き立てるという相乗効果がある。

「山の幸で十分だ」という声もあろうが、やはりお酒には海の幸が合う。山間部で出てくる海の幸には、「山の中であってもおいしい刺し身を食べさせてもてなしたい」というサービス精神を感じながら、有難くいただきたいと思う。
コメント (4)
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