1月18日、夢の島を訪ねてきました。
そこに第五福竜丸が展示してありました。
建物の入り口です。
第五福竜丸の船首です。
長さ30m、重さ140トンの木造船です。
木がだいぶ腐っています。
船尾方向です。
船首方向です。
こんな小さな船でマグロを求めて遠洋漁業にでていました。
スクリューと舵・・・
中学生が数人見学していました。
大漁旗も展示してありました。
船尾から船首方向です。
キノコ雲・・・
説明文です。
船尾方向をみています。
※第五福竜丸は昭和29年(1954年)3月1日に太平洋のマーシャル諸島にある
ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって被害を受けました。
乗っていた若い漁師さんたちは「死の灰」を浴びて被爆し、日本に帰ってから
入院し半年後には無線長の久保山愛吉さんが亡くなりました。
建物の外にエンジンが展示してありました。
※この船は昭和42年(1967年)に廃船処分になり東京都が夢の島に展示館を建設して
保存しています。
月曜日は休館ですが、それ以外は誰でも無料で入館できます。
そこに第五福竜丸が展示してありました。
建物の入り口です。
第五福竜丸の船首です。
長さ30m、重さ140トンの木造船です。
木がだいぶ腐っています。
船尾方向です。
船首方向です。
こんな小さな船でマグロを求めて遠洋漁業にでていました。
スクリューと舵・・・
中学生が数人見学していました。
大漁旗も展示してありました。
船尾から船首方向です。
キノコ雲・・・
説明文です。
船尾方向をみています。
※第五福竜丸は昭和29年(1954年)3月1日に太平洋のマーシャル諸島にある
ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって被害を受けました。
乗っていた若い漁師さんたちは「死の灰」を浴びて被爆し、日本に帰ってから
入院し半年後には無線長の久保山愛吉さんが亡くなりました。
建物の外にエンジンが展示してありました。
※この船は昭和42年(1967年)に廃船処分になり東京都が夢の島に展示館を建設して
保存しています。
月曜日は休館ですが、それ以外は誰でも無料で入館できます。
こんな船でビキニ環礁まで行っていたんですね。
舵の画像は木造船を実感。
第五福竜丸以外にも被爆した漁船は何隻もあったようです。
昭和29年でしたか。
遠い昔のことになってしまいましたが、忘れてはならないならない記憶です。
この出来事で、原水爆の恐ろしさがわかり、実験目的慎重になりましたね。
死の灰を飛び散らせないように、地下実験で行われるようになりました。
大切な教訓にしなければならないなりません。
広島→長崎→ビキニ環礁。
日本はどうにもこうした悲しい歴史が
付きまといますね。
展示を見まして、これからへの学びの
きっかけにしたいものですね。
なんとも悲しいお話です
それを忘れないようにこうして展示されているんです
東京都に夢の島があるのですね。
ここに第五福竜丸が残されてあるのですね。
これからの子供たちにも見て何か感じてもらえたら
良いですね。
あたぼうですが、多少劣化が始まっているのかしら?
乗組員はもう全員亡くなったのかしら?
いつまた世界のどこかで原水爆にさらされるような状態になるか分かりません。
そんな日が来ないことを切に願っています。
ゴミの島とも読んでいました。
福竜丸も見学しました。
こんな小さな木造船でマグロを
獲りに行ったなんて信じられませんね。