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道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

歩く娯しみ

2018年05月29日 | 随想
神奈川県逗子市の90歳の女性が、乗用車を運転して赤信号を無視し、道路横断中の人や歩道にいた人を4人はね、うち1人が亡くなった。['18.05.28の報道]
通り魔に遭ったような無惨な結果の事故に、高齢者が引き起こす交通加害の怖しさを痛感した。
 
人口に占める高齢者の割合が増えるにしたがい、高齢者の運転する車の事故も増加の傾向にある。
 
身体能力の劣化を認めない老人は皆無なのに、運転能力の劣化に思い至らない老人がいることは、まことに不可解なことではある。個人の自由云々の問題でなく、社会的に放置できない危険性をはらんでいる自覚に欠ける。高齢者は、事故を惹起した後の反省と償いへの責任能力を、時間的に余していないことに気づくべきだ。
 
もともと自動車運転には、程度の差こそあれ、機械への信奉と依存心が潜在し、身体能力を超えた全能感に浸る一面がある。ドライブそのものが愉しいのはそこにある。老いも若きも、ハンドルを握るとある種の高揚感が生じるのは、多くの人に観察されている。
 
老人は、身体能力の衰えに反比例して車への依存性を強める傾向にあることは理解できる。心理的なものと、通院や買物など生活の必要からの已むを得ない事情もあるに違いない。
 
しかし、免許が更新されたからといって、それは運転者が過誤を犯さないことを保証するものではない。事故の加害者になるかならないかは、あくまで機械のオペレーターとしての能力に、適格性があるかないかの自己判断に関わるものだ。高齢者の交通加害事故は、当人の判断力、自己分析力の衰えに帰すものが多いだろう。
 
事故を起こした高齢者には、それまでに、ガードレールや電柱に車体を擦るとか縁石に乗り上げるなど、予兆が現れていたはずだ。車庫入れが下手になるのも、予兆のひとつだろう。
 
運転者自身が、運転不適格になったことに気づくことが、事故を未然に防ぎ、自ら交通加害者にならない唯一の方法だと思う。自覚のない老人、自己を省察できない老人ほど、始末に負えないものはない。
 
自動車は人の行動力を飛躍的に向上させたが、危険な乗物であることは、馬や驢馬の比ではない。
 
大人たちは、家族の子供たちに危険なオモチャを与えてはいけないことを承知している。なのに、老人たちに、凶器になる可能性の高い自走機械を、過去の延長だからと自由に操作させている。家族や近親者、周囲の人々は、彼の運転に僅かでも危険を感じたら、当人に断固忠告して已めさせなければならない。それは、差別でも人格否定でもない。社会人
として、彼は放置できない危険な存在なのだ。
 
どこの国へ行っても、原動機の付いた機械のオペレーターには年齢制限がある。90歳のオペレーターなど聞いたことがない。自動車という個人用の自走機械にのみ制限がないのは、何か根本的な考え方の誤りが社会にあると思う。
 
老人が元気でいる限り運転し続けるなど、あってはならないことだ。安全運転と健康との間には相関性が全くない。むしろ老人は、元気なうちにハンドルをもたない期間、つまり自分の脚を使って移動する期間に意義を見つけるべきだ。自分の脚で歩けなくなる時は、近々必ず来るのだから。
 
人は歩行を失って初めて自分の脚に感謝するが、そのとき気づいても手遅れだ。運転を罷め、自分の脚の機能と脳との緊密な関連性を実感し、歩行を出来るだけ長い期間愉しんでのちに、この世を去るのが自然の理に叶っている。たかだか100年ほど前から社会の必需品になった機械に依存し過ぎるのは考えものだ。この機械は、人生の終末には何の役にも立たないシロモノと成る。
 
筋肉は60歳を過ぎると、使わなければ急速に衰える。常時車に乗っていれば足腰は必ず弱る。徒歩の期間は老人に必要不可欠なものと考えたい。
 
人は誰でも運転免許を取るまでは、脚と交通機関に頼っていた。ただその時代の行動に戻るだけのことである。
 
便利なものは已められない。いった
door to doorの便利さに馴れると、自発的に已めることなど到底できないと現役世代は考えるだろう。だが、老後にこそそれが可能になる。
 
若い時と違うのは、歩行の際に観察と考察と追憶を愉しむ余裕があることだ。急ぐ必要がないのは老人ならではの特典だ。この世の大切なものは、殆どが歩行する速度でなければ見えない。自動車の運転中は、見ていても何も見えていなかったのだ。いや、世過ぎ身過ぎに追われている間は、見ても見えず、聴いても聴こえないのが普通だ。
 
歩くことに娯しみがあることを知り、元気な老人に残されている娯楽のひとつだと納得すれば、それをむざむざ捨ててまで、危険な運転者で居続けることに執着しないと思うのだが・・・。
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