goo blog サービス終了のお知らせ 

道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

右脳の記憶

2020年11月21日 | 随想

絵を描くことが好きだからだろうか?人の顔を憶えることが得手である。1・2度しか会ったことのない人の顔でも、印象に遺った人の容貌なら記憶は薄れない。容貌ばかりでなく、声も比較的克明に記憶している。

何十年も会わなかった人からの電話で、即座に声の特徴からその人物の顔を彷彿する。これまで「どちら様で」と尋ねることはほとんどなかった。また山や河、川や海辺などの自然の景観も、人の顔と同様印象に遺ったものは比較的長く憶えている。

素人の考えだが、記憶には左脳系(言語・文章・論理)の記憶と、右脳系(画像・映像・感覚)の記憶とがあるようだ。これまでは、記憶というと、左脳系が重視されてきたように思うが、アニメをはじめビジュアルな情報の氾濫する時代、右脳系の記憶分野への研究が深まるだろう。

プロの画家などは、観た物や光景を一瞬で記憶する力があるという。音楽家は一度聴いただけのメロディを演奏したり記譜できるとも聴く。カメラのない時代の絵画、レコードのない時代の演奏を想うと、それはけっして誇張や伝説では無さそうだ。

そんな右脳系の記憶力のおかげで、遠い昔の青年の頃に出会った女性の顔を、幸か不幸か存外忘れていない。女性に限らず男性でも同じだが、やはり異性の方が印象において優るようだ。
ピンタレストなどを閲覧していて、若い時のその女性にソックリの他人の写真を見つけ、驚愕することが多々ある。

けっして思い焦がれていたとか、忘れがたいとかで憶えていたのではない???。脳の中のある分野に自動的・機械的に保存されて眠っていたその人たちの顔の記憶が、たまたま見た写真に触発されるのだと思う。

現実のその人たちはたぶん私同様老いている筈だから、顔貌は昔と変わっているに違いない。誰にとっても、若い頃の自分の顔を憶えている人間の存在は、必ずしも疎ましいことではないだろう。年次希少な存在になる一方だから・・・。

もっぱら学習に当てられた左脳の記憶は劣化や陳腐化が速く大したものではないが、右脳の記憶は、歳を累ねるに従い貴重なものになってくる。現在は、写真やビデオで画像・映像を随時見ることができる時代だが、それに付随する情感までは伝わらない。人間の右脳の記憶だけが頼りである。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 昔の通学路 | トップ | 心を癒す食べ物 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿