道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

中山道鳥居峠

2019年10月22日 |  山歩き

或る年の春、旧中山道の奈良井宿から藪原宿まで、鳥居峠を越えて歩いたことがあった。妻の歩行力に手ごろな歩程と標高差だったので、電車ひと駅区間のそのコースを選んだのだった。
奈良井駅に着くとすぐ、旧宿場の店で昼食を摂った。

かつて奈良井千軒と云われた街並みを抜けると、人通りは途絶え、峠への上り道になった。天気は良く小鳥の囀りも高い。中山道夫婦旅などと、浮かれたことを喋りながら登って行った。

しばらくして道脇に熊注意❗️の看板が現れ、浮かれた気分はすっ飛んだ。思いつきの旧街道歩き、軽装でストックすらもっていない。熊に遭えば、引っ掻かれるか噛まれるかしかない。
「浜松の老夫婦、熊に襲われ負傷!」の新聞見出しが脳裡に躍る。なじる妻、意気消沈する私。とんだ夫婦旅になった。

江戸時代の主街道整備は相当なもので、山中とはいえ実に歩きやすかった。
行く手に沢を渡る小橋があり、渡り始めたらど真ん中に熊の糞が盛られていた。緊張が一挙に高まる。引き返すにしても熊の出没圏の真っ只中、覚悟を決めて前へ進むことにした。

縄張りを示威しているところに敢えて侵入すれば、熊は実力行使に出るかもしれない。
おっかなびっくり、目と耳に全神経を集中して進み、ようやく標高1197mの鳥居峠に辿り着いた。峠は尾根の切り通しの先に小広く在った。

この峠路は、江戸時代には中山道屈指の難所だったというが、今日ではそのような険阻な道ではない。心ゆくまで、木曽の山々の眺望を楽しんだ。
熊よけの鐘が設置されていたので、乱打してから、眼下の藪原へ下った。

下り道は展望よく勾配も適度で、歩行が捗った。鐘の効果だろうか?幸い熊にも遭遇せず藪原宿に入った。宿の入り口に、清酒〈木曽路〉の蔵元「湯川酒造店」があった。

私は当時、諏訪では〈真澄〉、木曽では〈木曽路〉、飛驒では〈久須玉〉と、旅先で飲む酒の銘柄を定めていた。
助平根性という因果な性分をもつ私は、酒に浮気癖があって、知らない土地に旅すると、あれもこれもと飲んでみたくなる。この土地では何々、あの土地ではこれこれと銘酒を限定し、予め自らの低劣な根性に蓋をしておく必要があった。

朝浜松駅を電車で発って昼前に奈良井駅。手頃な6kmのハイキングコースだが、熊の恐怖が忘れられず、それからは再訪していない。

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