道々の枝折

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立民党の頽勢を憂う

2023年04月26日 | 人文考察
立憲民主党の党勢が芳しくない。
泉健太氏が党代表に選ばれるまでの経緯に詳しくないので、論評できる立場ではないが、テレビに出ているご本人の断片的な発言を聴くかぎり、党代表に相応しい人物ではないと感じている。党勢衰退の要因の大半は、彼の情勢分析力・判断力の未熟に因るものと推測される。彼の発言には、キレを感じない。

集団のリーダーを決める時、私たちは、集団の構成員の多数を以って選ぶが、これは公平に見えてその実公平ではない。多数決の評決は、多数派集団による事前の多数派工作を含むものである。此処に間違いの元が伏在する。彼も党大会で選ばれた人である。

日本の政党員の構成というものを自立した個人の集まり、結社と見るのは幻想で、実際には、自主性が乏しく依存・被依存の関係で紐帯が保たれる小集団の集合体である。日本の集団は結社ではない。結社という概念は日本には無かった。自立した個の仲間associateではないのである。companyで構成された集団である。
それでも日本の集団は、権力の座に近いから自負心は大きく、当然自信に満ちている。
事を決めるにあたっては、各小集団(自民党では派閥と呼ぶ)のリーダーの判断に委ねられる。その結果、各集団間の力関係や、それぞれのリーダーの見識や意向・思惑が絡み合って、特異なダイナミズムが生まれ、支持選挙民から見て意外な人物が党の代表に選ばれる事態が発生する。支持団体の意向も大きな影響力を発揮する。
党員個々の選択眼でなく、構成集団の各リーダーの選択眼(自己の利害に立脚)と外部支持団体トップの選択眼が代表を決めているのが実情だろう。

泉健太氏は岡田克也氏のグループの支持のもとに代表に成ったと理解している。党員各個人の自主的選択眼によって選ばれたのではなく、集団の中の最も強力な小集団のリーダーの意向を受けて選ばれたのである。これは自民党その他の政党での党首選びと同じである。

個の弱い日本人の集団というものは、全て小集団の集合、集塊性を帯びるのが避けられない。岩石でいうと礫岩に似て、岩石の中に礫のような小集団が散在している。単純に同心的または求心的な集団というものは、日本人社会には存在しないし。
立民党が対立政党自民党の総裁選びと何ら変わらない党代表の選出を続ける限り、有能で適材の党代表は生まれないだろう。

民主主義というものは、政治意識の確立した個人が、多数を占める場において初めて現実になるもので、個に還元できない小集団の集合体のままでは本物にはならない。

政見・政策を同じくするものが派を作るのを難じるのではない。採決の局面では、各党員は小集団の埒を越えて個に還元され、誰からの影響や束縛を受けない個人の立場で投票すべきだと思う。立民党の再生には、政権党とは明らかに異なる党首選出の本道を進んでもらいたい。
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