南九州の片隅から
Nicha Milzanessのひとりごと日記
 



のち

 仕事で韓国からの団体を案内することとなり、熊本城を訪問した。
 つい一昨日、熊本城に行ったばかりなので、なんか変な感じ。

 熊本城に来ていつも思うことであるが、韓国・中国からの観光客でいっぱいである。ときどき鬱陶しいと感じるくらいだが、熊本にお金を落としてくれている訳だから、感謝しなきゃね。
 城門のところに鎧武者が立っている(宇土櫓周辺・首掛け石前には忍者もいる)ので、一緒に記念撮影をする人も多い。

 今回案内した韓国の団体(の通訳)に、なぜ韓国の人が熊本城に行きたがるのかを聞いてみた。
 1つは、熊本といえば阿蘇と熊本城は韓国でも有名で、世界一のカルデラの阿蘇、日本三名城の熊本城は観光コースから外せないこと。
 もう1つは、熊本城を建てたのが「加藤清正」であること、である。

 加藤清正は文禄・慶長の役で韓国に攻め入った武将の代表的存在なので、韓国人に相当嫌われていると思うのだが…。(韓国の山はいわゆる「はげ山」が多いのだが、それを『加藤清正が燃やしたから』などと言う人が今でもいるらしい。→実際はオンドルの薪として利用してきたから)

 韓国人が言うには、「(一地方の城である)熊本城(ごとき)が日本三名城になり得たのは、加藤清正が『朝鮮で技術を学んだから』」だそうである。(ちなみに他の二城(大坂城・名古屋城)にも加藤清正は大いに関わっている訳だが)
 ん?? なんだかおかしいぞ。
 確かに加藤清正は「朝鮮での籠城戦の経験を生かして熊本城を建てた」が、「朝鮮人に築城の技術を学んだ訳ではない」はずである。

 つまり、韓国人からすれば「朝鮮に攻め入って負けて逃げ帰った加藤清正に、朝鮮人が教えてやった築城の手法を用いて建てた城が、今や日本三名城となっている」のを誇りに思っているようである。

 ぷは~、勘違いも甚だしい。
 昔、「鉄腕アトム」は韓国オリジナルだとか言ってたが、こういう発想なのか。


 疑問を感じながらも、仕事は仕事。
 何とか案内を終え、団体を見送った。

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のち

 熊本城は昨年築城400年を迎え、現在「400年祭」の真っ最中である。
 目玉である本丸御殿の復元もほぼ終わり、あとは5月の一般公開を待つばかりである。
 しかし、天守閣のしゃちほこや瓦に破損が発見され、その修復のため、残念ながら天守閣は足場と養生シートに覆われている。
 うーん、段取りが悪すぎる。400年祭なのに天守閣に登れないし、見た目も最悪、おまけに料金まで下げざるを得ないとは…。情けないったらありゃしない。

 そんな最中、本丸御殿復元に先だって行われた発掘調査での出土品等の展示があるということで、見に行くことにした。

 熊本城は江戸時代を通じてその威容を誇ってきたが、西南の役の際に原因不明の出火で宇土櫓を残してほぼ全焼してしまった。
 今回の発掘調査では、その時に焼け落ちた建物の部材や武具などが展示されていた。中には西南の役の際の軍服のボタンや洋式の銃なども。

 破損したしゃちほこに代わって新たに取り付けられる「新しゃちほこ」の展示もあった。こんな間近で見れるのは最初で最後であろう。

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 昨日、国会中継を見ていて初めて泣いてしまった…。

 国会中継なんて、いつもくだらない足の引っ張り合いや野次、怒号、居眠りくらいしかイメージがない。しかし、昨日の中継は違った。
 昨年12月に亡くなった民主党の山本孝史参院議員の哀悼演説を、自民党の尾辻秀久参院議員が行ったのだが、その内容が涙なくして聞けないものだった。

 山本議員のことは、正直、ガン患者でありながら議員を続けていた人くらいの認識しかなかった。
 しかし、追悼演説を聞いていると、自らががん患者であることを公表し、病を押してガンにより亡くなる方を1人でも減らそうという強い意志で、がん対策基本法を成立させるなどの活躍され、その後も呼吸器をつけながら登庁していたが、志半ばで昨年12月22日に58歳で亡くなられたのだという。

 尾辻議員は、山本議員とは、時には論争相手として、時には同じ問題を解決するための仲間として、党派を超えて親交があったらしく、慣例(対立政党が行う)に倣って哀悼演説を行った。


 尾辻議員は山本議員の功績を1つ1つ、その人柄や政治活動に傾ける情熱なども交えて演説をしていった。中でも「もっとも手ごわい政策論争の相手だった」「社会保障の良心だった」などと語った点は、山本議員の人となりが顕著に表され、感動を覚えてしまった。
 終盤、尾辻議員が「先生、外は雪です。ずいぶん痩せてらっしゃいましたから寒くはありませんか?」と問いかける演説には、思わず目頭が熱くなってしまった。


 尾辻議員、そして山本議員のような国会議員がいるなんて…、まだ日本の国会も捨てたものじゃない! 正直、そう思ってしまった。
 それにしても、身を削り病を押してまでして、多くの救える命を救うために議員立法に身を捧げ、そして自らはこの世を去る…。ああ、なんという人生。常人にはできない立派な心構えだ。
 山本議員のような方がこんなに早く召されてしまうなんて…。残念だ。このような方に、もっと長くこの日本国の舵取りをして欲しかった…。

 今いるほとんどの国会議員はあさっての方向を見ていて、国民を蔑ろにし過ぎだ。こんな政治屋が長生きして、ますます議員の椅子にふんぞり返って私腹を肥やすんだよな。
 なんか世の中間違ってるよ。


 山本議員のご冥福をお祈りいたします。



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 熊本市立博物館で「発掘された日本列島展」なるものが開催されていたので、行ってみた。
 最近、日本各地で発掘された遺跡や遺物等の展示である。

 いつも思うことだが、出土した木簡に書かれた文字が今でも我々が使っている文字と同じだなんて、不思議だし、面白いと感じている。

 土器に赤ちゃんの手型や足型が付いているものがあった。
 解説にもあったが、おそらく両親や親族が、赤ちゃんの誕生を祝って、あるいは成長を願って作ったものだろう。子を思う気持ちは今も昔もいつの世も変わらないものである。
 そういえば山上憶良も万葉集で『銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも』と詠んでいたっけ。
 でも今はちょっと違うかも知れない。毎日のように親が子を、あるいは子が親を殺害したというニュースが流れている。
 日本はいつからこんなおかしい国になってしまったのだろうか。

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 熊本県立美術館で「ナスカ文明展」が開かれているということで、行ってみた。
 ナスカの地上絵…。世界中に一度は行ってみたい場所がたくさんあるが、ナスカもその1つである。きっとみんなもそうでしょ?

 肌色の地に黒や赤の線で模様が描かれた焼き物。その模様を表した織物。高い文明を持っていたことが容易に想像できる。
 それをスペインだったか、大航海時代のヨーロッパが土足で踏み込んで破壊して財宝を持ち去って…。いつの世も白人は酷いことするなあ。

 ポスターに載っていた赤ちゃんのミイラと対面。
 保存状態がよく、驚いたことに眼球まで残っているそうである。きっと幼くして亡くなった赤ちゃんを想い、両親や親族が大事にしたのだろう。
 ミイラといえば、以前、中国湖南省の馬王堆遺跡の女性ミイラを見たことがあるが、この時は遠くからしか見ることができなかったので、こんなに間近で見たのは今回が初めてである。
 他には戦争で取った相手の将の首級のミイラなどもあり、ちょっと恐ろしい気もしたが、日本だって戦国時代はそれが日常だっただろうから…。

 最後はいよいよ地上絵のコーナー。
 なぜ上空からしか見ないと分からないような規模の地上絵を古代ナスカ人は描いたのか…。本当に宇宙人が関係しているのか…。話題は尽きない。
 しかし、近代以降、開発などによって地上絵が破壊されつつあるという。せっかくの遺産。大事にしていきたいものだ。

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のち

 日本テレビで「人生が変わる1分間の深イイ話」という新番組が始まった。
 私はどうやらテレビがなくても生きていける人間らしく、NHK朝ドラ、大河ドラマ、スポーツ中継(特に野球)、歴史・教養系など、決まった番組以外はあまり見ないのだが、新番組ということもあって見てみた。

 この中で、私も思わず涙が出るほど感動する話があった。
(※以下は日テレのサイトを一部参考にしています)

 今から約50年前。日本の南極観測隊でのお話。
 現代は宇宙飛行士ともリアルタイムに映像で交信できるような世の中だが、当時はまだそのような情報伝達手段はなかった。
 そんな中、観測隊員が楽しみにしていたのは、遠く日本の家族から送られてくる月一度の手紙(電報)。
 各隊員が手紙を受け取り喜んでいる中、1人、突然泣き出した人がいた。新婚の隊員だった。
 周りの隊員も思わずもらい泣きした、その手紙に書いてあった深イイ内容とは…。


 『アナタ』


 内容は『アナタ』の3文字だけだった。
 新婚の妻には遠い南極で働く夫に伝えたいことが山ほどあった。しかし、電報は文字数も制限されている。その時、妻が「どうせ短い文章しか送れないのなら…」と溢れる思いをこの3文字に託したのだ。

 あなた、元気にしていますか?
 あなた、風邪など引いてませんか?
 あなた、早く帰ってきてね。
 あなた、早く会いたい。
 あなた、愛してるわ。

 いろんな意味がこの『アナタ』から読み取ることができた。
 その愛情溢れる世界一短い手紙を受け取った夫は、泣き出してしまったのだ。

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