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拒絶の歴史(130)

2010年11月28日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(130)

 仕事の最終日を終え、シャワーを浴びたあと、実家の運送業を継いでいるラグビー部時代の友人の力とトラックを借り、荷物を積み込んだ。それは、思ったより少ないものだった。だが、少ないながらもぼくの26年間が積み込まれているのだなとも感じた。

 妹と母は、おにぎりやコーヒーをポットに入れ渡してくれた。これから、夜中かけて彼は運転してくれるのだ。自分では必要ないとも思ったが、それを受け取った。

 車は走り出し、すぐに高速道路に乗った。車は快適にすすみ、途中何度かはサービスエリアなどに停まり、もらったおにぎりやコーヒーなどを口のなかに積め込んだ。運転してくれる彼は、口数が少なかった。高校時代からそうだった。だが、チームワークを乱そうとも一度も考えたことはなく、ただ、自分の与えられたパートをきっちりと行った。それは、きっちりという範疇を越えていたのかもしれない。だが、彼がミスをしないので、その評価はかえって高まらず、数回のミスが逆に目立つことになった。ときに、そういう人間がいることを知ることになる。そのきっかけが彼だった。

 それで、ぼくは小さな音量でラジオが流れていることも気にならず、自分の10年ほどの生活を振り返るチャンスが暗い外の景色にくるまれた中で与えられ、それを充分すぎるほど活用した。

 大雑把にいえば、そこにはふたりの女性がでてきた。ひとりは、ぼくの生活から追い出し、ひとりは、ぼくに愛を与えてくれながらも、最終的にはぼくの前から去った。それを、させたのも自分であるのかもしれない、ということを考えるのは辛かった。だが、ぼくの前には新しい生活が待ち構え、希望があるというより、反対にあの小さな町でやり直したことがあるのではないかという後悔の方が大きかった。だが、トラックは、順調に前に進んでいった。それが順調過ぎれば過ぎるほど、ぼくは後ろ髪を引かれていく。

 もう関東に入り、最後のサービスエリアで底をついたコーヒーを飲みながら、友人と話している。
「あの高校のときの近藤の彼女、スタンドで応援をしているのを見ながら、オレも好きになりそうになっていた」
 と、彼は恥らいながら、そう告白した。

「そうなんだ、気付かなかった」
「お前は、いろんなことに気付かない性質なんだよ。スター選手は地道な人間の頑張りの上にたっていることもな」彼は皮肉でもなく、そう言った。

「そうかもしれないな。最近になって、そう感じるよ」
「ああいう子と別れられたお前が信じられなかった。最後だから、言っておこうと思う」
「自分でも信じられないけど、そのときの衝動というものは、自分で制御できていると思うのも間違いだと思う」
「まあ、それでも楽しかったんだから良かったんだろう?」それは、質問でもないようだったので、ぼくは答えずにいる。ただ、彼女の崇拝者がここにもいたことを新たに知ったのだった。ぼくは、もうその女性の姿をリアルな形として思い出せなくもなっていた。その後、知った数人の女性のミックスされた映像とそれは結びつき、また別のときには、その女性たちの誰とも似ていないことも知る。

 車は、再び走り出し、1時間もしないうちに指定されたアパートの前に停まった。それは、会社が用意してくれたもので、安い賃料で借りられた。家具もほぼ揃っており、服や趣味のものを持ってくるだけで良かった。

 そのアパートのそばのコンビニでは、朝の配達があって荷物を運んでいるドライバーの姿があった。また新聞配達の帰りであろうバイクも仕事を終えた余韻のようなものを引き摺りながら、朝日とともに消え去った。

 ぼくらはトラックの中で仮眠した。だが、ぼくは目が冴えてしまい、雪代のことを考え続けている。ぼくがふと目を覚ましたときに、ぐっすりと眠っている身体の横になっている姿勢などを。まくらの上には髪がいつもの匂いを発して乗っていた。ぼくは、別れても何度かその匂いの持つ女性を探そうとしている自分を発見することになる。だが、もう当分は、また一生会うこともないのかもしれないという気持ちがぼくを存分に落胆させた。

 会社に出勤するサラリーマンの姿も去った後、ぼくらはアパートに荷物を運び込んだ。それも終え、お茶でも飲んでいけよというぼくの誘いに応じず、彼は去っていった。そういうあっさりとした性分なのだ。

「このポット、家に帰していくよ」と、言って空になったトラックをぼくは見送った。
 また、新たな部屋に戻り、トイレや風呂や収納などを確認し、ほっと一息をついた。

 少しずつ、段ボールを開放し、さまざまな荷物を取り出そうとしたが、半分ぐらいで飽きやめてしまった。スーツはハンガーにかけ、タンスにしまい、当面着る服も出たので、あとはゆっくりと今後やればよかった。その気持ちにさせたのは、雪代の手紙が出てきたことが大きかったのだが、それを敢えて、気付かないように振舞ったが、その主張は大きく、とうとうぼくはそれを手にしてしまう。

 封を開け、また読み出すと、ぼくはその存在を失った重みに耐え切れず、声をあげるほど泣いてしまった。彼女は、いま目覚め、一体何をしているのだろう? と考え続けた。離れても、電話一本で声ぐらいは聞けるのだ。前にぼくらは反対の立場で離れて暮らしていたとき、よくそうして愛を確認し合ったのだ。だが、なにかがぼくにストップをさせ、行動をとらせなかった。ソファに座りなおし、もうひとつだけ段ボールを開けた。実家を出る前の分で、そこには雪代の匂いすら詰まっているように感じた。あたりを見回せば、あの服も雪代と買いに行ったんだと思ったり、あれは彼女がくれたものだ、と記憶をもどすきっかけにもなった。そう考え部屋中を見回すと、いたるところに雪代の残像がのこっていることを改めて発見することにもなった。

(終)

ネクスト