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拒絶の歴史(119)

2010年10月30日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(119)

 後輩の山下は社会人になってもラグビーで活躍していた。そのリーグの試合でも活躍し順当に勝ち上がっていって、自分の名声を高めていった。

 その頃になると、ぼくはもう自分がなにかを教えたり、いっしょに練習に励んでいたという事実はまったくのこと忘れ、ただ妹の恋人という観点で見ることの方が多くなった。そして、いちラグビーフアンに戻り、彼の活躍を無心に応援していた。

 彼の試合を実際に応援するために久々に東京に行った。席は先輩の上田さんが買っておいてくれ、ぼくらはそのスタジアムがある駅の前で待ち合わせをした。そこには彼の妻になったぼくの幼馴染でもある智美もいた。彼女は、ぼくが知っている頃より見違えるほど変わってしまい、それは良い方向への変化で一段と女性らしくなっていた。髪も伸びており、ぼくのイメージの中に眠っている活発でショートカットの女の子はどこかに消えてしまい、外見だけではただのおとなしい女性であった。

「よっ、久し振り」と、彼はぼくの肩を叩いた。
「こんにちは」と智美もその後に言った。
 長い間、離れていてもぼくらには見えない糸のようなつながりがあった。最近のことを情報として交換し合えば、あとは数秒で以前の関係に戻れた。そうすると、まだ10代半ばのような智美が戻ってきた。彼女はぼくの家族ともずっと親しくしていた。たまには電話でぼくの母とも連絡するようで、ぼくの最近に起こったことも多少のことは知っていた。そして、そのことを夫である上田さんも共有していた。

 試合前の興奮は、いつでも心地よいものである。ぼくらは会話をしながらも頭の中でそれぞれの試合の展開を予想しあっていた。無言になりながら考え、予想の内容を語り合っては、展開の場面をイメージし、さらに膨らませていった。だが、山下の姿を見れば、ぼくらの興奮は最高潮に達し、それはもちろんのこと思考を奪った。

 山下の身体はぼくらの遠い場所から見ても一段と大きくなっていることが確認できた。彼は声援の方を一瞬だけ振り返り、ぼくらはその顔に闘志が秘められていることを発見する。

 試合が始まった。試合の運びには、そのランクに達していれば当然のことなのかもしれないが、大きな差は見られず緊張感がみなぎる時間が遅々と過ぎていった。

 山下の頑張りがあったにも関わらず、(個人のゲームではないが、彼に注目するのは否めなかった)彼のチームの方が点数が少なかった。ハーフ・タイムの間、ぼくらはその時間のやり場に困っていた。ぼくらも、控えに戻ってあれこれ鼓舞するような時間を持ちたかったのだ。しかし、グラウンドから去った以上、それはできなかった。

 後半になっても手に汗にぎる展開が続いた。ぼくらは息を殺すように黙る時間を持ち、また声を枯らすまで絶叫する時間もあった。結局のところいつの間にか山下のチームは逆転していて、試合が終わるとそこで死闘を尽くした以上にぼくらは疲れ果てていた。見るより、自分で動いたほうが楽なこともあるのだ。それは仕事でも同じで自分で安易に動いたほうが簡単に解決することもあったが、後輩は仕事を覚えなければならないこともあった。それは失敗を多く要求したが、やはり失敗はそれなりの見返りをくれた。ぼくは、その試合後にそんな感想を持っていたのだ。自分がもうがむしゃらに駆けずり回っていたスポーツマンではないこともあらためて確認した一瞬でもあったのだが。

 それから、夜は山下と久々に待ち合わせをして、ビア・ホールでビールをたくさん飲んだ。ぼくは、上田さんの部屋に泊まることになっていたので、安心してビールを飲んだ。その安心感がぼくを帰って量以上に酔わせることになったのかもしれない。
 ぼくは雪代への愛情が停滞していることを語り、彼らが最愛のひと以外に女性を発見しなかったことをうらやみ、また逆に同時になじった。

「河口さんを手に入れるために、あのひとを失ったんじゃないですか。同じ間違いをしないでくださいね」急に大人になった山下はそんなことを言った。その言葉はぼくの胸に刺さる言葉だった。智美はその場面を取り繕い、ぼくらが言い合いになるのを避けた。

 ぼくは酔って、上田さんの家に転がるように入った。急いで布団は敷かれ、ぼくはそこに寝転がり、水を求めた。

「ぼくは、ずっと失敗してきたのかもしれない」と、何度もうわ言のように呟いていた。自分の耳はそんな自分の感情を聞くことに飽き、ぼくはいつの間にか眠っていた。次に目が覚めると、そこには東京のきれいでもない空の色が目にはいった。
「なんか酔ってたね。悩める少年みたいに」と、智美は言った。

「ごめん」とぼくは小さな声で言い返すしかなかった。ぼくは、あのチームメートに囲まれていると油断して、甘えてしまう自分がいることを見つける。それを理解していいものなのか、納得していいものなのかまだ判断はできなかった。