拒絶の歴史(115)
出張で違う町に来ている。ぼくの会社がそこの駅前でビルを建てている。
ぼくは駅の反対側のビジネスホテルに泊まり、何日間かはその進捗具合を調査している。何人かと話し、順調に進んでいるということなので安堵し、また夜は職人さんたちとご飯を食べた。その費用は会社が負担した。
時間が許せば、夜に雪代に連絡した。だが、適当な時間が見つからず、それを怠ってしまうこともあった。愛情と義務感の狭間に自分の立場を置いた。義務の積み重ねもまた愛情なのだ、ということをその頃の自分は知らずにいた。
時間はこのように急激な早さで流れて行った。自分の感情の動きも仕事の後回しにし、雪代の感情もその次に置いたのかもしれなかった。自分の家に帰っても、ぼくらの間には密接な時間を作り続けようという意志が減ってきたのかもしれなかった。だが、何の心配もないパラダイスに自分たちがいない以上、収入を得るために費やす時間も無駄にできないことだった。
彼女も店が終わってから若い従業員たちと食事に行ったり、お得意さんたちと遊んだりもした。ぼくはそれがかえって都合の良いことだとも考えていたかもしれない。愛情は発酵する時期を越え、安定させる時期に到達したのだと判断して、それ以降その考えをどこかにしまった。
そうしながらも、ぼくはたまにゆり江という子と、ほんのたまにだが会った。ぼくらは小さな町にいるので目立ってしまうため、違う町に車で行った。だが、ぼくの仕事の関係が手広くなれば、どこかでぼく自身を見つけてしまうひとも出てくる心配もつきまとった。しかし、そのような時間を作らないことには、ぼくの磨耗していく感情を癒すことはできなかったのかもしれない。身勝手な考え方であることは分かるが、競争社会で生存していくためにはその時間も大切なことであると思っていた。
そのゆり江という子にも当然のように交際相手がいて、お互いそれらを打ち壊しにしようなどとは考えていなく、ただそれぞれが持っている行き場のない隙間を、どうにかして埋めようとした結果なのだとも思う。これもまた都合の良い考え方だった。
たまに親から電話がかかってきて暇が許せば実家に戻った。妹はいないことも多く、東京で働いている山下に会うために休日を使っているようだった。彼はまだラグビーを続けていて、その頃は寮に住んでいたはずだ。ぼくは母親から彼らの話を聞きながら、それがぼくと雪代との関係とどのように違うのだろうかと比較した。比較しても答えが出るものじゃないが、それでも頭のなかで比べてみた。
「あなたも、あの子の将来に責任があるんじゃないの? もう交際も長いんだから」と女性らしい心配をしていた。
「ああ、そうかもね」とぼくは気のない返事をして、母をやきもきさせた。
「あんまり言わなくても考えているんだろう。男なんだから」と父は悠長なようでいて、それでも決定を迫るような口調で言った。
ぼくは家を後にして、車のなかでいろいろな言葉や映像を頭に浮かべては、通り過ぎるように流したり、自然と消えるがままに任せたりした。だが、ふと思い立って車を少し走らせた。その場所をなぜ、ぼくはいま思い出すことになったのだろうと自分自身に驚いていた。
そこは、ぼくが高校時代のガールフレンドと行った場所だった。彼女はお婆ちゃん子であったと言った。そこには彼女の祖母が眠っているはずだった。ぼくは生い茂った草を掻き分けるように歩き、ひとつの墓の前に立った。記憶というものは不思議なものでたくさんあるものの中から、ぼくは簡単にその場所を見つけた。そして、今頃その同行してくれた女性は一体どうしているのだろうと、5、6年も会っていない女性のことに思いを馳せた。容貌はどのように大人の女性に変化したのか、また考え方やあの優しさは維持されているのだろうかなどを無心に考えていた。もちろん、答えはどうやっても与えてくれず、ぼくの想像の範囲から超えることはなかった。
そうしていると、近くに墓参りに来たひとがいたので、そこから急いで遠ざかるようにぼくは去った。
また、車に乗りぼくは家に向かったが、途中で気分を変更して雪代を迎えに行くことにした。だが、車の中ではぼくは別の女性の数年間について考えることを止めなかった。正味2年間ぐらいしか彼女を知らなかったが、その空白の未来や、またぼくと知り合う前の時間も手に入れようとぼくの頭は必死になって考えていた。だが、もちろんその期間を知らないので、想像すれば想像するほど、別の女性が代用しその記憶を埋めようとした。小さなころは、ぼくが学生時代にバイトした店長の娘の映像になり、中学生ぐらいのときは、なぜかゆり江という子の顔を使って、頭の中で具体化させた。それはとてもいびつな感情だったが、どこかではしっくりと来るものでもあった。
その思いを辞めないままに雪代の店の前まで着いた。彼女はいままさに店を閉めようとしていた。数分車のなかで待っていると彼女が出てきた。ぼくは、朝彼女がその格好で出掛けたことを思い出せないまま、彼女が着ている洋服を眺めていた。
出張で違う町に来ている。ぼくの会社がそこの駅前でビルを建てている。
ぼくは駅の反対側のビジネスホテルに泊まり、何日間かはその進捗具合を調査している。何人かと話し、順調に進んでいるということなので安堵し、また夜は職人さんたちとご飯を食べた。その費用は会社が負担した。
時間が許せば、夜に雪代に連絡した。だが、適当な時間が見つからず、それを怠ってしまうこともあった。愛情と義務感の狭間に自分の立場を置いた。義務の積み重ねもまた愛情なのだ、ということをその頃の自分は知らずにいた。
時間はこのように急激な早さで流れて行った。自分の感情の動きも仕事の後回しにし、雪代の感情もその次に置いたのかもしれなかった。自分の家に帰っても、ぼくらの間には密接な時間を作り続けようという意志が減ってきたのかもしれなかった。だが、何の心配もないパラダイスに自分たちがいない以上、収入を得るために費やす時間も無駄にできないことだった。
彼女も店が終わってから若い従業員たちと食事に行ったり、お得意さんたちと遊んだりもした。ぼくはそれがかえって都合の良いことだとも考えていたかもしれない。愛情は発酵する時期を越え、安定させる時期に到達したのだと判断して、それ以降その考えをどこかにしまった。
そうしながらも、ぼくはたまにゆり江という子と、ほんのたまにだが会った。ぼくらは小さな町にいるので目立ってしまうため、違う町に車で行った。だが、ぼくの仕事の関係が手広くなれば、どこかでぼく自身を見つけてしまうひとも出てくる心配もつきまとった。しかし、そのような時間を作らないことには、ぼくの磨耗していく感情を癒すことはできなかったのかもしれない。身勝手な考え方であることは分かるが、競争社会で生存していくためにはその時間も大切なことであると思っていた。
そのゆり江という子にも当然のように交際相手がいて、お互いそれらを打ち壊しにしようなどとは考えていなく、ただそれぞれが持っている行き場のない隙間を、どうにかして埋めようとした結果なのだとも思う。これもまた都合の良い考え方だった。
たまに親から電話がかかってきて暇が許せば実家に戻った。妹はいないことも多く、東京で働いている山下に会うために休日を使っているようだった。彼はまだラグビーを続けていて、その頃は寮に住んでいたはずだ。ぼくは母親から彼らの話を聞きながら、それがぼくと雪代との関係とどのように違うのだろうかと比較した。比較しても答えが出るものじゃないが、それでも頭のなかで比べてみた。
「あなたも、あの子の将来に責任があるんじゃないの? もう交際も長いんだから」と女性らしい心配をしていた。
「ああ、そうかもね」とぼくは気のない返事をして、母をやきもきさせた。
「あんまり言わなくても考えているんだろう。男なんだから」と父は悠長なようでいて、それでも決定を迫るような口調で言った。
ぼくは家を後にして、車のなかでいろいろな言葉や映像を頭に浮かべては、通り過ぎるように流したり、自然と消えるがままに任せたりした。だが、ふと思い立って車を少し走らせた。その場所をなぜ、ぼくはいま思い出すことになったのだろうと自分自身に驚いていた。
そこは、ぼくが高校時代のガールフレンドと行った場所だった。彼女はお婆ちゃん子であったと言った。そこには彼女の祖母が眠っているはずだった。ぼくは生い茂った草を掻き分けるように歩き、ひとつの墓の前に立った。記憶というものは不思議なものでたくさんあるものの中から、ぼくは簡単にその場所を見つけた。そして、今頃その同行してくれた女性は一体どうしているのだろうと、5、6年も会っていない女性のことに思いを馳せた。容貌はどのように大人の女性に変化したのか、また考え方やあの優しさは維持されているのだろうかなどを無心に考えていた。もちろん、答えはどうやっても与えてくれず、ぼくの想像の範囲から超えることはなかった。
そうしていると、近くに墓参りに来たひとがいたので、そこから急いで遠ざかるようにぼくは去った。
また、車に乗りぼくは家に向かったが、途中で気分を変更して雪代を迎えに行くことにした。だが、車の中ではぼくは別の女性の数年間について考えることを止めなかった。正味2年間ぐらいしか彼女を知らなかったが、その空白の未来や、またぼくと知り合う前の時間も手に入れようとぼくの頭は必死になって考えていた。だが、もちろんその期間を知らないので、想像すれば想像するほど、別の女性が代用しその記憶を埋めようとした。小さなころは、ぼくが学生時代にバイトした店長の娘の映像になり、中学生ぐらいのときは、なぜかゆり江という子の顔を使って、頭の中で具体化させた。それはとてもいびつな感情だったが、どこかではしっくりと来るものでもあった。
その思いを辞めないままに雪代の店の前まで着いた。彼女はいままさに店を閉めようとしていた。数分車のなかで待っていると彼女が出てきた。ぼくは、朝彼女がその格好で出掛けたことを思い出せないまま、彼女が着ている洋服を眺めていた。