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爪の先まで神経細やか

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拒絶の歴史(114)

2010年10月09日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(114)

 日々やることは多くなっていき、それをしても達成感は得られず、ただ少しずつ磨耗していくようだった。それでも、ぼくには若さがあり、一晩眠れば昨日の失敗も忘れ、それをバネにして成長しようとしていた。

 洗面所で毎朝ひげを剃り終えれば、いつもの自分になった。

 雪代も毎朝同じように身支度をしている。ぼくらには最初の頃の新鮮さは失いつつあり、費やす言葉もいくらか減ったかもしれなかった。夜も別々になってしまうこともあり、ベッドの隣にもぐりこむ存在を意識して目を覚ますこともあったし、それすら気づかず朝を迎えてしまうようなこともあった。とりあえずは、いて当たり前という形になってしまったのだろう。それは時間の経過がある限り、仕方のないことだと考えていた。

 ぼくらの頭を占領するのは仕事のことだったり、さまざまな達成すべき目標だったり、数字のもつべき重さだったりした。お互いへの関心は減ったとは思いたくもなかったが、潮が引いていくようにいつの間にか浅瀬が見えるようなこともあった。

 そんなときに彼女はたくさんの言葉を要求した。また、要求しているような素振りを見せた。ぼくは、気づいて話しかけたり、それすらも無視しようとしたりした。外で、たくさんの笑顔と愛想を振りまいている自分をいくらか嫌悪している自分がいて、もう少しまともな人生を送りたいとも多少は願っていたからだ。

 ストレスがたまっていると思い、日曜が休みのときはサッカーの練習に参加することもあった。もう、その頃にはぼくの知らない少年もいたし、知っていた子も急に成長していて驚くことになる。身体を動かしている間はいろいろなことを忘れることができた。だが、そのブランクは身体に悲鳴を与える結果になるが、それでも翌日にはこころよい疲労となって自分の存在意義を意識したりした。

 社長と夜に飲みにいくこともたまにはあった。
「あの子と仲良くやっているのか?」と彼は、いつもいつも訊いた。そして夫婦の大切な絆のような自論を吐き、それに自分自身が納得して、かつ反省しているようだった。ぼくらは、いつも同じ店にいた。
「この前、サッカーの練習に久々に出たんだって?」
 彼女の息子はそのチームの一員で、この前はその成長した姿をぼくに見せてくれた。

「あの子も、大きくなって上手になっていました」とぼくが言うと、その店主はうれしそうに微笑んだ。そのような風景をいま思い出しても、自分の地元のありがたみを感じるのだった。

 ぼくと社長は仕事のことはあまり話さなかった。彼の息子であり、ぼくのラグビー時代の先輩のことを会話の種にしたり、その嫁になった女性のことを話したりした。彼女もここを離れて東京に行った。自分の身近にいるべきひとが急に自分のそばから去ってしまったことを、どうしようもないことだが淋しくも感じている。例え、頻繁に会わなかったとしても、彼らは自分の身の回りにいるべきだと身勝手な判断を下し、自己中心的な結論に達していた。

「そろそろ、オレも数多くの支店をつくらないといけないと思っている」自分の会社を大きくすることを望んでいる彼はいつもそのようなことを呟いた。それは、ぼくらの会社の誰かが遠くに行くことも意味しており、だが、自分にはそれが訪れないという油断なのか浅はかな考えも自分にはあった。

 家に帰ると、雪代は洗濯をしたり掃除をしたりしていた。ぼくはカバンを投げ出し、ソファに座り手伝うこともなくその姿を見ていた。だが、見兼ねて掃除を手伝った。彼女は無言で掃除機をぼくに渡し、洗濯機があるところに向かった。

 彼女はたまに機嫌の悪くなるときがあった。だが、いつもぼくの脳裏には10代後半の彼女の姿があり、その憧れを抱いたときの当初の気持ちが消えることは決してなく、些細なことは責めることもできずにいた。また、そうしたいとも思っていなかった。
 ぼくも自分の衣服を片付け、風呂に入って、明日のあれこれを考え、ベッドに入った。彼女の手を握り、彼女の心配事や小さな怒りの種を取り除こうとした。

「なんか、さびしくてたまらないことがある」と彼女は小さな声でいった。「仕事とかもうまく進み、物事が順調であっても、たまにそうした気持ちが生まれる」と続けた。
「ぼくが、いつもついているよ」と、ぼくは安心させるように返答した。だが、いつもそばに居て欲しいと思っているのは逆にぼくの方だった。

 また寝て、また起きひげを剃った。彼女も身支度をしている。段々と薄い軽装な姿になっている。靴も保護を目的としたものではなく、足の指が見えたり、その先の爪の色が輝くようなものになったりした。

 ぼくらはお互いの今日の予定を話し合い、その先のぼくの出張や、彼女の買い付けの旅の話を朝食を摂りながら話した。会社は次第に拡大していき、接するひとも県外のひとも多くなっていった。そのため、ぼくは自分の家で眠らないことも月のうちの何日かはあった。電話で聞く彼女の声はとても遠く、ぼくはそのようなときに自分の身近に居続けるべきひとの先頭に彼女をもちろんのこと置くのだった。