高麗(こま)の地名のある神奈川県中郡大磯町には高来(たかく)神社がある。現在、神社側は高麗(高句麗)との関連を否定しているそうなのだが、神社の境内にある由緒書きには以下のようにある。
【高来(たかく)神社(高麗寺)の由来】
(前略)
神功皇后が三韓を征伐した時に神霊が御出現して勝利に導きました。因って武内宿禰は奏して東夷静謐の為に、神皇産霊尊(高麗大神和光)を当山の韓館の御宮に遷し奉りました。これが高麗権現社の起源であります。
高来神社の奉納木遣に、応神天皇の御代に邪険な母国を逃れた権現様が唐船(権現、明神丸)で大磯に渡来されて、この地を開発されました。(これは続日本紀の霊亀二(716)年に武蔵国高麗郡の開発に郡令として向かわれた若光がモチーフと考えられます。)
(中略)
明治になり神仏分離され寺物は地蔵堂に移され、高麗神社と改称され、明治三十(1897)年に高来(たかく)神社に改称されました。
この中にも若光の名前が出てくる。
彼は決して伝説上の人ではなかった。
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