国の規律を乱し
この世を滅ぼすのは
戦争だけではない
道徳に背けば
倫理が崩壊し
国の規律が乱れてしまう
官僚の内部も腐敗し
民による暴動を
引き起こすことになる
そこで国は滅亡するのだ
これぞ普遍の原則だ
なんだかんだでドラマ「ヨンゲソムン」も25話まで到達した(これでやっと4分の1であるが)。
とりあえず第25話に出てきた諸国の名前をメモしておこう。 これがまた後で重要な話につながっていくのである。
大佛臨国(テブルリム):東ローマ帝国
波斯(パサ)国:ペルシャ
大食(テシク)国:アラビア
さて、この辺でドラマ「ヨンゲソムン」の設定と史実について少し検討してみたい。 もっとも気になるのはヨン・ゲソムンとキム・ユシンの関係。ゲソムンがユシンの家の使用人になったというのはドラマ上の設定と思われるが、二人が歴史上何らかの形で関わっていたのはおそらく事実である。(その検討は今後の課題)
ヨンゲソムンの生い立ちや幼少期についてWikipediaには詳しい記事がないのだが、これまた英語版Wikipediaで調べてみると次のようなネタがある。
Yeon Gaesomun was the first, and oldest son of Yeon Taejo, the Prime minister (막리지, 莫離支) of Goguryeo during the reigns of King Pyeongwon of Goguryeo and King Yeongyang of Goguryeo. It is known that the Yeon family was always of high rank and status in Goguryeo. Yeon's grandfather Yeon Ja-Yu was also a prime minister of Goguryeo. Information about Yeon Gaesomun comes largely from the Samguk Sagi's accounts of King Yeongnyu and King Bojang (Goguryeo vols. 8-10) and its biography of Yeon Gaesomun (vol. 49), surviving tomb engravings belonging to his sons Yeon Namsaeng and Yeon Namsan, and the biographies of those same sons that appear in the New Book of Tang.
ヨン・ゲソムンは高句麗の嬰陽王と栄留王の時代に莫離支であったヨン・テジョの長男である。ゲソムンの家系は高句麗で高い地位とステータスにあったことが知られており、ゲソムンの祖父(Yeon Ja-yu)もまた莫離支であった。ヨン・ゲソムンに関する情報は主として「三国史記」の栄留王と宝臧王の条(高句麗本紀 (巻第20-22) 第8-10)と蓋蘇文伝 (巻第49)に記載があり、またゲソムンの息子たちの現存する墓碑や「新唐書」にも記録がある。
Very little is known of Yeon's early days, until he became the Governor of the Western province (西部), where he oversaw the building of the Cheolli Jangseong, a network of military garrisons to defend the Liaodong area from Tang invaders.
ゲソムンの生い立ちについてはほとんど知られていないが、高句麗西部の高官になったあとは唐の侵入から遼東地域を守るため山城のネットワーク「千里長城」の建築を監督した。
ところで、ドラマの初期で嬰陽王が隋との戦いを始めるため靺鞨の部族を率いて遼西に向ったのは、歴史上は598年のこと。同じ頃、幼少のヨンゲソムンが新羅へ向かうとき自分は8歳であると言っていたので、これに従えばヨンゲソムンは590年ごろの生まれということになる。キム・ユシンの生まれが595年だから5歳ほどお兄さんということか。
一方、Wikipediaによれば生年不詳とされているのだが、不思議なことに同じWikipediaの英語版では603年生まれとなっている。
いずれにしても亡くなったのは665年(とされている)なので、当時としてはそこそこ長生きしたということか。
不思議なことに「日本書紀」天智天皇3年(664年)の条には、淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)の遺言に関する記述がある。三国史記など本国の歴史書にそのような記述はまったくないにも関わらずだ。
(放映中の番組に関するネタバレあり、注意!)
ヨンゲソムン第20話、高句麗でヨン・テジョ(ゲソムンの父)、ヨン・テソ兄弟が語り合う場面で、百済武王と新羅真平王の娘の結婚の話がでてくる。
新羅と百済は舅(しゅうと)と婿の関係だ
なんでもチンピョン王の娘が――
百済の武王に嫁いだらしい
武王は幼名を薯童(ソドン)というようだ
そのようですね
その経緯も興味深いのです
商人に扮した武王が新羅を訪れ――
チンピョン王の次女ソンファ姫を誘惑したとか
しかし 2国の関係はよくありません
婿が舅(しゅうと)の国を脅かしている状態です
これは韓国ドラマを多少でも見ている方ならご存知「薯童謡(ソドンヨ)」のことである。
つまり「薯童謡(ソドンヨ)」の善花(ソンファ)姫はトンマンの妹にあたるわけだ。もっとも上の会話ではソンファ姫は次女となっていて、少し混乱があるようだ。
善徳女王の姉妹関係についてWikipediaには特に記述がないのだが、面白いことに英語版Wikipediaには以下のような記述がある。
Queen Seondeok of Silla
Before she became queen, Seondeok was known as Princess Deokman. She was the eldest of King Jinpyeong's three daughters. The son of her sister Princess Ch'on-myong became a king in his own right while Seondeok's sister, Princess Seonhwa (Sŏnwha) eventually married King Mu of Baekje and became mother of Uija.
善徳女王は王になる前は徳曼(トンマン)として知られていた。彼女は真平王(チンピョン王)の3人の娘の長女だった。次女のチョンミョン(天明)の子供は王位を継ぎ武烈王となり、一方で、三女のソンファ(善花)はのちに百済の武王と結婚し義慈王を生んだ。
というわけで整理するとこうなる。
●トンマン:新羅第27代王 善徳女王
●チョンミョン:新羅第29代 武烈王(金春秋)の母
●ソンファ:百済第30代 武王の王妃、31代 義慈王の母
チョンミョンの旦那は第25代チンジ王(ミシルによって廃位させられた)の息子キム・ヨンスということなので、チョンミョンは父親の叔父の息子(つまり、父親の従兄弟)と結婚したということになる。
そしてチョンミョンの息子である武烈王の王妃となったのがキムユシンの妹(次女)の文姫なわけだ。
さらに、後にその武烈王の娘(智炤夫人)をキムユシンが娶るということなのだが、そうするとユシンは妹の旦那の娘・・・というか早い話が妹の子供(姪っ子)を嫁にしたということか?王族のすることはよくわからないが、いずれにせよかなり歳の離れた奥さんをもらったということなのだろう。
ところでドラマでは「善徳女王」の設定でも「薯童謡(ソドンヨ)」の相関図でも、チョンミョンが長女となっているのだが、これはいったいどういうことだろうか。(双子の場合、後から生まれたほうが長子のはずだが?まあ、この際それは置いておこう)
「善徳女王」にはソンファ姫は出てこないようだし、「薯童謡(ソドンヨ)」にはトンマンの名が現れない。
養母ソファとともに無事シルラ(新羅)を抜け出したトンマン。(「善徳女王」第3話)
ラクダを連れて砂漠を歩いているからどこかと思ったら、タクラマカン砂漠だって。
タクラマカン砂漠といえば中国の新疆ウイグル自治区にある世界第2位の広さを持つ砂漠。ユーラシア大陸のど真ん中である。いくらなんでも移動しすぎじゃないの?朝鮮半島南部からどれほど離れていると思っているんだ。 おっちょこちょいにもほどがあるぞ>ソファ。
と、激しくツッコミを入れたいところではあるのだが、いやいや、これはあながち嘘とも言えないのである。新羅の文化が高句麗や百済のそれと圧倒的に異なる点として、西アジアの影響をより強く受けていることがあげられる。それにはちゃんと理由があるのだ。
一般に言われるシルクロード(絹の道)とは別にステップロード(草原の道)と呼ばれる交易路があったことが最近知られるようになってきた。これは、モンゴルやカザフスタンなど西アジアの広大な草原地域を経て、最終的にはドナウ川下流から(なんと)ローマにまで至る広域の交易路である。 (重要なポイントはシルクロードと異なり、中国の干渉を受けずに済んだということ)
トンマンの宿に西アジアや中近東の民族、それどころかどう見てもヨーロッパ系の民族が出入りしているのは決して誇張ではないし、トンマンが将来ローマに行きたいと言っているのも無謀な話ではないわけだ。
もっとも、善徳女王が幼少期をタクラマカン砂漠で過ごしたというのはおそらくフィクションだろうし、そもそも双子で生まれたというのはドラマ上の設定のはずである・・・よね?
ちなみにシルラ(シラギ)は「新しい羅」と書くが、羅はローマ(羅馬)の頭文字と共通なのである。