朱蒙(チュモン)が見た日本古代史(仮題)

「朱蒙」「風の国」「善徳女王」・・・韓国発歴史ドラマを題材に日本史を見つめ直す

トンマンの苦悩、ユリ王の憂鬱

2010年08月01日 | タイムマシン
古代社会の政治のあり方というと、以前は、王権と民衆、支配者層と被支配者層という単純な構造をイメージしていたのだが、実はそう簡単なものではなかったのだということがだんだんわかってきた。

ドラマ「善徳女王」で、シルラ(新羅)の実質的な権限を掌握しているのはミシルである。真平王は王でありながらあまりにも無力であり、ミシルの行うことにただただ承認を与えることしかできなかった。
なぜかというと、貴族達のほとんどがミシルに従っているからである。ハベク会議の意向を無視しては王といえども何もできないという現実。

また、ドラマ「風の国」でも、ユリ王は最後まで王としての自らの無力さに苦しんだ。本来は王をサポートすべきはずのチェガ会議の権限が強く、何をするにしても諸加[チェガ]会議、特にその中心にいるサンガの意見に耳を傾けなければならなかった。太子を選ぶ際もそうだ。ムヒュルが適任だと考えながらも、チェガ会議との衝突を避けるため、いったんはヨジン王子を押す決断を下したのである。

単にドラマの中の話ということではない。歴史的には・・・特に高句麗の初期において、王権は確固たるものではなかったようである。

権力の座にいるものが権限を発揮するのではなく、そのとりまき・・・多くの場合、それは貴族と呼んでいいものかもしれない・・・が実質的な決定権を掌握しているというのは、本来、その国にとって良いことではない。貴族は本質的に自らの利益を極大化する事に専心し、全体の利益、つまり国あるいは国民にとっての利益を顧みない傾向があるからだ。
しかし、それは歴史上、あらゆる国で現実的に起こっていたことではないのだろうか。

日本の現状もある意味ではそれに近いものがあるかもしれない。
日本に貴族なんていない?いや、そういう制度上の問題ではないのだ。
目に見えなくても実質的な階級差は開く一方である。全体から見たらごく一部の富裕層に集中する資本。あるいは政治家の意向など関係なく強大な権力構造を手中に収めた官僚組織。

いったい政治家の言う「民意」とは誰の意見を集約したものなのか。
無責任に批判、揚げ足取りばかり行うメディアは本当に国民の意見を総括しているのか。