朱蒙(チュモン)が見た日本古代史(仮題)

「朱蒙」「風の国」「善徳女王」・・・韓国発歴史ドラマを題材に日本史を見つめ直す

ピダムの乱

2011年01月20日 | 善徳女王

なんだかんだでドラマ「善徳女王」も残すところあと1回となってしまった。
とはいえ、レンタルCD屋ではだいぶ前から最終巻が陳列されているので、すでに最終話をご覧になってしまった方も多いかもしれない。

最期は悲劇的な結末を迎えそうな気配が濃厚であるが、ピダム(毗曇)が善徳女王に反旗を翻し反乱を起こしたのは歴史書にも記載されている事実である。

以下、『三国史記 1』(東洋文庫)より

〔善徳女王〕16年(647年)春正月、毗曇や廉宗(れんそう)らは女王ではよく国を治めることができないといって、反乱を計り、兵を挙げたが、失敗に終わった。

8日、王が薨去したので、諡(おくりな)して善徳といい、狼山(ろうざん)に葬った。

***

〔真徳王〕元年(647年)正月17日、毗曇を誅殺した。これに連坐して殺されたものが30人〔にも達した〕。

さらに詳しい状況が同じ『三国史記』の「列伝第一 金庾信 上」に記録されている。

(つづく)


カラスの羽を使った密書

2011年01月06日 | 善徳女王

ドラマ「善徳女王」第58話より

ユシン: こんな方法で密書を渡すのですか?
チュンチュ: はい、私も聞いた話で確証はありませんが、倭国に行ったコグリョ(高句麗)の使臣がカラスの羽に何かを書いたというのです。
ユシン: それで?
チュンチュ: ペクチェ(百済)出身のワンジニ(王辰爾)がそれを解読したと、隋の商人に聞いたことが・・・

面白いことに「日本書記」の敏達天皇元年(572)5月の条に以下のような記述がある。

又高麗上表疏書于烏羽。字随羽黒既無識者。辰爾乃蒸羽於飯氣。以帛印羽。悉冩其字。

高句麗から上奏された国書は烏の羽に書かれていた。文字が黒い羽にあるため誰も読むことができなかった。辰爾は、羽を飯の湯気にあてて蒸し、柔らかくした絹に羽を押しあて、すべての文字を写し取った。

なんともまあ、ドラマの描写とまったく一緒である。
もっとも、善徳女王における密書の一件は、歴史書に記載のある事実ではなく架空のものだと思われるので、ドラマの脚本家は何らかの資料を基にエピソードを作り出したのだろう。

もしかしたら日本書紀も参照しているとか?