竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
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若竹のつういつういと伊那月夜   矢島渚男

2019-05-18 | 今日の季語


若竹のつういつういと伊那月夜   矢島渚男

元来「つういつうい」は、ツバメや舟などが勢いよく滑るように、水平に移動する様子を指しているが、この句では若い竹の生長するさまについて用いられている。水平ではなく垂直への動きだ。なるほど、竹の生長の勢いからすると、たしかに「つういつうい」とは至言である。元気いっぱい、伸びやかな若竹の姿が彷彿としてくる。しかも、時は夜である。月の雫を吸いながらどこまでも伸びていく竹林の図は、まことに幻想的ですらあって、読者はある種の恍惚境へと誘われていく。そして舞台は伊那の月夜だ。これまた絶好の地の月夜なのであって、伊那という地名は動かせない。しかも動かせない理由は、作者が実際に伊那での情景を詠んだかどうかにはさして関係がないのである。何故なのか。かつての戦時中の映画に『伊那節仁義』という股旅物があり、主題歌の「勘太郎月夜唄」を小畑實が歌って、大ヒットした。「影かやなぎか 勘太郎さんか 伊那は七谷 糸ひく煙り 棄てて別れた 故郷の月に しのぶ今宵の ほととぎす」(佐伯孝夫作詞)この映画と歌で、伊那の地名は全国的に有名になり、伊那と言えば、誰もが月を思い浮かべるほどになった。句は、この映画と歌を踏まえており、いまやそうしたことも忘れられつつある伊那の地で、なお昔日のように月夜に生長する若竹の姿に、過ぎていった時を哀惜しているのである。『木蘭』(1984)所収。(清水哲男)



【若竹】 わかたけ
◇「今年竹」 ◇「竹の若葉」
筍が成長してすべての皮を落とすと、健やかな若竹となる。幹の緑が若々しく、節の下部に蝋質の白い粉を吹くため緑の幹に白い輪が目立つのも若竹の特徴。
例句 作者
高高と皮ひつさげて今年竹 大澤ひろし
若竹の中と思へぬ暗さかな 鷹羽狩行
経蔵に万巻眠る今年竹 有馬籌子
今年竹見えざる雨の雫せり 野沢節子
前山の雨のはなやぎ今年竹 太田寛郎
今年竹数へて生家去りがたし 志城 柏
死のあとの若竹かくもそよぐかな 岡田詩音
京の夜を薙ぐ一本の今年竹 柴﨑左田男
今年竹道の眩しくありにけり ふけとしこ
今年竹ひかりを水に通しけり 大串 章
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