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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

四国三嶺山系のシカの食性

2019-11-02 15:37:58 | 研究

高槻成紀・石川慎吾(高知大学)

 高槻は東北地方や関東地方のシカの食性を調べ、冬を中心にササが重要であることを明らかにしてきた(北海道白糠、岩手県五葉山、宮城県金華山、栃木県表日光、山梨県乙女高原)。ただし南西日本の暖温帯では双子葉植物の木本、草本が多い傾向があり、南北で違いがあることもわかってきた。一方で1990年くらいから各地でシカの個体数が増加して、森林への影響が強くなってきた。
 そうした中で1970年代からシカ問題がある神奈川県の丹沢でシカの糞分析をする機会に恵まれて分析したところ、夏でも緑葉が少なく、枝などを食べていることがわかり驚いた(こちら)。また2018〜19年には鳥取県東部でも同様の調査をした。ここはスギ人工林が卓越する場所で、もともと植物が乏しいが、ここでも夏に緑葉が20-30%と少なく、夏でも枯葉を食べていることが明らかになった(こちら)。このように、シカが高密度である場所では、植物に強い影響が現れる。このため、植生の調査は行われているが、シカの食性の定量的な分析は非常に重要な情報を提供するにもかかわらず、分析があまり進んでいない。
 四国でも三嶺を中心にシカの影響が強く、その植生を守るために活発な活動が行われ、その活動は高い評価を受けている(三嶺の森を守るみんなの会、こちら)。高槻は2018年にこの会にお招きいただいてシカと植生について講演をした。そのときに、東北大学時代の後輩で、高知大学で活躍し、最近定年退職された石川さんと話をするうちに、シカの糞分析をすることになった。

調査地
 調査地は三嶺の南側に3カ所とった(図1)。


調査地(三嶺)の位置図

調査地1は地蔵の頭という場所で、標高1,780m。ミヤマクマザサが卓越した場所で、シカの影響は強いが、まだミヤマクマザサは残っている(表1)。調査地2は1,650mの「カヤハゲ」という場所で、最初にシカ問題が顕在化した。ミヤマクマザサが卓越していたが、シカによって減少し、今はススキが生え、ヤマヌカボが増加している。周辺の森林にあったスズタケは壊滅状態にある。調査地3は「さおりが原」という場所で、1,160mと低くなる。サワグルミなどの林だが、スズタケはなくなり、土壌流失が激しい。

表1 調査地の比較


 三嶺の概況はこちらを参照されたい。

方法
 シカの糞の採取に際しては1回分の排泄と判断される糞塊から10粒を採取して1サンプルとし、10サンプルを集めた。これを光学顕微鏡でポイント枠法で分析した。ポイント数は200以上とした。

結果
 調査は進行中で、現在2019年11月までの試料の分析が終わった。
 興味深いことに、以下のように、3カ所ではっきりとした違いがあった(図2)。

 調査地1(地蔵の頭)では5月にササが3分の1程度を占め、他のイネ科と合わせて6割近くを占め、良好な食糧事情にあることを示していた。7月になるとササの占有率が60%を超え、非常に重要な食物になっていた。多くはないが双子葉植物も増加した。ササは9月にはやや減少した。11月は9月に似ていたが、双子葉植物がやや少なくなった。
 調査地2(カヤハゲ)の5月では一転してササが全く検出されず、イネ科の葉と稈(イネ科の茎)がそれぞれ40%ほどを占め、全体がほとんどがイネ科で占められており、ここも食料事情は良好であると判断された。7月でも基本的には違いがなく、稈がやや減少し、双子葉植物とササが増加した。9月になるとイネ科は大きく減少し、双子葉植物と稈が増えた。11月になると、双子葉植物もイネ科も減少し、稈・鞘と枯葉が増え、質の低下が示唆された。
 調査地3(さおりが原)の5月はこれらとは違い、繊維が40%ほどを占めて、この中では食料事情が一番良くなかった。ササもイネ科も少なく、針葉樹と思われる葉が20%ほどを占めたのが特徴的であった。8月になると双子葉植物が大幅に増え、イネ科も増えて、繊維は半減し、食糧事情はよくなっていた。9月になると双子葉植物が40%近くを占めるようになった。イネ科も増加し、繊維はさらに減少して、5月よりは食糧事情がよくなっていた。11月になると双子葉植物が大幅び減少し、枯葉と稈・鞘が増えた。その結果、11月は調査地2と3の糞組成は似ていた。


図2 三嶺のシカの糞分析結果



 このように食性の内容は平均値で表現されるが、同じ占有率50%でも試料全体が50%前後で平均値が50%の場合だけでなく、半分くらいが100%近くで、残りの半分が0%近くで平均値50%になることもあり、その意味は違う。その違いを表現するために、各成分について試料ごとの占有率を大きいものから小さい順に並べるという「占有率-順位曲線」という表現法を考案した、わかりやすいようにタヌキの例を紹介する。


タヌキの糞組成における占有率-順位曲線



 この例では果実と種子が左上から直線的に下がっている。タヌキはたくさん果実を食べるものから少ないものまでいるということである。一方、昆虫は80%から30%までは急激に減少し、その後はなだらかに右下がりになった。これは一部のタヌキはたくさんの昆虫を食べたが、多くのタヌキはあまり多くは食べられなかった、しかしほとんどのタヌキが多かれ少なかれ昆虫にありついたということを意味する。そして脊椎動物(主に哺乳類と鳥類)では上位から13位までは昆虫以上に急なカーブを取り、それ以降では急になだらかになり、30位以下では全く食べられておらず、「L字型」に折れ曲がった。このことは脊椎動物は滅多にありつけず、その幸運に遭遇したタヌキはたくさん食べるがそういうタヌキは少ないということを意味する。つまりたくさんある栄養価の高い果実や種子は多くのタヌキが様々な程度に食べるが、動物質は一部のタヌキが集中的に食べるという関係が表現されている。
 これを三嶺のシカで表現してみた。シカのような反芻獣の場合は、食べた食物を反芻する、つまり食べ物を繰り返し咀嚼して「かき混ぜる」ので、出現頻度は高くなる。


三嶺3カ所のシカ糞組成における占有率-順位曲線



 地蔵の頭での占有率-順位曲線はササが最高値も大きく、多くの試料が大きな占有率をとっており、際立って重要であることを示している。これについで、稈・鞘、イネ科が重要であったが、いずれもなだらかで高頻度であった。カヤハゲでは稈・鞘、ついでイネ科が重要であるが、やはりなだらかであった。地蔵の頭とは双子葉植物が重要である点が違い、トップ4がやや断続的に大きな占有率をとった。これは5月の試料では繊維質が非常に多いものがあったからである。さおりが原でも稈・鞘の重要性が目立ったが、「繊維ほか」は最高値が非常に大きくトップ4までは稈・鞘よりも大きくて、その後で交差した。双子葉植物が他の2箇所より大きく、やや2極化し、占有率が20%以上とそれ未満に分かれた。ここではイネ科が5%未満であり、主要種にならなかった。
 
 まとめ
 近接した3カ所であるが、糞分析の結果は場所ごとに大きく違うことを示し、それぞれの場所の特徴をよく反映していた。調査地1は安定してササが多かったが、調査地2は9月にイネ科の減少と双子葉植物の増加があり、11月にはこれらがさらに減って、逆に枯葉と稈・鞘が増えて食物の質の低下があった。また調査地3は季節変化が明瞭で、春から秋にかけて双子葉植物が多くなって食糧事情がよくなったが、11月には調査地2と同様、枯葉と稈・鞘が増え、質の低下が起きた。
 全体としては、三嶺山系ではシカが増加して植生は強い影響を受けて深刻な状況にあるが、シカの食性から見ると、丹沢や鳥取県東部のような劣悪な食性ではないと言える。今後とも継続して分析したい。



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