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九州大学福岡演習林のシカの食性

2023-08-11 09:47:37 | 研究
九州大学福岡演習林のシカの食性

高槻成紀
片山歩美(九州大学院農学研究院、環境農学部門)
阿部隼人(九州大学生物資源環境科学府)

 九州のシカの食性は情報が限定的で宮崎県と福岡県での分析例がある。宮崎県の事例は椎葉村にある九州大学の演習林において、2003年前後の胃内容物分析が行われ、グラミノイド(イネ科、カヤツリグサ科)が多かった(矢部ほか, 2007)。ここではシカが増え、植生も変化したので、我々が2022年の12月から糞分析を開始した(こちら)。一方、福岡県での事例は有害鳥獣駆除の胃内容物分析で、場所は県内各所であるが、低地が多いとされており、内容は双子葉草本が多く、夏には落葉樹が、冬には常緑樹が多くなる傾向があった(池田, 2001)。今回、片山氏から九州大学福岡演習林のシカの糞の提供があったので分析することにした。

方法
 調査地は福岡市の東側にある九州大学福岡演習林で、森林とオープンな場所が混在している(図1)。ここでは2009年から2013年にかけてシカが増えたが(壁村ほか, 2018)、植生への影響はさほど強くない段階にある。

図1. 調査地(九州大学福岡演習林)の位置図

 新鮮なシカの糞を10糞塊から10粒づつ採集し、0.5 mm間隔のフルイで水洗し、残留物を光学顕微鏡によりポイント枠法で分析した。

結果
 2月28日のサンプルを分析した結果、常緑広葉樹の葉が19.9%、グラミノイドが11.5%、ササが8.8%などで、葉の合計が42.1%であった(図2)。枯葉(8.6%)はこれには含んでいない。そして稈(イネ科の茎)と繊維がそれぞれ20.5%と22.2%を占めた。つまり葉と支持組織がほぼ半々であった。図2には福岡県全体の1月の胃内容物も示したが、演習林の結果はこれと比べると支持組織が多い。また宮崎演習林の12月の結果と比較すると葉が多く、食糧事情はこれよりはよいと言える。


図2. 福岡演習林のシカの糞組成(左)と比較のための2カ所の冬のシカ食性

 福岡演習林での季節変化(10月まで)を図3に示す。2月には常緑樹の葉が19.9%と比較的多く、繊維(22.2%)と稈(20.5%)もやや多かった。
 4月には常緑広葉樹は19.1%とほぼ同じであったが、繊維が45.8%と非常に多くなった。4月には植物が生育中で、葉はみずみずしい状態であるため、消化率が高く、糞には少量しか出現せず、消化率の低い繊維が相対的に多くなったものと推察される。
 8月になると常緑広葉樹は8.5%に減少し、双子葉植物が7.1%に増加した。このことは供給量として常緑広葉樹が減少したのではなく、落葉広葉樹や草本の双子葉植物の葉が増加したためであろう。一方、稈が56.5%と大幅に増加し、繊維は10.2%に減少した。このことはシカは夏になってイネ科をよく食べるようになり、消化率の低い稈が多く出現したものと考えられる。イネ科の稈は広葉樹の枝などに由来する繊維に比べると緑色であり、栄養価もさほど低くないと考えられるので、葉が少ないとはいえ、食物事情は良くなっていると考えられる。
 10月になると、稈が減って代わりに繊維が増えた。イネ科の葉が硬くなるなどしてアメリ食べなくなり、木本の枝などを食べて繊維が増えたものと思われる。葉全体は8月とあまり変わらず、その内訳は常緑樹とイネ科は減少し、双子葉植物は同程度だった。ササが微量ながら検出された。不明が増加したが、この中には不透過物が多かった。


図3. 福岡演習林のシカの糞組成(2023年)


図4. 10月のシカの糞から検出された種子

 注目されたのは種子がこれまでで一番多かったことで、植物のフェノロジーを反映していた。多かったのはヨウシュヤマゴボウの種子で、検出されたもの(図4検出物 1)と手持ちの標本を比較したが、一致した。ヨウシュヤマゴボウは10サンプルのうち、1サンプルから検出されただけだったが、そのサンプル内では8.3%を占めた。このほかにも微細なイネ科と思われる種子も検出された(検出物 2)。また、光学顕微鏡で不透過で縁が直線的な検出物があり、ドングリの殻ではないかと察していたが、糞内容物を乾燥させると、間違いなくドングリの殻の破片が検出された(図4)。
 葉は合計しても23.2%にすぎず、2月の42.1%の半分程度であった。この時期の樹木の葉は消化が良いのかもしれない。

文献
池田浩一. 2001. 福岡県におけるニホンジカの生息および被害状況について. 福岡県森林林業技術センター研究報告, 3: 1083. 
壁村勇二 ・榎木 勉 ・大崎 繁 ・山内康平 ・扇 大輔 ・古賀信也・菱 拓雄・井上幸子・安田悠子・内海泰弘. 2018. 九州大学福岡演習林におけるニホンジカの目撃数増加と造林木 および下層植生への食害. 九大演報 , 99:18-21.
矢部恒晶・當房こず枝・吉山佳代・小泉 透. 2007. 九州山地の落葉広葉樹林帯におけるニホンジカの胃内容. 九州森林研究, 60: 99-100. 

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