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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

山梨県の乙女高原がススキ群落になった理由 – 植物種による脱葉に対する反応の違いから -

2021-06-05 08:35:48 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
山梨県の乙女高原がススキ群落になった理由 – 植物種による脱葉に対する反応の違いから -
高槻成紀・植原 彰
植生学会誌, 38 : 81- 93. こちら

■摘要

1.山梨県の乙女高原は刈取により維持され,大型双子葉草本が多い草原であったが,2005年頃からススキ群落に変化してきた.この時期はシカ(ニホンジカ)の増加と同調していた.
2.主要11種の茎を地上10 cmで切断し,その後の生存率と植物高を継続測定したところ,双子葉草本9種のうち6種は枯れ,生存種も草丈が低くなった.これに対して,ススキとヤマハギは生存し,植物高も減少しなかった.
3.ススキを,6月,9月,11月,6,・9月に刈取処理をし,5年間継続したところ,ススキの草丈は11月処理は180-200 cmを維持し,6月区はやや低くなったまま維持した.これに対し,9月区は草丈が経年的に減少した.
4.シカの採食は双子葉草本には強い影響があるが,刈取処理よりは弱いから,ススキにとっては影響は弱く,乙女高原でのススキ群落化はシカの影響と考えるのが妥当であると考えた.
5.ススキ群落内に設置した15 m×15 mのシカ防除柵4年後の群落はススキが大幅に減少し,双子葉草本が優占した.群落多様度は柵外はH’ = 0.85だったが,柵内はH’ = 2.64と3倍も大きくなった.
6.上層の優占種が大型双子葉草本からススキに変化することで,ヒメシダのような地表性の陽性植物が増加し,ミツバツチグリの場合,ススキ群落では低い草丈で面的に広がったが,双子葉草本が密生していると被度は減少して葉柄を伸長させた.
7.シカの影響は1)シカの嗜好性(不嗜好植物は食べない)の違い,2)採食に対する植物の反応(成長点のいちの違いによる再生力など)の違い,3)その結果による上層の優占種の変化による下層植物への間接効果,という異なるレベルで起きていることを示した.

Abstract: Historically, the vegetation of Otome Highland, Yamanashi Prefecture, central Japan, was maintained by mowing and dominated by tall forbs. However, forbs have been replaced by Miscanthus sinensis, a tall grass, since around 2005, coinciding with an increase in the sika deer population (Cervus nippon). Eleven representative plant species were cut 10 cm above the ground. Among nine forb species, six species died after cutting, and the surviving three species regrew to a shorter height than that of the control plants. Conversely, M. sinensis and Lespedeza bicolor, a shrub, not only survived but showed no decrease in height over the long term by cutting. M. sinensis was cut in June, September or November, and both June and September. These treatments were continued for 5 years. November cutting did not affect grass height. June cutting reduced grass height, but this height was maintained over 5 years. September cutting and June/September cutting steadily reduced the height over 5 years. Grazing by deer affected the survival and height of forbs, but M. sinensis was slightly or not affected, which explained the replacement of forbs by M. sinensis in Otome Highland. A deer proof fence of 15 ×15 m was set in the M. sinensis community. After 4 years, M. sinensis was reduced, and tall forbs had greatly increased or recovered inside the fence. This resulted in an increase in diversity among the plant community inside the fence (H’ = 2.64), which was three times greater than that outside (H’ = 0.85). Changes in dominant plants in the upper layer of the plant community from tall forbs to M. sinensisaffected low-growing ground plants. Thelypteris palustris, a short fern, was increased among clumps of M. sinensis. Potentilla freyniana, a prostrate forb, also increased with M. sinensis outside the fence but was decreased with an elongated petiole height inside the fence. This study demonstrated that deer grazing affects plant communities by three different mechanisms: 1) deer preference (unpalatable plants are untouched), 2) plant response (e.g., ability of plants to recover after defoliation or physical removal of plant parts), and 3) indirect effects of canopy-forming plants on ground plants. From these results, we concluded that the replacement of tall forbs by the M. sinensis plant community since 2005 was a result of sika deer grazing.

Key words: deer grazing, herbivory, Miscanthus sinensis, Otome Highland, sika deer

■はじめに
 乙女高原は山梨県北部にある草原で,標高は1670 m前後であり,もともと森林であった場所が刈取によって維持されてきた草原だと考えられている.このような草原は中部地方,北関東地方に広くあったが,現在では少なくなっている(湯本・須賀 2011; 須賀ほか 2012).乙女高原は太平洋戦争後,1985年まではスキーゲレンデとして刈取によって草原が維持されてきた.それ以降スキーは下火になったがゲレンデとしての維持は継続され,2000年以降は市民グループである乙女高原ファンクラブが中心になって毎年11月に草刈りがおこなわれている.この草原はアヤメIris sanguinea,キンバイソウTrollius hondoensis,トウギボウシ(オオバギボウシ)Hosta sieboldiana,クガイソウVeronicastrum japonicum var. japonicum,マツムシソウScabiosa japonicaなど美しい野草が豊富なことで知られ,訪問者も多かった.ところが2005年くらいを境に,これらの野草が減少し,ススキMiscanthus sinensisが優占する群落に変化した(図1).


図1. 乙女高原の2カ所(AとB)の景観写真.A1は2003年8月5日,B1は2002年7月23日,A1とB1は2014年8月2日撮影.A1ではタムラソウ,シシウド,クガイソウなどが,B1ではシシウド,キンバイソウなどの大型双子葉草本が目立つが,A2,B2ではススキだけが目立つ.

 その原因は増加したシカ(ニホンジカ)Cervus nipponの採食によるのであろうと推定された.というのは,2005年前後からススキ群落化が目立つようになったのと同調して,シカの糞,足跡,植物に残された食痕などが目立つようになったなったからである.乙女高原の草原群落とシカの関係については東京農工大学によって植物社会学的調査がおこなわれている(大津ほか 2011).この調査は秩父多摩甲斐地域の草原群落全体と対象としたもので,1980年代のデータと2008年のデータを比較している.これによれば,この20数年間で中大型草本が減少し,グラミノイド(イネ科,カヤツリグサ科)など小型草本と木本が増加したとしている.この論文ではススキと大型双子葉草本はまとめられ,ススキも減少したとされている.しかし著者(植原)は2000年頃から年間数十回,乙女高原を訪問して詳細な生物観察をしているが,2005年前後を境に明らかに大型双子葉草本が減少し,ススキが増加するのを観察した.この草原は観光資源でもあったので,関係者は大型双子葉草本の減少を深刻に危惧したほどである.このことから推察されるのは,おそらくシカの影響が弱かった2000年までは草原群落全体が弱い影響を受けてススキを含めて大型草本が減少し,その後シカの影響が強くなって種ごとの反応の違いが顕在化したということである.
 Takahashi et al. (2013a)は2012年に乙女高原においてシカの影響に注目して,設置後2年目のシカ防除柵の内外の植物の草丈を比較し,多くの種が柵外で草丈が低いが,ススキの草丈には違いがないことを示すことで,シカによる採食の影響が種ごとに違うことを示した.
 本論文ではこの大型双子葉草本の減少とススキの増加という群落変化がシカの影響であると仮定した場合,どの程度説明できるかを野外実験によって示すことを目的とした.
 シカなど草食獣の採食によって生じる群落変化は複雑なので,影響の段階を整理しておきたい.これにはおよそ次の3つの段階が考えられる.まず第1段階として,シカ側が植物を食べるか食べないかがある.これには植物が有毒であるとか,不快な味がするなどの防衛適応が関係する(高槻 1989; 橋本・藤木 2014).その例として,アメリカの五大湖地方の針葉樹林ではオジロジカOdocoileus virginianusが増えた結果,森林構成種の更新が阻害され,不嗜好植物であるシダが増加した研究がある(Rooney & Dress 1997).第2段階として,シカに食べられることに対する植物側の反応の違いがある.例えば双子葉植物は成長点が茎頂にあるので,採食されると枯れたり,枯れないまでも再生して小型化することが多い.これに対してイネ科は成長点が節にあるため,植物体上部が採食されても再生力があるので影響が小さい(Langer 1972, Coughenour 1985; Bedunah & Sosebee 1997).前記の五大湖地方の調査例で,オジロジカの採食に対して,双子葉草本は減少したが,イネ科は再生力があるために増加した.第3段階として,植物間の関係に及ぼす間接効果(Rooney & Waller 2003)がある.例えば,シカの採食によって草原の上層植物が減少することで,地表生の小型種が増加することがある(Bullock 1996; Hester et al. 2006).実際の群落においては,これらの関係は複合的に作用するため,シカ影響下の群落変化のメカニズムを理解するためには,これらの3つの段階をできるだけ区別して把握するのが有効であると考えられる.
 本論文ではシカの影響下にある乙女高原での草原構成種の増減のメカニズムを野外実験で説明することを目的とし,その植物種の増減を上記の3つの段階に区別して説明することを試みた.

■調査地の概要
 乙女高原は山梨県の北部(北緯35°48’,東経138°38’)に位置し,標高は1670 m前後である.気象は冷涼で,年平均気温は6.2℃(乙女高原ファンクラブ測定.温度データロガー「サ-モクロンGタイプ」による),年降水量は1470 mm程度(気象庁のアメダスデータ,乙女湖,北緯35度48.4分;東経138度39.3分,標高1465m)である.この草原は江戸時代から茅場として採草により維持してきたと考えられており,太平洋戦争後から2000年にかけてはスキー場として維持され,その後は乙女高原ファンクラブが中心となって市民活動として草刈りがおこなわれている.草刈りは11月下旬におこなわれ,木本類の成長が抑止されて,遷移の進行が抑制されて草原が維持されている.周辺にはミズナラQuercus crispula,ブナFagus crenata,ダケカンバBetula ermaniiなどからなる森林が広がり亜高山帯に属する.本調査は乙女高原のほぼ中央部にあるススキが優占する草本群落でおこなった.この場所はシカがおり,植物を採食する可能性がある.また草原の東部に設置されたシカ防除柵の内外でも調査をおこなった.

■方法

個体切除処理の効果
 2013年6月16日に以下の11種(マルバダケブキLigularia dentata,ヨツバヒヨドリEupatorium chinense subsp. sachalinense,タムラソウSerratula coronata subsp. insularis,ヤマハギLespedeza bicolor,クガイソウ,シシウドAngelica pubescens,ワレモコウSanguisorba officinalis,チダケサシAstilbe microphylla,キンバイソウ,イタドリFallopia japonica var. japonica,ススキ)の茎10本を切除し,反応を追跡した.11種の選定には2005年以降減少した双子葉草本を主体とし,増加した種の代表であるススキ(イネ科)と,乙女高原でもっとも多い低木であるヤマハギも含めた.このうち,マルバダケブキとヨツバヒヨドリはシカが好まず,食べ残すことがわかっている(Takahashi et al. 2013b;橋本・藤木 2014).
これらの植物を乙女高原の中央部の平坦地において,地上10 cmの高さで剪定バサミにより切除した.この高さにしたのは,これ以上高い位置で刈り取ると,枝葉が残り種ごとに再生可能性が不揃いになるためであり,またこれより低いとマーキングがしにくく,マーキングができても継続調査の時に発見しにくくなると判断したからである.残った茎に針金で番号を書いたプラスチックの札をつけてマーキングした.また対照として切除しない茎10本を選び,同様にマーキングした.その後,同年7月14日,8月11日,9月12日に生存状態を調べ,生存個体の植物高を0.5 cm精度で計測した.双子葉草本は9月下旬に枯れたので計測をやめたが,ススキだけは10月3日まで継続測定した.なお調査のたびに追跡個体に対するシカの採食を観察したが,食痕は認められなかった.
 個体切除処理をした個体と処理をしない対照個体の植物高をMann-Whitney検定で比較した.

継続刈取に対するススキの草丈の変化
 乙女高原中央の平坦地のススキ群落に10 m × 10 mの方形区を5個とり,異なる刈取処理を5年間継続しておこない,その効果を評価した.刈取処理は10 m × 10 mの方形区をエンジン付き草刈り機でススキを含むすべての植物を地上約10 cmで刈り取った.刈取時期を6月,9月,6月と9月の2回,11月とし,11月は乙女高原の草原維持のためにおこなわれている「草刈り行事」としておこなった.これらの処理区を例えば6月に刈り取ったものを「6月区」のように名付けた.これとは別に刈り取りをしない「対照区」をとった.ススキの植物高は9月に方形区内でランダムに20本を選んで測定した.6月区の効果はその年の9月に評価し,9月区と6, 9月区,11月刈りの効果は翌年の9月に評価した.なお最初の刈取をした2013年6月には,各処理区の開始時の草丈を測定した.これらの処理区はシカの影響がまったくないとは言えないが,観察した限りではシカの食痕はなかった.草丈はKruskal-Wallis検定(Steel-Dwass事後検定)で比較した.

継続刈取に対するススキ群落の変化
 刈取4年目の2017年9月23日に各刈取区の中央部に1 m × 1 mの方形区をとって出現種の出現種の被度(%)と高さ(cm)を測定し,被度と高さの積をバイオマス指数(高槻 2009)とし,植物を以下の7つのタイプ(大型双子葉草本:成長した個体の高さがほぼ50 cm以上になるもの,小型双子葉草本:成長した個体の高さが50 cm未満のもの,グラミノイド:イネ科,カヤツリグサ科,単子葉草本(イネ科を除く),シダ,低木,高木)に分けて,各タイプのバイオマス指数を算出した.

防除柵内外の群落の種組成とその量の比較
 2010年5月9日に乙女高原の東部に設置された一辺15 mのシカ防除柵の内部と外部に1m四方の方形区を5個とり,出現種の被度(%)と高さ(cm)を測定し,バイオマス指数を算出した.この防除柵内部の植物は11月の草刈りの時に刈り取られるので管理法としては柵外と同じである.この調査は柵設置4年後の2014年9月13日におこなった.各植物タイプのバイオマス指数の合計値をKruskal-Wallis検定(Steel-Dwass事後検定)で比較した.
群落のShannon-Wienerの多様度指数H’を算出し,柵内外の値をMann-Whitney検定で比較した.

間接効果
 シカの採食によって草本群落の上層を構成する大型草本の量が変化することが観察されたので,その間接的影響が下層の植物に及ぶ可能性があると考え,柵内外の下層を構成する小型双子葉草本とシダのバイオマス指数の合計値をMann-Whitney検定で比較した.
 著者らは群落調査をする過程で,柵内外の下層植物のうち,生育型が匍匐型であるミツバツチグリPotentilla freynianaの生育状態が違うことを観察したので,間接効果の指標植物として,ミツバツチグリを取り上げた.2013年9月13日にシカ防除柵の内外でランダムに20枚の葉を採集し,高さを測定して,柵内外でMann-Whitney検定で比較した.

 植物名は原則として米倉・梶田 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList),http://ylist.info, 2021.3 参照)によった.

■結果
個体切除処理に対する生存率
 2014年6月に切除した各植物の9月時点での生存率を表1に示した.


 クガイソウ,ススキ,ヤマハギの3種はすべての個体が生存していた.ヨツバヒヨドリとイタドリは一部の個体が生き残っていたが,その他の6種はすべての個体が枯れた.生存個体は不定芽を伸ばして再生したが(図2),全く開花しなかった.


図2. 切除処理後,不定芽から枝を再生したクガイソウの例.2013年9月12日撮影.

 表1にはシカが好まない不嗜好植物であれば「不嗜好」であること,双子葉草本でない種にはそのことを記した.これを見ると,生存率が高かったものに,これらの特性を持つものがあった.すなわち,クガイソウとヨツバヒヨドリは不嗜好植物,ススキは再生力のあるイネ科,ヤマハギは再生力のある低木であった.ただしマルバダケブキとキンバイソウは不嗜好植物であるが,生存率は0%であった.なお刈り取りをしなかった個体は全種とも生存率100%であった.


切除処理に対する植物高の推移

 6月の切除した時点では切除個体と対照個体の高さはほとんどの種で違いがなかったが,ヤマハギだけは切除個体のほうが有意に高かった(Mann-Whitney検定,U = 4, P = 0.001,付表1).切除処理以降は多くの植物は草丈が低くなり,6種は8月時点で枯れた(図3).対照個体はキンバイソウ,ワレモコウ,ススキ,ヤマハギなどのように徐々に高くなったものもあれば,チダケサシ,シシウド,イタドリ,クガイソウ,ヨツバヒヨドリなどのように7月までに急に丈を伸ばして,その後,安定したものもあった.各月で切除個体と対照個体を比較したが,双子葉草本は全種で7月以降,切除個体の方が有意に低くなった(付表1).しかしススキはどの月も有意差がなかった(図3,付表1).またヤマハギは6月には切除個体(刈取前)の方が高く,7月には切除個体が低くなったが(U = 7.5, P = 0.002),9月以降は有意に高くなった(図3,付表1).


図3. 刈取後の植物高の推移.黒丸実線:対照個体,白丸破線:刈取個体.詳
刈取に対するススキの草丈と群落の経年変化

 2013年6月13日時点での6月区,9月区,6, 9月区,対照区のススキの高さは60 cm程度であり,有意差はなかった(Kruskal-Wallis検定,χ2= 4.7, df = 3, P = 0.194).
 その後2014年以降は図4のような経年変化を示した.刈取をしなかった対照区は200 cm前後で安定していた.6月区は120-140 cmで推移した.9月区は2014年には平均142.3 cmであったが,年々減少していき,2017年には平均85.7 cmになった.6, 9月区は減少の程度がもっとも著しく,2014年には平均108.3 cmあったが,2016年には平均10.7 cmとなり,2017年には少し回復して35.1 cmとなった.2017年には4つの処理区すべてで平均高に有意差があった(Kruskal-Wallis検定,χ2= 73.6, df = 3, P = 0.000, 付表2).

図4. 異なる刈取処理に対するススキ草丈の経年変化. 誤差バーは標準偏差.

 各刈取処理を4年継続した結果,バイオマス指数は図5のようになった.目立つのは6, 9月区と9月区では合計値が少なく,内訳においてもグラミノイド(大半はススキ)が大半を占め,双子葉草本は少なかったことである.これに比べると6月区と対照区ではバイオマス指数合計が10000前後となり,双子葉草本が1400ほどあった.いずれかの処理区でバイオマス指数が200以上であった双子葉草本はヤマオダマキAquilegia buergeriana var. buergeriana,ヨツバヒヨドリ,イタドリ,ヨモギArtemisia indica var. maximowiczii,コウリンカTephroseris flammea subsp. glabrifolia,アキノキリンソウSolidago virgaurea subsp. asiaticaであった(付表3).


図5. 異なる刈取処理を5年継続した時点でのバイオマス指数.種ごとの値は付表3参照

シカ防除柵内外の群落比較
シカ防除柵の内外で優占種の違いが認められ(図6),そのことは植物タイプ別のバイオマス指数に明確に示された(図7,表2).柵内では大型双子葉草本が61.3%ともっとも多く,グラミノイドは35.1%であった.これに対して柵外ではグラミノイドが優占し,87.8%を占めた.種としては柵内では突出した種はなく,多かったのはススキ(19.7%),ヨモギ(14.3%),アキノキリンソウ(10.2%),タムラソウ(8.7%),シラヤマギクAster scaber(7.5%),アブラススキEccoilopus cotulifer(7.5%)などであった(表2).柵外のグラミノイドの主体はススキ(85.8%)であった.つまり,柵内では多様な種が生育していたのに対して,柵外ではススキが優占していた.
図6. シカ防除柵内外のようす.柵内には双子葉草本が多いが,柵外はススキが優占する. 2013年9月7日撮影

表2. シカ防除柵設置後4年目(2014年9月)内外の出現種のバイオマス指数.プロット数は柵内外とも5. NS: 有意差なし.


 そこでShannon-Wienerの多様性指数H’を算出すると,柵内では2.64,柵外では0.85であり,前者が有意に大きかった(Mann-Whitney検定,U = 0, P = 0.009).
草本群落の上層を形成する大型草本類はシカの大きな影響を受けていたが,それが地表植物に間接的な影響を与えている可能性を検討するために,小型双子葉草本とシダのバイオマス指数を比較した.これらの合計値は柵内で247,柵外で1378と5.6倍の違いがあり,柵外が有意に多かった(Mann-Whitney検定,U = 2, P = 0.028).
ヒメシダThelypteris palustrisもバイオマス指数が柵内では172であったが柵外では1020あり,後者が有意に多かった(Mann-Whitney検定,U = 2.5, P = 0.036).



図7. シカ防除柵設置4年後(2014年9月)の内外の植物タイプごとのバイオマス指数.

 地表に生えるミツバツチグリは,バイオマス指数は柵内が16.0,柵外が36.0であり両者に有意差はなかったが(Mann-Whitney検定,U = 12, P = 0.918),被度は柵内では0.6%に過ぎなかったのに対して,柵外では7.0%であり,後者が有意に大きかった(Mann-Whitney検定,U = 0, P = 0.008).一方,葉の高さは柵内では20.0 cmあったが,柵外では4.4 cmに過ぎず,前者が有意に高かった(Mann-Whitney検定,U = 0.5, P = 0.000,図8).

図8. シカ防除柵設置4年後の柵内外のミツバツチグリPotentilla freiniana.腊葉標本のスキャン
 
■考察
乙女高原の代表的な植物11種について切除処理をしたところ,多くの双子葉草本が枯れたが,クガイソウのように一部には再生力があるものもあった.ただし,生き残った個体も不定芽による再生であり,草丈は低かった.これに対してススキは再生力があり,切除が植物高にマイナスの影響を与えないことがわかった.このことはイネ科の形態学的特徴に関係しており,双子葉草本の成長点が茎頂にあるのに対して,イネ科では節にあるため,切除されても残った節から成長するとともに,地下茎でつながる隣接する芽から分げつ(tillering)することができるためである(Langer 1972; Dahl 1995; Bedunah & Sosebee 1997).またヤマハギも再生力があり,植物高は切除処理によっても変化しなかった(図2).しかし柵内外の比較調査ではヤマハギのバイオマス指数は柵外が小さかった(表2).これは柵が1辺15 mの小さなものであったため,1 m四方の方形区が5個しか取れず,草本類に比較すると散生する傾向があるヤマハギではばらつきが生じがちであり,柵内で大きめのヤマハギ個体が評価されたためと推察される.
 異なる時期の刈取処理効果として,11月に刈取をした対照区のススキの草丈はその後も160-200 cmであった(図4).栃木県那須郡でおこなわれたススキ刈取実験でも,11月に刈り取った場合,12年間,草原の最優占種はつねにススキであり続けたという(山本ほか 1997).これは成長が終わり,生産物を地下部に移動した後の11月の刈取はススキにはマイナスの影響がないことを示している.また,本実験でも6月刈りを繰り返すだけならススキは120-140cmとやや低くなって安定的に維持されたから,影響は軽度であると言える.この段階のススキは前年の貯蔵物質を利用し(吉田 1976),また光合成によって成長するから,草丈は低くなるものの,経年的に減少してゆくことはなかった.しかし,9月区では150 cm程度から徐々に減少し,4年後には100 cmを下回った(図4).もっとも減少したのは6月と9月の2回の刈取を繰り返した場合(6, 9月区)で,3年目からは30 cm以下になった.9月はススキが生産物を地下部に移動して貯蔵する時期であるから(吉田 1976),このタイミングで刈り取られると翌年の生産が阻害されるためと考えられる.Rooney & Dress (1997)はアメリカの五大湖地方の針葉樹林の1950年代の群落調査の結果と現状を比較して,オジロジカが増加してからイネ科とシダが増加したことを明らかにした.そしてシダはシカが食べないからであり,イネ科は成長点が低いために再生力があるからである(Coughenour 1985)と,本研究と同じ解釈をしている.
 図4に見るように,刈取はススキの草丈に明らかな効果があったが,このような刈取処理は,すべてのススキを地上10 cmで刈り取るという強い処理である.これに比べれば,シカの採食はススキの葉の先端部をつまみ食いする程度であることが多く,しかもシカに採食されるのは若い葉の段階が多い(ただしシカ密度が高く,食糧不足である宮城県金華山のような場所では葉の基部まで食べることがあるし,双子葉植物であれば葉身全体を食べることが多い).ススキの葉は8月くらいになると硬くなるだけでなく,葉縁にある棘が鋭いため,この段階になるとシカはススキをあまり食べなくなる.乙女高原でシカの糞分析をしたTakahashi et al. (2013a)によると,シカの糞組成は冬にはミヤコザサが重要になるが,初夏にはイネ科の稈が多くなり,葉はイネ科を主体としたグラミノイドが20%前後,7月には10%程度であった.このグラミノイドすべてがススキであったとしても,シカの食物に占める割合は小さい.したがってススキに対するシカの脱葉(defoliation)効果は本実験の6月区よりもはるかに弱いものであり,草丈でいえばほとんど影響がないと考えられる.したがって,シカの採食は双子葉草本に強いマイナスの影響を与えたが,ススキには影響はほとんどないため,両者の優劣関係に大きな影響を与えたと考えられる.
 個体の切除実験によれば双子葉草本の多くは致命的なダメージを受けるのに対して,ススキは再生力があることが示されたが(図3),ススキ群落の刈り取りでは6月区,9月区で大型双子葉草本がある程度生育しており(図4),一見矛盾する.大型双子葉草本のバイオマス指数は6月区で18.6%,9月区で11.9%であった.量的に多かった種としては6月区でヨツバヒヨドリ(不嗜好植物),イタドリ,アキノキリンソウなどで,9月区には多い種はなかった.ヨツバヒヨドリは個体切除実験の生存率は50%,イタドリは20%であり(表1),アキノキリンソウは対象としなかったので生存力は不明である.個体切除実験と群落刈り取り実験の一見矛盾する結果の理由は次のように考えられる.第1は個体切除では1本ずつを丁寧に切断し追跡したが,群落刈り取りでは草刈機で10 m × 10 mの方形区を刈り取ったため,切除高が多少高くなったことはありうる.このために回復がよくなった個体があった可能性は否定できない.また個体切除は11種を選んでおこなったが,実際の群落にはそれ以外の種も多く生育しており,再生力のある種もあるかもしれない.上記の3種でいえば,ヨツバヒヨドリとイタドリは切除されたあと新しい茎を再生して回復した可能性もある.このように2つの実験の結果は一見矛盾するように見えるが,乙女高原で大型双子葉草本が減少し,ススキが増加したことを十分説明できるものと考えられる.
 シカ防除柵では設置4年後に内外で大きな違いが生じていた(図6).最大の違いは柵外ではススキがバイオマス指数で85.8%もの高率で優占していたのに対して,柵内では双子葉草本が61.5%を占め,ススキを主体とするイネ科は35.1%であったことである(図7).つまり柵内では,この4年間でススキの減少と双子葉草本の増加という変化が起きたことになる.これはその前の状況を考えれば「乙女草原の豊富な花が戻ってきた」ということになる.本論文の序で「美しい野草」と主観的な表現を用いたが,それはこの草原を訪問する人々の実感であり,あえてそう表現したが,生物学的に言えば「美しい野草」とは虫媒花である.柵内には21種の双子葉草本が出現したが,そのうちヨモギ(風媒花)を除く20種は虫媒花であった.双子葉草本のバイオマス指数は柵内で5916だったのに対して柵外は703(12%)にすぎなかった(表2).この理由がすべてシカによるものとはいえないし,2005年以前にシカの影響がまったくなかったとも言い切れない.しかし,柵設置後の4年間に柵内で双子葉草本が大幅に増加・回復したことは事実である.シカ以外の要因は変わったとは考えにくいから,その理由はシカの影響であるというのがもっとも自然な解釈であろう.実際,大津ほか(2011)も1980年代と2008年の群落比較をして,この間にシカの影響によって大型草本が減少したとしている.
 シカの採食が植物の変化を介して,他の生物の影響を与える間接効果(Rooney & Waller 2003)は知られており,シカの採食により樹木が枯れて草原的な環境に住む鳥類が増えた大台ヶ原での事例(日野ほか 2003),シカの採食により森林の下層植生が乏しくなってヨナキドリLuscinia megarhynchosが営巣しなくなったなどの英国での事例(Fuller 2001),同様な影響でアカネズミApodemus speciosusが減少した対馬での事例(Suda & Maruyama 2003),地表の温度や湿度が変化して地上徘徊性の昆虫が減少した東京都奥多摩での事例(Yamada & Takatsuki 2014)などが明らかにされている.群落の変化の記述は多いが,草本層の上層植物の増減が地表生の草本類に与える影響について,考え方としてはBullock (1996)やHester et al. (2006)が指摘しているものの実例は紹介していない.ただし島根県の三瓶山のススキ群落では刈取や火入れをすることでススキを抑制すると,地表生のオキナグサPulsatilla cernuaが増加するという報告がある(内藤・高橋 1998).本調査ではその一例としてススキの下に生えるミツバツチグリを調べた.ミツバツチグリは地表に生え,匍匐性であるため,その生育は上層の植物の影響を強く受ける.刈取や草食獣の採食によって上層の植物が少なくなって明るくなると地上茎を伸ばして被度を広げるが,これらが密生して上層が鬱閉すると光を求めるように葉柄を伸ばして縦方向に伸びる.したがってミツバツチグリの葉の高さは刈取やシカの採食影響を反映する指標と見ることができる.本調査の場合,シカ防除柵の外ではススキが多いものの,株と株の間は隙間があり,そこにミツバツチグリやキジムシロPotentilla fragarioides var. major,オオヤマフスマMoehringia laterifloraなどのロゼット型,匍匐型の草本類が多くなるのが観察された.そしてミツバツチグリは柵外の方が被度が大きく,地上茎を伸ばし,葉の平均高は4.4 cmに過ぎなかった.これに対して柵内は大型草本類とススキが繁茂して地表は暗く,ミツバツチグリの被度は小さくなり,縦方向に伸びて葉の高さが平均20.0 cmもあった(図8).このような状態はミツバツチグリの本来の生育地よりは暗く,このままの状態が続けばさらに減少して,消滅する可能性がある.この例はシカがミツバツチグリを直接採食するのではなく,草本群落の上層の大型草本を採食することが,間接効果として地表植物の生育に影響することを示している.
 群落上層の優占種の変化の間接効果として柵外でのヒメシダの増加も挙げられる.ヒメシダはシカの不嗜好植物であり(橋本・藤木 2014),高さ20 cm程度の小型植物であるから,シカと植物の関係でいえば第1段階の不嗜好植物であるということと,第3段階の大型の双子葉草本がシカの採食で減少して地表が明るくなった間接効果の双方の影響によって増加したものと考えられる.
 以上の結果を総合的にとらえると,乙女高原では以下のようなことが起きていたと考えられる.戦後から2000年くらいまでのスキー場としての採草管理と,それに続く市民活動としておこなわれている11月の草刈りは木本類の生育を阻止し,乙女高原を草原状態に維持してきた.1980年代と2008年に秩父多摩甲斐地域の草原を比較した調査によると,この30年近くのあいだにススキを含む大型草本が減少したという(大津ほか 2011).乙女高原ではシカの影響が強くなり,2005年くらいからマルバダケブキ,ヨツバヒヨドリ,ヒメシダ,ヤマドリゼンマイOsmunda cinnamomea subsp. asiaticaなどの不嗜好植物を除けば,多くの双子葉草本はシカの採食影響を受けて減少した(植原の観察).とくにアマドコロPolygonatum odoratum var. pluriflorum,アヤメ,トウギボウシ,オミナエシPatrinia scabiosifolia,ハバヤマボクチSynurus excelsusなどは2010年頃にはほとんど見られないほど減少した.シカの採食は旺盛な分げつが可能なススキにとってはマイナスの影響は弱いため,相対的に増加した.したがって本調査で課題とした,乙女高原がススキ群落になったことの最大の理由はシカの採食に対する植物の反応が双子葉草本にとっては大きなマイナスになったが,ススキにとってはマイナスにならなかったことにある.このことを図9に模式的に示した.

図9. 乙女高原での群落変化を示す概念図.A: 双子葉草本が多かった状態,B: シカが採食した状態,C: 採食に対する反応の違いによって双子葉草本が少なく,ススキが多くなった状態

 ただし,双子葉草本でも上記の不嗜好植物は,シカの増加によって相対的に増加したものと考えられる.またシカの採食影響下のススキ群落は株同士が間隔を空ける状態であるため,ミツバツチグリ,キジムシロ,オオヤマフスマ,アリノトウグサHaloragis micrantha,ヒメシダなどの小型植物も相対的増加をしたと考えられる.ただし,これらの増加はあったとしても,ススキの優占度は非常に大きくなり,群落多様度は低くなった.
 以下にはシカが増加した2005年前後以降に乙女高原で起きた植物の変化を現象のレベルを考えながら考察する.第1段階のシカの嗜好性と植物との関係によって起きる現象については,シカが植物種ごとに採食するかしないかを直接的に調べてはいないが,群落が変化した後,ススキ群落の中で目立ち,食痕がほとんどないものに,ハンゴンソウSenecio cannabifolius,ヨツバヒヨドリ,マルバダケブキ,ヤマドリゼンマイなどあった.これらはシカの不嗜好植物であることが確認されている(橋本・藤木 2014).
第2段階の脱葉(物理的植物体の除去)に対する植物ごとの反応の違いによって起きる現象は,切除実験により,多くの草本類は枯れ,生き残ったものも小型化したが,ススキとヤマハギは生存し,しかも植物高が変化しないことが示された.しかしススキは地上10 cmですべてを刈り取るという強い継続的な刈り取りをおこなうと,6, 9月区では草丈を大幅に減少させた.実際のシカの採食は葉の一部を食べる程度であるから,ススキの減少にはならなかった.乙女高原におけるススキの増加は,脱葉に対する回復力によるところが大きいが,ススキは不嗜好植物とは言えないもののシカの採食は弱く,第1段階の採食でも多くの大型双子葉草本よりは有利である可能性がある.
第3段階の現象は第2段階の草本群落の上層の変化が群落の下層植物に及ぼす間接効果で,大型双子葉草本の減少とススキの再生力によりススキを優占させたが,ススキの株の間は広く,地表が明るくなった結果,下層の植物(小型双子葉草本とシダ)のバイオマス指数が増加した.柵外ではススキの株の間はヒメシダが多く生育していた.また,ミツバツチグリは柵外で草丈が低く,被度が大きかった.
シカ防除柵設置4年目の柵内外の群落比較により,柵外ではススキが優占する多様性の低い群落になり,柵内では双子葉草本が回復して多様性の高い群落になったことが示された.これはシカの採食の群落レベルでの影響である.
以上の結論として,乙女高原において主に虫媒花で構成される大型草本類群落が2005年前後にススキ群落に入れ替わったのはシカの採食影響によると考えることに矛盾はないとした.また群落の変化を異なる段階の現象として捉えることが有効であることも示された.

■謝辞

調査では麻布大学学生(当時,敬称略)の加古菜甫子,大竹翔子,鷲田茜,須藤哲平,髙田隼人,野々村遥,富永晋也,矢野莉沙子,山本楓,鈴木沙喜,宮岡利佐子と乙女高原ファンクラブの宮原孝男様,三枝かめよ様,井上敬子様,岡崎文子様はじめ延べ30名の方々に協力いただきました.また山梨県峡東林務環境事務所県有林課は本調査の意義を理解され,調査許可をいただきました.これらの方々にお礼申し上げます.


■引用文献 こちら





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