木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

唐人お吉の悲劇

2010年09月03日 | 江戸の人物
愛知県知多の内海海岸に唐人お吉の像が建っている。

お吉というと米国領事ハリスと愛人契約を結び、その後はすさんだ人生を歩んだ下田の、あの「お吉」のことであろうが、なぜ、この内海海岸に像が?
郷土史によると、お吉は内海に生まれ、四歳のときに、家族とともに下田に移り住んだとされている。
像の前にある「白砂の湯」のフロントに尋ねると、お吉の年表も置いてあって、お吉が内海生まれであることを説明してくれた。
文献を当たってみると、これは昭和14年に名古屋の尾崎久弥氏が西岸寺の過去帳や明治初期の戸籍台帳から調べた結果である。
しかし、西岸寺の過去帳説を信じ、年代別に並べると、お吉の母である、きわはお吉が生まれる数十年前に死亡しているなど時系列的に解決できない矛盾点も出てくる。過去帳の人物は同名別人である可能性も高い。
これは簡単には結論付けられないし、お吉の生誕地が本題ではないので、とりあえず保留。

では、本題。
お吉はなぜ入水自殺しなければならなかったのか?

その前に、簡単にお吉の生涯について言及したい。

日米通商条約締結のため日本に来ていた総領事タウゼント・ハリスは下田に滞在中、看護婦を幕府に要請。
看護婦を妾と勘違いした幕府は船大工の娘、お吉に白羽の矢を立てた。
当時、鶴松という恋人のあったお吉だが、組頭伊佐新次郎の説得に、涙ながら同意し、ハリスのもとに出向く。
3日間という短期間で、お払い箱になってしまったお吉であったが、その後は異人に肌を許したということで、誰からも白い目を向けられ、次第に自暴自棄になり酒に溺れていく。
14年後、ふとしたことで鶴松と再会したお吉は、鶴松と所帯を持つが、4年後に破局。
それからは、お吉はさらに酒乱の度合いを濃くし、最晩年には物乞いのような境遇になりながら、入水自殺した。

このような悲劇のヒロインに仕立てたのは、昭和初期の小説家十一谷義三郎で、「時の敗者・唐人お吉」の題で都新聞(現在の東京新聞)に連載するや、大ベストセラーとなった。
このヒットに目をつけたのが東海汽船で、一万冊を購入し、乗船客に配った。
さらに歌舞伎で取り上げられるや、ますますヒット。
それまでは秘境だった下田が一気に東京の奥座敷と呼ばれるようになった。

上に挙げたお吉の説明は、半分は脚色されたものであろうが、大まかなところは事実である。
お吉と同時期、ハリスの通訳であるヒュースケンには、お福という15歳の娘が「看護婦」として遣わされている。
そのとき、名主が彼女らを諭した古文書が残っているが、それによると、「妊娠したときはすぐに伝えるように」という露骨な項目もあり、目的は明らかである。
ハリスに仕えた女性はお吉を含め3人、ヒュースケンには4人である。
お吉以外の6人は小説にはならず、お吉だけにスポットライトが当たったのは、最期が哀れだったからであろう。

お吉はなかなか商才があったらしく、そこそこ小さな成功を手にするが、酒によってその成功をフイにしてしまう。
お吉を酒色に駆り立てたのは、ハリスとの一件であったのは想像に難くない。
確かに、当時とすれば現代からは想像もできない悲惨なことだったのかも知れない。
大きな挫折だっただろう。

異人に仕えた人間は、明治を迎えれば飛躍的に多くなった。
その中にあっても、お吉は一回の失敗に固執した。
自分は特別だと思う自尊心と、挫折感が複雑に交差していたと思う。
その感情ゆえ、彼女は酒におぼれ、物乞いに身をやつし、入水自殺をせざるを得なかった。
きっと、生真面目な性格だったのではないかと思うが、少し息を抜いて、発想転換できればここまで悲劇にはならなかったはずだ。
言うのは易く、行うのは難いのだけれど。


(参考文献)
ハリスとヒュースケン 唐人お吉(下田開国博物館)・尾形征己著
幕末開港の町 下田 (下田開国博物館)・肥田実著
静岡県茶産地史 (農文協) 大石貞男著
幕末・明治の写真(ちくま学芸文庫) 小沢健志著


内海海岸のお吉像


アップにしてみました


お吉19歳の写真と言われるが、残念ながら別人である

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