木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

与謝野晶子と写真

2012年12月07日 | 人物伝
私が繰り返し観た映画で一番回数が多いのは「ブラックレイン」だと思う。
マイケル・ダグラス、高倉健、アンディ・ガルシア、松田優作といった俳優陣の名演技、脚本の確かさ、日本を舞台にした親近感などもあるのだろうが、なんといっても、音楽がいい。
この音楽を担当したのは、ハンス・ジマー。
「クール・ランニング」「グラディエーター」「ブラックホークダウン」など数多くの映画の中にとてもいい音楽を提供している。

いきなり映画の話から入ってしまったが、歴史上の人物でも、人気の高い人には、いい写真が付きものだ。
以前にも書いたが、たとえば、松平容保。
一番有名な例の烏帽子姿の写真は、悲劇の主人公としての容保をすべて表している。
坂本龍馬の懐手をしながら立っている写真もしかり。
寝起きを起こされて眠かっただけとも伝えられているし、近眼せいもあったようだが、目を細めて立つ姿は未来を予見しようとしている姿にも見える。

逆の例もある。
「汚れちまった悲しみに」の中原中也はあの詩のように純真無垢な青年ではなかったと思うのだが、これまた例の帽子を被った写真によって、名声を高めたような気がする。

与謝野晶子、詩人、堺生まれ。明治11年(1878年)12月7日~昭和17年(1942年)5月29日。
今日、12月7日は与謝野晶子の生まれた日である。

晶子はバイタリティの人である。
12人の子供を産み、残した詩は5万首以上。
お茶ノ水にある専門学校・文化学院の創始者の一人でもある。

晶子は先に述べた人たちのような代表的な「これ」といった一葉がなかった。
今でも人気のある晶子であるが、「ベストショット」があったら、もっと人気があったに違いない。
なにしろ、

柔肌の熱き血潮に触れもみで悲しからずや道を説く君

と詠む晶子である。
中原中也ばりの写真が残っていたら、男として「何か」を思わない人間は少数派だと思う。

ちなみに、夫・与謝野鉄幹は下戸に近かった。
晶子はかなり強かった。
「飲んでも酔わないし、旨くないもから、酒は飲まない」と言っていたそうだ。
なんとなく、与謝野家の位置関係を暗示しているような気がする言葉だ。

三田村鳶魚の本を読んでいたら、偶然、晶子の話が出てきた。
東京に出てきた晶子は、セイロに乗ったザルそばの食べ方が分からず、汁を蕎麦の上に全部掛けてしまった。
当然、下から汁が漏れて困ったそうだ。
当惑して「ワヤやわ」と関西弁で叫んでいる晶子の姿が目に浮かぶようだ。


出回っているのが、この写真だったら、まだいいような気がする。

文化学院による「与謝野晶子の履歴書」

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