壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

虫の秋

2008年09月09日 21時46分57秒 | Weblog
 暑い!暑い!と言い暮らしているうちにも、ここ二、三日、チチチチチチと鳴く虫の音が聞けるようになった。
 台風13号が発生したと聞くと今度は、秋も最中なのだなと感じてしまう。
 
 鈴虫・松虫・轡虫・機織・馬追・きりぎりす・こほろぎ・鉦叩など、深まる秋と共に鳴く虫の数も殖えて、風情がいちだんと増してくる。
 『江戸職人尽歌合』の中に、虫売りという職業をあげて、
        秋の虫の あはれを月と 眺むれば
          荷(にな)へる虫の 音にぞ恨むる
 という歌があるし、
        宵過ぎや虫売り通る町外れ
 という句があるように、秋の訪れとともに、市松格子の障子をつけた荷い屋台の虫売りが、そこここの町角に荷を下ろして、鈴虫・松虫・きりぎりすなど、鳴く虫を商うのが、江戸時代からの都会の夜店風景であった。
 今は、縁日の夜店などに、鈴虫・松虫・轡虫の類を、きれいな籠に入れて売られている。江戸時代の振売りが、座して客を待つ、という形態に変わってきたのだ。

 ところで、平安時代の昔には、リーンリーンと鳴く今の鈴虫を松虫、チンチロリンと鳴く今の松虫を鈴虫と言っていた。
 松籟といって、松の梢を吹き渡る風の音が、リーンリーンと聞こえるので松虫というわけなのであろう。斎宮女御徽子の和歌にも、
        琴の音に 峯の松風 通ふなり
          いづれのをより 調べ初めけむ
 と、松籟を琴の音に喩えて詠んでいる。
        松虫のりんとも言はず黒茶碗     嵐 雪
 は旧称の方で、謡曲にも松虫をリンリンと鳴かせているが、
        松虫や素湯もちんちんちろりんと   一 茶
 は近称である。この中間の時期で倒錯したものであろう。
 来歴はともかく、どちらも涼しげなよく透る声で、なつかしい。
 松虫の姿は、「つるれいし」の種に、鈴虫の姿は、西瓜の種に似ているというのも面白い。

 また、「きりぎりす」と「こほろぎ」も、昔と今では反対であった。
 『百人一首』で有名な、後京極摂政良経の、
        きりぎりす 鳴くや霜夜の 狭蓆(さむしろ)に
          衣片敷き ひとりかも寝む
 とある「きりぎりす」は、決して野中の草叢に鳴く「きりぎりす」ではなく、屋内の土間や床下で鳴く「こほろぎ」でなくてはならない。
        むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす     芭 蕉
 も「こほろぎ」である。

 チョンギースの声で知られている「きりぎりす」は、鳴く虫の中では、大型で重厚な感じがする。緑色のと茶色のと二つの型があり、羽に黒紋の列があるのが特徴とされている。「ぎす」ともいう。
 「こほろぎ」のきれいな澄み透る連続音は、秋の虫の代表的なものであろう。数種類あるが、大型でコロコロコロコロ……と鳴く「えんまこほろぎ」以外はみな、リリリリ……と鳴く。「ちちろ」「ちちろ虫」「つづれさせ」とも。


      こほろぎの天に墜ちゆく壺中かな     季 己