壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

心の滋養

2008年09月08日 21時49分48秒 | Weblog
 深津佳子さんをご存知だろうか。
 江戸扇子の職人さんで、お住まいが拙宅の近くである。最近は、色々な雑誌の特集で取り上げられ、通販会社でも扱っているので、ご存知の方が多いかも知れない。

 深津扇子店は、江戸末期、日本橋に扇子店を開き、大正期に浅草、昭和初期に京都などに居を移し、戦後、東京で分家して、雲錦堂・深津扇子店として再開した。扇子店と称しても販売業ではなく、製造業である。
 以来、職人として、『精一杯、誠実な仕事をする』を信念に続けてこられたという。

 佳子さんの父である先代・深津鉱三さんは、男女持ち扇、舞扇など各種の扇子を製作した他、三笠宮妃殿下、高円宮妃殿下、紀宮内親王、秋篠宮妃殿下、皇太子妃殿下の、朝見の儀などに使用される儀礼扇も手がけた。
 平成元年に荒川区より「指定無形文化財保持者」を、平成三年には東京都より「優秀技能賞」を受けている名工である。
 当代の佳子さんは、江戸好みの絵付けから丁寧な仕上げまでを一貫生産し、伝統を守りつつ、他とは違った作品を生み出すべく、日々、精進・修行を続けておられる。

 深津扇子店の扇子に欠くことのできない、手描きの扇子絵は、日本画家の池上隆三さんの手によって描かれている。
 池上さんは、福田豊四郎氏に師事し、新制作に出品していたが、今は九十六歳という高齢のため、絵筆を持てなくなってしまわれたのは惜しまれる。
 本業の日本画では、馬や牛を主題とするほか、植物画などを得意としている。池上さんは、先代の深津鉱三さんとは義理の兄弟という関係で、五十年以上、本業の合間をぬって、扇子絵を描き続けてこられた。
 個人的好みでは、「かえる」「かっぱ」「かまきり」が洒脱で大好きである。もちろん、しっかりコレクションに入っている。

 きのう、「第29回 あらかわの伝統技術展」で、池上さん最晩年筆の「相撲河童」を、当代の佳子さんが、煤竹を用いて仕上げられた絶品を手に入れた。
 池上さんならではの、墨の上品な色合いの、味わい深い作品は、時代に左右されない生きたぬくもりがあり、扇子を開くたびに心を和ませてくれる。
 また、扇子の骨の煤竹は、京都西山の旧家で、二百年ほど燻されたものと聞く。
 この扇子の“限りない心の滋養”のおかげで、心安らかで、ゆったりとくつろいでいられそうだ。


      あね夏代いもうと春代 秋扇     季 己