半農・半Xの生活

思いついたことを思いついた時に綴ります。

不徳の致すところ?

2013年07月24日 08時57分35秒 | 日記
古い話題になるが、参院選挙は、予想以上の結果で終わった。

原因の主なものは
① マスメデイアのプロパガンダ
② 人からコンクリートへの利権に簇がる団体や経済界
などの組織票
③ 勝ち馬に乗る集団心理
④ 民主党への恨みによる反動
などなど

しかし、何時も思うのだが、公明党って政党なのだろか。どう見て
も創価学会=公明党だろう。この党から出れば、少し頭の回転が速
く、弁が立つ人間なら誰でも国会議員になれるということか。(笑)
 一方で小生が期待する、権力に真っ向から物を言う人達が国会の
場に戻って来られなかったことは残念・無念の極みである。

早晩、この結果から派生する現象は、我々の生活の中にキリキリとし
た痛みを伴って現れるだろう。国民の間に自覚症状が出た時には、手
の施しようの無い程の惨状になっているのだろう。
まあ、主権者国民が望んだ結果だから例え悲惨な結果になったとして
も自業自得ということだろう。
言いたくないけれど、被虐を好む浅慮な有権者が多いことか。最もそ
のことに気づかないことが問題なのだけれど。


先日、育児・教育ジャーナリストの おおたとしまさ氏のブログに考え
させられる記事があったので一部転載する。

(転載はじめ)
「投票率の低さは教育の結果」
投票率の低さは、今の日本の教育の「結果」でもあるといえると思う。
本来、教育の成果が現れるのは数十年後。
それなのに、日本では、「今すぐ、効果が得られる」教育が求められて
いる。
そういう価値観で教育をされれば、
「今すぐ、効果が得られない」ものには価値がないと思いこむ人が育つ
のは当然だ。
で、そういう人たちが選挙に臨むとどうなるか。
1票を投票しても、「どうせ何も変わらない」=「今すぐ、効果が得ら
れない」。だから、「投票しても意味がない」となる。
即効性を求める教育の結果である。
たしかに何も変わらない。
でもそもそも選挙とはそういうものだと思う。
選挙のたびに革命が起こるようでは、社会はもたない。
毎回毎回の選挙で、みんなが気付かないくらいの小さな変化が積み重なっ
て、数十年経ってから見ると、「あら、いつの間にかだいぶ変わったのね」
というくらいの時間をかけた変化が、社会の変化のしかたとしては望まし
いと私は思う。
たった1票で社会が動かせるわけではない。
1回の選挙で社会を変えるのではない。
選挙は革命ではないのだから。
-以下省略-

(転載おわり)