えみこママのブログ

こんにちは。お元気してますか?いつもいつもエネルギーを分けてくださってありがとうございます。おかげで元気ですよ~。

あのころが、一番よかったな・・

2013-09-23 22:23:41 | Weblog
私49歳のころ、父が倒れた。脳梗塞である。

病院に行ってみると、父は動物みたいになっていた。お猿さんみたいだった。

こちらの言うことが理解できず、点滴の針をぬいてしまったり目をぎょろぎょろさせて「何か、してみろ!」みたいに興奮していた。

脳梗塞で失語症になってしまった。そして右手麻痺。

大工だった父は不自由になった右手で【カンナかけ】を毎日やり、それがいいリハビリになったようだった。

オムツをはずしたりいろいろと困ったものだった。

「オムツ嫌なの?」と聞いたら、うんうんとこっくりして見せたので「じゃあ、取っちゃえ」と私が言って、はずしてパンツを履かせた。

身が軽い父は病室を抜け出し、外へ出ようとした。「病院に殺される・・」というくらいに思っているようだった。なにせ正気ではないのだから・・・。

「じゃあ、散歩しよう」と言って腕を組んで病院中を一緒に歩いたものだった。ほんとは歩行許可が出てないのでいけないことだった。

ある日先生が見に来て、「3階に移すように」と看護師に言っていた。

その看護師は先生がいなくなってから「3階をみてらっしゃい・・」と私に言った。

父と二人で腕を組みながら一緒に見に行った。

もうそこは地獄だった。みんなおむつで、骨に皮がついてるだけの棒みたいな足をして寝ていた。

父は、頭を横に振って見たくないと言ってるようだった。

「お父さん、もっとしっかりご飯食べてここから出ようよ」と言ったら「うんうん」と頭を縦に振った。

看護師に「3階にはいかせたくありません」と言ったら「そうですよ、先生はああいったけれど治ると私も思います」と言ってくれた。

それから食事をしっかり摂るようになり、妹が作ってくれたおかずもどんどん食べて丈夫になった。そしてリハビリのある病院に転院することになった。

今度のその病院は隣の群馬県なので、とても遠かったが週に2日くらい通った。

近くのデパートに連れて行って、たばこを吸わせたりコーヒーを飲んで2人で過ごしていた。

そしてそこからまた埼玉に戻って、レッスンをしていた。

私も若かったが、生徒も超大勢いる中やっていたのだった。

あのころ、父は生きていた。群馬の病院から退院して丸3年、神様が父にくれたご褒美だった。

あのあと長女が結婚して、父も出席できたのだった。

あのころがよかったな。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夜勤明けです

2013-09-23 08:50:23 | Weblog
昨日は夜勤でしたが、小間切れに少しずつ寝ていました。多分風邪気味だから、薬のおかげでしょう。帰宅したら先ずはお風呂に入りますよ。
〓Emiko〓
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする