本の宣伝です
2021年になりました。皆さんご無事と思います。
今回は、チョッと宣伝から始めます。
ボクが所属している「地理教育研究会」(地理教育研究所・東京都新宿区一番町)が1969年から出している「授業のための世界地理」(古今書院)の第5版が昨年12月に出版されました。
出版コンセプトは、中・高で地理を担当する教員が授業の参考となる「世界地誌」を基調とした本、というところです。ボクも、4㌻書いています。西アジアのイスラーム世界についての前半。イスラームの歴史の基礎に関する部分です。(【第Ⅲ部 世界の諸地域】5.西アジア(1)アラブ世界とイスラーム文化)
イスラームの専門家でもなく、イスラーム地域には中国の新疆(シンチャン)ウイグル自治区にしか行ったことがありません。頼まれたことは基本、断らない主義なので引き受けました。授業で話していたことを思い出して原稿をまとめ2019年11月に編集委員に提出しましたが、出版予定が大きくずれて、昨年12月になってしまいました。ボクはイスラームの基礎編でしたから、あまり影響はなかったのですが、現在のイスラーム・中東情勢を書いた担当者は、苦労したと思います。
執筆者は、大学教員だけでなく、授業実践者の教員や元・教員で、記述内容も工夫し、授業で使いやすいように構成されています。興味のある方はお読みいただければと思います。
この本の中でボクのお勧めは、内藤正典さん(同志社大教授/イスラーム地域研究)が書かれた「領域国民国家の終焉」(【第Ⅱ部 現代の世界】1.現代世界の構造ー戦後秩序の崩壊と領域国民国家の終焉)です。
一部紹介させていただきます。
「2011年のチュニジアに端を発する一連のアラブ民主化運動(当時「アラブの春」と呼ばれた)は、チュニジア以外の国で失敗した。失敗したのみならず、既存の領域国民国家の秩序を崩壊させるきっかけとなった。この地域の国家というのは、自力で第一次世界大戦後に独立を達成したトルコ、それ以前から領域を維持していたイランを除けば、当時のヨーロッパ列強によって「創り出された」虚構の国民国家にすぎない。
(中略)
他方で、ヨーロッパ自身が統合から分裂に向かっている状況は、領域国民国家体制の限界と地域統合の限界が同時に発生したことを示している。」
今までの「国民国家」とは違う、「理念によるネットワーク型国家」の可能性を示したイスラーム国というテロ組織
20世紀末、モダン(近代のあり方)からポストモダン(脱近代のあり方)へと世界はシフトしていきました。20世紀型の資本主義や国民国家という世界のあり方が揺らぎ、新しいスタイルが誕生しました。そのさきがけと言えるのが、2013年ごろから活動を活発化させた「イスラーム国(ISIL/Islamic State in Iraq and the Levant :イラクとシリア周辺におけるイスラーム国)」です。指導者も明確でなく、領土や主権、国民も不明瞭な、理念によるネットワーク型国家と言えます。
この旗、ニュースでご覧になったことがあるかも知れませんが、「アッラーの他に神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒である」というアラビア文字のシャハーダ(信仰告白)=「理念」がそのまま書いてある、イスラーム国の旗です。
地理の教科書には国家の三要素として「領域・国民・主権」が示され、この三要素を満たすものを国家と呼んでいます。しかし、ISIL(アイシル)※にはこの三要素が整っていません。ISILは「テロリスト集団」で、国家と認められていませんが、今後、このようなスタイルの“国家”が誕生する可能性は十分あります。
※ISILは、2014年にカリフ(イスラームの指導者のこと:アラビア語ではخليفةハリーファ=「預言者の代理人」の意)制イスラーム国家樹立を一方的に宣言してからは、自らを Islamic State(英語名)、 الدولة الإسلامية アッダウラトゥルイスラーミーヤ(アラビア語名)と称した。日本では当初そのまま日本語訳した「イスラム国」を使っていたが、欧米やアラブの国々が「国家として承認しない。テロ組織に過ぎない」として、「イスラム国」を使わず、ISIL(アイシル)又はIS(アイエス)と呼ぶようになり、日本のメディアもそれに合わせるようになった。
現実に、モダンな(近代の、これまでのあり方の)システムは相対化して、オルタナティブな(新しい時代の)スタイルへと変化しているものが多くあります。全体的には「グローバルからローカルへ」「大規模から小規模へ」「集権から分権へ」という傾向が強まっています。
新自由主義(極端な富のかたよりと格差)の資本主義を見直す経済学が注目されている
21世紀になると、資本主義を見直す論考が注目されるようになりました。トマ・ピケティの「21世紀の資本」(2014/700㌻超の大著)や
映画「21世紀の資本」予告編
デヴィッド・ハーヴェイの「資本主義の終焉」(2014)
などが世界的ベストセラーになりました。世界の格差が拡大し、ごくわずかな資産家が世界の大半の富を所有する矛盾は、資本主義への疑問となっています。アベノミクスも「強いものに優しく、弱いものに厳しい」新自由主義むき出しの政策です。コビッド19パンデミックは格差と分断の社会の矛盾を明確に浮き上がらせる触媒(しょくばい)でもあります。世界は否応なしに変化を余儀なくされ、既得権を持つ富裕層も、資産相続が今後も保証されるワケではありません。今後、資産課税などが実現し、所得の再配分によって、福祉・社会保障が見直されれば世界全体が相転移(そうてんい)する(別の位相=局面に移る)可能性もあります。
コビッド19パンデミックは新世界への扉を開くきっかけなのかもしれません。
みなさんの息災安泰を願っています。(近)
(編集部より)
そう言えば、今NHKのEテレ「100分de名著」では、マルクスの「資本論」を取り上げています。「新自由主義」の資本主義に疑問を持つ人が増えているからかもしれませんね。
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インターネットは便利ですね。いろいろと張り付けられます。
やはり,今回の内容では,中東社会のとらえ方が大きな変化だと思いました。
この本はだいたい10年に一度のペースで出されていますから,この10年を振り返ったときに
特筆すべき変化だったと思います。そのほかアメリカや中国もありましたが。
次の版ではコロナになるのでしょうが。
ありがとうございました。