Simplex's Memo

鉄道と本の話題を中心に、気の向くまま綴ります。

「重大事故の舞台裏」を読んで

2005-12-04 06:32:45 | 読書録(その他)
先月4日に書いたJR西日本の新型ATS設定ミスについて触れた記事の最後で、「是非読みたい」と注文していた本がやっと手元に届いた。

オビを見る。
「シャトル帰還は幸運なだけ」、「終わりなきアスベスト問題」に続き、「福知山線横転の原因はただ一つ」とある。
三番目の福知山線脱線衝突事故の真の原因を本書はどのように見ているのだろうか。

目的の福知山線脱線衝突事故の項を見る。
「あえて言う、事故主要因は一つだけ」と書かれている。
過去にマスコミが喧伝してきた種々諸々の原因が絡み合った理屈とは全く異なる、えらくシンプルな論だ。
一読して素人にもわかりやすい意見だった。
それは「速度超過による車両横転」。それ故に事故時の車両速度の検証が非常に重要になるとしている。
言われてみれば、制限速度を超過してコーナーに突っ込めばどうなるか。
その結末について、我々は自動車事故でよく接しているではないか。

この他に、マスコミが喧伝してきた「原因」についても検証を加えている。
以下、列挙する。
○「置き石説」に対しては、線路のバラスト程度の置き石で電車が脱線することはまずないとする。
○「車両故障説」に対しては、その可能性は否定しないものの、ダンパや空気ばね等の車両故障が直接車両横転の原因にはならないとする。
○「台車蛇行道説」に対しては、台車蛇行動が乗り上がり脱線に関係するものの、車両が横転する限界には主たる影響を与えないとする。
○「曲線走行時の急ブレーキ説」に対しては、曲線走行時の急ブレーキは乗り上がり脱線現象に影響を及ぼすものの、今回のような車両横転時にあってはブレーキがかかり車両が減速し、事故の恐れが低下するだけのことであるとしている。
・「急カーブ説」については、半径300mの曲線は近郊方鉄道では格段急ではないとし、尼崎駅での乗り換えを容易にするために曲線を入れた行為は何ら問題にならない。
・・・等々、納得できる検証を加え、これらについては「転倒を開始する条件」には繋がらない要素として整理している。

また、今回の事故を受けてアルミ車両やステンレス車両の車両強度が自動車技術からの流れで問題にされたが、次の二点から疑義を呈している。
○時速100キロで剛体壁に衝突した際に生存空間を確保できる車体構造を有する鉄道車両の質量はどれだけになるのか。
○車体が変形しなければ車体の内側に乗客が100キロで衝突する事になるが、その衝撃力を人が耐えられるレベルまで緩和することができるのか。

以上の点について、車体強度を上げる事は「実現不可能な暴論」としている。
個人的に車体強度を上げる対策に関しては費用対効果に見合う物ではないだろうし、それこそ「装甲車」にすれば大丈夫、というものでもないと考えていたので賛成できる。

では事故をどう考えれば良いか、本書ではこのように整理している。
○速度超過を事故の主因とした場合、事故の責任は事業者にある事は明白。
○運転士の運転ミスがあった可能性はあるが、「人は誰でもミスを犯す」。人にミスを起こさせる管理体制を敷いた事にも問題はあるが、それ以上に人のミスをカバーすべき保安設備を設けなかった事に対して重い責任を負わなければならない。

この福知山線脱線衝突事故について様々なメディアが事故原因を論じてきた。
しかし、現時点で納得できる検証をしている物には出会わなかった。

購入の主な動機は先述したように「福知山線脱線衝突事故」にあったので、集中して紹介したが、この他にも様々な重大事故について触れている。

通読して思ったのは「ハードウェア」が引き金になって発生する重大事故であっても、やはり「ヒト」の存在が大きいという事。
それは欠陥部品の隠蔽工作(三菱ふそうトラック・バス)、「安全より運転」を選び、ガスタンク爆発に至った意思決定(新日鉄名古屋製鉄所)等、本書に収録された「重大事故」の原因には人的要因が絡んだ例が多い。

今年も残す所あと僅か。
世間はマンションの強度偽装問題で揺れているが、結局は「ヒト」の問題だと言う表現も出来る。
強度設計の数値を偽装した建築士、それを見抜けなかった民間検査機関や自治体担当者、そしてコスト最優先で設計を依頼したディペロッパー。
全て「ヒト」に起因した問題だ。

自分は今回の一件を「氷山の一角」と見ているが、そうした悪意を持った人間を如何にして監視、排除するかが役所に課せられた使命だと思っている。にもかかわらず、罰則は緩いまま、偽装も見抜けないようでは何のための規制緩和かと思う。
規制を緩和する以上、最低限の「規制」すら守れない人間を業界から追い出す位の罰は必須だと思うのだが、それもない。

その意味で本書は色々な事を教えてくれると思う。
「技術」の本だからと言って身構える必要は全くなく、要点が上手く整理されている。
今回の福知山線脱線衝突事故の原因に関心がある方なら読んでみて損はないと思う。

<データ>
「重大事故の舞台裏 技術で解明する真の原因」
編集 日経ものづくり 日経BP出版センター
定価 2400円(本体)


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