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MAKIKYUの公共交通を主体とした気紛れなページ。
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中国天津市・経済技術開発区を走る公交汽車

2017-03-26 | バス[中華人民共和国]

先日「MAKIKYUのページ」では、中国・天津(Tianjin)市の天津経済技術開発区内を走るトランスロール(ゴムタイヤ式トラム)に関して取り上げました。

MAKIKYUが数年前にこの開発区へ足を運んだ際には、地鉄やトランスロールなどの軌道系交通機関以外に、市内公共汽車(路線バス)にも乗車したものでしたが、バスの写真は何枚も撮影していながらまだ未公開という状況ですので、トランスロールの続編記事という形で公開させて頂きます。


天津で乗車したのは1路線だけでしたが、運賃が1.5元(乗車当時)という中途半端な金額だったのが印象的で、ワンマンバスでは日韓の市内バスと異なりつり銭が出ない事を考慮すると、少々不便な印象が否めない気もしたものでした。

 
車両の外観はモダンな反面、プラスチック製の硬い座席なども中国の標準仕様、天津だけに限らず中国はバス製造メーカーが無数に存在する事から、車両のバリエーションが非常に豊富なのも特徴です。
  
国産車は2強体制になりつつある日韓との大きな違いを感じますが、市内バス用でも随分大胆な形状の車両も存在、これは存在感はかなりあるものの使い勝手は余り芳しくないのでは…とも感じたものでした。

 
また塘沽火車站周辺では数台の都市間バス用車両を目撃、その中には運賃が6元とするされたプレートを掲げた車両もあり、これは比較的距離の短い都市間路線(天津市中心部~開発区など)で用いられる車両ですが、この手のバスに混じり日照(山東省)との間を結ぶ長途汽車の姿も見かけたものでした。


塘沽站周辺からなら天津市中心部はさほど遠くない距離、高速列車で容易に移動できる北京でも行先や運賃次第ではバス利用も…と感じますが、このバスを見た際には、さすがに日照までバスで移動するのは…とも感じたものでした。
(MAKIKYUは日照を訪問した事はなく、山東省で訪問歴のある街は青島と済南の2都市だけしかない状況ですが…)

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中国・天津市内を走るトランスロール&リンク先サイト追加のお知らせ

2017-03-22 | 鉄道[中華人民共和国]

MAKIKYUは最近所用が立て込んでいる事もあり、今年の遠出(首都圏外への遠征)は1月の東北方面のみ、普段よりも遠出の頻度が下がっており、海外ともなると昨年は韓国1回のみ、今年はまだ予定すら…という状況です。

長期休みが確保できれば、船でまた中国辺りへも足を運びたいと感じる位ですが、日中国際航路でも片道40時間以上を要する遠方(船便での訪中は他に韓国経由という方法もあり、こちらの方が航路数や就航便数は充実しています)ですので、現状では中国再訪が実現するのかどうか…という程です。

中国は遠くてなかなか頻繁に足を運ぶ事が出来ない土地ながらも、目覚ましい発展と共に交通機関の整備も凄まじい勢いで進み、とても追いかけきれない状況は、停滞どころか衰退傾向にある島国とは大違いで羨ましい限りですが、以前乗車したもののブログ記事化できずに月日が経過…というものは無数にあり、その一つが天津市内を走るトランスロールです。


トランスロールはフランスで開発されたゴムタイヤ式トラムの一種で、日本では営業路線での導入事例は皆無ですが、開発国フランスをはじめ、中国やイタリアなどでも導入事例が幾つか存在しており、中国の中でも最初に営業運行を開始した路線は天津市内に存在します。

天津市内を走るトランスロールは2007年開業、開業からまもなく10年となりますが、MAKIKYUも以前一度乗車した事があり、市内中心部からは40㎞程度離れた天津経済技術開発区(以下開発区と記します)内を運行しています。

外国人観光客が頻繁に訪問する地域ではないものの、天津市内中心部からも津浜軽軌(地下鉄9号線)と呼ばれる電車で容易に足を運ぶ事ができ、開発区内にある津浜軽軌の途中駅・泰達駅がトランスロールの起点駅になっています。
(北京~天津も高速列車が頻発しており、短時間で容易に移動できますので、北京からの日帰り訪問も容易です)

トランスロールはここから8㎞程度の区間を運行、開発途上の真新しい街並みを駆け抜け、学院区北駅までの間を運行しています。

近年目覚ましい発展を続けている中国の状況を知らず、何十年も前の印象しか思い浮かばない人物がトランスロールに乗車するものなら、イメージと余りに違う現状に驚くのでは…と感じる程で、今日の中国はまだまだ発展途上で遅れている面もあるものの、進んでいる部分は日本を遥かに仰臥していると感じます。

 
このトランスロールは日本でもお馴染みの路面電車とは異なり、レールが2本ではなく1本だけ、そしてゴムタイヤ駆動となっているのが大きな特徴です。

ライトレールと新交通システムを掛け合わせた雰囲気の交通機関と言っても過言ではなく、遠目で見る限りは一般の路面電車と大差ないものの、軌道などを見ると別物である事が一目瞭然です。


車内も窓が大きく近代的な雰囲気なのは、新しい路線・車両ならではとも言えますが、その一方で座席の硬さなどは中国の都市交通機関の典型ともいえ、この辺りは日本の都市交通を利用し慣れた人物が乗車した際、どの様に評価するのかの判断が大きく分かれる所かと思います。


またトランスロール自体をはじめ、開発区内の沿線も近代的な雰囲気ながら、MAKIKYUが乗車した際には終点駅(学院区北)周辺に移動式販売車による露店が幾つも出店していました。

この移動式販売車も近年の日本では滅多に見る機会のないオート三輪が多数という状況、トランスロールとオート三輪の移動式販売車が並ぶ、新旧混在の姿は如何にも今日の中国を象徴する風景の一つとも感じたものでした。


この移動式販売車で販売している刀削麺を求めた際には、訪問当時の金額で6元(日本円換算で100円程度)だったと記憶しており、廉価な中国の庶民料理を堪能しながら、近代的なトランスロールが行き交う姿を眺めるのも悪くないと感じたものでした。

中国のトランスロールは天津以外に上海でも運行、こちらも乗車した事があり、これ以外にも各地で路面電車の新設も相次ぐ状況、その中には無架線トラムなども存在し、機会があればこれらの新路線も色々乗車したいと思っています。

ただ瀋陽・蘇州など広大な国土の各地に新路線が点在する状況では、一挙に各地の路線を乗車するのは至難の業で、中国各地の新路線乗車記を見る度に、羨ましいと感じる位です。


また今日付けで「railbus' photo album」(railbus様)へのリンクを設定致しました。
アドレスは
http://www7b.biglobe.ne.jp/~railbus/
です。

こちらのリンク先サイトでも今日取り上げた天津のトランスロールをはじめ、中国各地の都市交通機関や列車、中国以外の海外交通機関などの内容を多数取り扱われています。

海外関連だけでなく昔の名古屋市電など、MAKIKYUは生まれる前で見た事もない日本国内の懐かしい画像なども多数公開、かなり見応えのあるサイトと感じたものです。

主内容が海外(中国)関連となりますので、リンク集(0)にリンクを掲載すると共に、暫くの間(概ね1~2ヶ月)は新規リンク告知も兼ねて、トップページのブックマークにもリンクを掲載致しますので、興味のある方はアクセス頂けると幸いです。

なお「MAKIKYUのページ」では引き続きリンク先サイトを募集しておりますので、HPやブログをお持ちでリンク希望される方が居られましたら、各記事(コメント不可設定としている一部の告知記事など以外)へのコメント欄、あるいは「このページについて(ご案内と注意事項)」の項にあるメールアドレス宛に一報お願い致します。

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北総交通・今月限りでバス事業廃業に~運行路線は系列事業者に移管

2017-03-18 | 北総監獄

首都圏の辺境・北総監獄(千葉ニュータウン)は首都圏屈指の公共交通不毛地帯として知られ、その現状は極めて凄惨、特に「開発を止めた某鉄道」(元○○開発鉄道)の運賃問題に関しては地域外でもかなり有名な話で、「MAKIKYUのページ」でも時折取り上げていますので、ご存知の方も多いと思います。

この北総監獄の中でも人口や開発地域面積など、様々な面で中核都市と言っても過言ではない印西市は、かつて関越自動車道で高速ツアーバス特別重大事故を惹起、事故後に実施された特別監査で極めて杜撰な運行管理が明らかになり事業取消処分が下された陸援隊(針生エキスプレス)も、本社を印西市内に構えていました。

この他にも幾つかのバス事業者が拠点を構えており、その一つが「北総交通」ですが、同社は元々京成グループに属するタクシー事業者で、1998年に乗合バス事業(路線バス)に参入しています。

その際には小林駅(JR成田線)~印西牧の原駅(開発を止めた某鉄道)の間で路線を新設、後にこの路線の延伸や印西牧の原駅~滝野地区を結ぶバス路線の廃止に伴う代替運行を行い、現在に至っています。


しかしながら最近になって今月末での路線バス事業廃止・他社移管を発表、MAKIKYUも北総交通の路線バスは以前、小林駅~印西牧の原駅間を結ぶ系統に乗車した事がありますが、運行開始当初は日野リエッセによる運行でした。


バス事業開始に当たって最小限の車両だけで運行していると感じたもので、後に三菱製の小型車(エアロミディMJ)を導入、この車両が稼働する姿を見た事もありますが、バス事業は小規模な事もあり、要員確保なども容易ではないだろうと感じたものです。
(一応大型第2種免許を保有していればバスとタクシーの双方に乗務可能、また旅客事業者運行管理者試験に合格し資格証を申請した場合は乗合(路線バス)と乗用(タクシー)双方の運行管理者として選任可能(実務経験で申請する場合は別)で、この2資格はMAKIKYUも保有していますが…)

また北総交通は京成グループに属し、市内には京成本体のバス部門を分社化した事業者の拠点も存在する事を考慮すると、印西市内の京成グループバス事業を一元化し、運行管理を一元化した方が良いのでは…とも感じていました。

そのため路線自体が消滅せず、グループ内での事業者移管で従来通りの利便性が確保されるのであれば、今回の運行事業者移管は悪くない話と感じています。

趣味者の一部からはバス事業廃業を惜しむ声も出ていますが、現用車両を小林駅発着路線と滝野循環系統限定でそのまま用いるのであれば、塗装は替えずに社名表記だけ変更、検査時などは虹色塗装の車両が代走となれば、余計な経費も嵩まずに済みそうで最善の気もします。

車齢などを考慮すると車両代替の動きが生じても不思議ではなく、また今後他路線と一元化した車両運用を行うのであれば、必然的に虹色塗装のバスが走る事になると思いますが、運行事業者移管以降どの様な動きが出るのかも気になる所です。

ただこの様子を伺うためだけに、わざわざ高額な鉄道運賃を費やし、はるばる印西牧の原まで足を運ぶ事はとてもできないとも感じますが…

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今も不通が続くJR山田線・宮古-釜石間~両都市間の移動はバス乗継

2017-03-11 | バス[東北]

6年前の今日(311)は、未曽有の大惨事となった東日本大震災の発生日。

MAKIKYU
は横浜市内某所での業務中に遭遇、その時は結構大きな地震が来たという程度の認識でしたが、後に明るみとなった被災地の状況が報じられる度に、これは阪神大震災をも…と感じたものでした。

震災の年(2011)夏には被災地の石巻や女川などを訪問、その後も大津波で甚大な被害を被った岩手・宮城・福島3県の沿岸部には何度か足を運んでおり、今年も1月に足を運んでいます。

その際には鉄路で復旧した三陸鉄道や常磐線(一部区間)をはじめ、BRT仮復旧となった大船渡線や気仙沼線などにも乗車していますが、今でも震災以来「不通」状態が続いている区間が存在します。

震災から6年を経た今日でも不通が続いているのは、JR山田線の宮古~釜石間で、この区間は未だに代行輸送すら実施しておらず、定期券・回数券利用者のみ路線バスに振替乗車を行う状況が続き、旅行者にとっては非常に不便な状況ですが、路線復旧→運転再開時は三陸鉄道移管が確定しています。

MAKIKYU
1月に宮古→釜石へ移動した際にも、津波被災区間の一部で復旧工事が行われており、被災地はまだまだ復興したとは言い難い状況ながらも、復興へ向けての歩みが着実に進んでいる事を実感したものでした。

ちなみに宮古~釜石を公共交通機関利用で移動する場合、現在唯一の交通手段となっているのは路線バスで、宮古周辺は岩手県北バス・釜石周辺は岩手県交通のエリアとなっている事もあり、両都市間を直通運転する路線バス便はなく、山田町の「道の駅やまだ」か「岩手船越駅」で2路線を乗り継ぐ事になります。

MAKIKYU
は以前にもこの路線に一度乗車した事があり、今年2回目の乗車となりましたが、宮古~岩手船越間でMAKIKYUが乗車した便は、一般路線ながらも都市間バス並の車両が充当、岩手県北バスでは観光タイプの経年車を一般路線に転用する事も多く、宮古だけに限らず盛岡市内でもこの手の車両が活躍する姿を散見します。


そのため観光タイプの車両が充当されても、3列シート車や最新鋭車両などでない限りは、個人的には余り驚かない事ですが、盛岡~宮古の都市間路線(106急行)でもトイレなし車両が大半を占めている中で、トイレ付車両が充当されたのはビックリでした。


個人的には岩手県北バスらしい個性を感じるトップドアの中型ワンステップ車登板(写真)を期待していましたので、トイレ付観光タイプ車が充当されたのは見込み違いでしたが、宮古~岩手船越は片道1時間以上の乗車となる事も考慮すると、一般客にとってはこちらの方が良いと捉える向きも多いと思います。


また宮古地区でも震災後首都圏中古車の流入も増加、MAKIKYUが1月に宮古~田老で乗車した県北バスも首都圏中古車でしたが、宮古~岩手船越の路線でも観光タイプ・自社発注中型・首都圏中古車と様々なタイプの車両が活躍していますので、どれに当たるかはその時の運次第です。
(
トイレ付車両に関してはHPやバス停時刻表などでの案内こそないものの、ダイヤ限定で運行している様です)


そして船越地区で路線を乗継、釜石に向かう際には、以前乗車した際は県北バスの終点・岩手船越駅まで乗車したものの、1月の乗車時は雨天だった事もあり、道の駅やまだで乗継したものでした。
(
道の駅やまだ~岩手船越駅の1停留所間は2社路線が重複、宮古・釜石どちらからも2停留所への運賃は同額です)

道の駅やまだは初訪問、釜石方面へのバス乗継まで少々余裕があり、道の駅にある食堂を覗いたら塩味の「わかめラーメン」が420円。


昼食にしては時間的に少々早めでしたが、価格も手頃という事で注文、シンプルながらも軽めの昼食に丁度良いと感じたもので、他に海鮮系の具材が多数トッピングされたラーメンなどのメニューなどもありました。

道の駅やまだからは上大畑行きの岩手県交通バスに乗車、この路線は震災前に釜石市~大槌町内間を運行していた路線を震災後山田町まで延伸したもので、釜石市内では釜石駅前を経て上大畑まで運行しています。


釜石市内完結路線は、コミュニティバスとして割安な定額運賃(100円~・100円刻み)で運行、釜石市内で市内完結路線と大槌方面路線が重複する区間では、バスによって運賃が異なる上に、車両は両者共通で一般路線車各種を使用しているため、入口付近には「広域バス通常運賃」という表示を掲げているのも大きな特徴です。


MAKIKYU
が乗車した便では、車齢20年超の元国際興業車(キュービック)が充当、この車両は古参車が多い県交通の中でも、釜石最古参の部類に入る車両の様です。

結構な古参車ながらも県交通では釜石だけでなく、盛岡地区など各地でまだまだ主力として活躍している車で、このタイプが来てくれれば…と思っていましたので、個人的には大当たりでした。

(
一般客の評価としては、県北バストイレ付車両の方が上かと思いますが…)

この車両は以前国際興業のバスに記されていた「KKK」ロゴの最初の「K」だけを少し削った「IKK」ロゴこそないものの、懐かしい緑色の「バス共通カード取扱車」ステッカーも健在です。

県交通では「バス共通カード取扱車」ステッカーを「バスカード取扱車」ステッカーの代用としている事も多いですが、県北バスとの相互利用停止で「共通」ではなく「自社専用」になっていますので、少々紛らわしいと感じる方も少なくないのでは…と感じます。

そしてこのバスで釜石駅前まで乗車、その途中では被災地の中でも特に甚大な被害を被った大槌町を経由し、大槌の現状はまだまだ復興とは程遠いと感じたものでしたが、それでも以前に比べると状況は随分良くなったのでは…とも感じたものでした。

釜石到着後は更に南下し、大船渡へ向かったものでしたが、釜石市内では三陸鉄道の列車乗車まで時間があった事から定額運賃のコミュニティバスにも少しだけ乗車、こちらは県交通オリジナル塗装の自社発注中型車でした。


道の駅やまだ~釜石駅前で乗車した元国際興業のキュービックに比べれば、こちらの方が若干新しいとは言えども、こちらも経年は20年前後とベテランの域に入る車両、県交通オリジナル塗装の車両も少なくなりつつありますので、これも注目の車両と感じたものです。

また今日で東日本大震災から丁度6年・節目の日で、震災被災地に関連する事柄という事もあってこの記事を公開していますので、この記事へのコメントは記事で取り上げたバス関連の内容だけに限らず、震災に関して感じている事などがありましたらどうぞお寄せ下さい。

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小田急30000形「EXEα」~リニューアル施行で装いを変えた主力特急車

2017-03-08 | 小田急グループ

今月小田急では特急ロマンスカーの主力車両・30000形電車(EXE)をリニューアルした「EXEα」が運行開始、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方の中には、既にこの「EXEα」に乗車された方も居られるかと思います。

MAKIKYUも数日前所用で都内へ足を運んだ帰り、小田急を利用する際に丁度良い時間に「EXEα」で運行する特急の空席がありましたので、運行開始したばかりのEXEαに早速乗車したものでした。


EXEαは塗装が従来のブロンズ1色→濃淡シルバーを基調とした装いに改められたのが、外観上における最大の特徴で、これだけでも従来のEXEとは雰囲気は大違いですが、これに加えて制御装置の交換や電動車数の増大など、下回りもかなり手が加えられているのが大きな特徴です。


外観はこの他に前面のLED式列車名表示装置撤去、ライト類や側面行先表示装置の取換をはじめ、客ドアもガラスの四隅が角張ったモノに交換されるなど、色々な所で従来のEXEとは変わっています。


フルカラーLED化された行先表示はMSEと同種のモノを採用した関係なのか、今までよりも文字表示部分が小さくなっており、EXEでは列車名と行先を同時表示していたものが、EXEαでは交互表示になっています。


またEXEαは大改装が施されたものの、車両用途自体は従来のEXEと同様という事もあり、MAKIKYUが乗車した新宿駅の列車案内モニターでは、既存EXE扱いでの表示となっており、購入した特急券の車種名表記も (EXE10) でした。


車内はデッキに足を踏み入れた時点でもシックな雰囲気だったEXEとは異なり、シンプルで明るい雰囲気を感じ、リニューアルで随分変わったと実感。


デッキに掲出されたメーカー銘板は、リニューアル施行年(2016年)を記したものに交換されており、製造年を記した銘板が撤去されているのは少々残念と感じたものです。
(リニューアル施行車両だと製造年を記した銘板・リニューアル年を記した銘板の2者が掲出されている事が大半ですが、最近の小田急は一般車両でもリニューアル施行時に製造年を記した銘板を撤去する傾向があります)

 
客室内もデッキと同様に様変わり、LEDが3色→フルカラーに改められた車内案内表示装置もMSEを連想させるもので、照明形状なども大きく変化しています。

 
座席は常連客からの評価が高いと言われている座席自体は存置されているものの、モケットやひじ掛けの交換などで雰囲気が変わり、シートカバーもEXEαロゴ入りのものが用いられています。

 
ひじ掛け収納式テーブルもひじ掛け形状の変化に合わせ、従来とは異なる形状のものに変化、座席背面に傘かけが設置されたのも大きな特徴です。

小田急では近年リニューアル進行中の1000形車両でも、リニューアル車では傘などの滑り止め板を設置していますので、このアイディアは同一人物が考案したのか否か気になる所です。


またカーテンの留具部分には、EXEαのロゴが掲出させているのも注目と感じ、これはシールが貼られているだけですが、このシールはEXEα車内で用いるだけでなく、TRAINS(公式グッズショップ)で分売すれば、家庭用のインテリアとしても良い雰囲気なのでは…とも感じたものでした。


一部車両の車端は客席を撤去して荷物置きを設置、近年他社の優等用車両でも客室内で座席上の荷棚以外に荷物置きを別途設置する事が多くなっていますので、これも時代の流れを感じさせるものですが、小田急ロマンスカーではEXEリニューアルだけでなく、他の既存車両でも今後追設の動きが出て来るのか否か気になる所です。

乗車した際の感想としては、座席が従来通りという事もあり、居住性に関しては従来のEXEと大差なく、経年に伴う更新に併せてイメージチェンジ、こだわりのデザイナーが関与するVSE以降の車両に雰囲気を近づけたと感じたものでした。

座席のリクライニング角度が相変わらず浅めである事などは、長時間乗車だと難あるかと思いますが、列車の乗車時間や用途、特急料金の設定額などを考慮すると合格点なのでは…と感じたものでした。

ただ今日優等用車両では標準装備になりつつある電源コンセントが未設置である事と、VSEや最近の一般車両で装備されているLCDモニターによる情報案内装置が備えられていないのは難点と感じ、この2点は今後改善される事を願いたいと感じたものでした。
(電源コンセントはリニューアル第2編成以降で設置予定、今月稼働開始した編成での追設が実施されるか否かも気になる所です)

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岩手県北自動車「106急行」~盛岡と宮古を結ぶ基幹路線

2017-02-26 | バス[東北]

先月MAKIKYUが三陸沿岸一帯へ足を運ぶ機会があり、その際にはJR在来線の普通列車(快速含む)が乗り放題となる格安乗車券・青春18きっぷを利用したものでした。

この乗車券を利用して岩手県の内陸部に位置する県都・盛岡市と、三陸沿岸北部の基幹都市・宮古市の間を移動する場合は、平時ならJR山田線を利用する事になり、MAKIKYUは随分前に盛岡→宮古を山田線普通列車で移動した事もあります。

しかしながら両市間の途中は険しい山間で沿線人口も限られている上に、両市間は都市間バスが頻発している事から、列車本数は指の数も…という状況となっており、レールファンや青春18きっぷユーザー、首都圏や仙台など~盛岡間を東北新幹線利用で宮古方面との間を往来する需要を除くと、公共交通機関で両市内を移動するのは至便な都市間バスが主流となっています。

また現在JR山田線は土砂災害の影響で上米内~川内間で運転見合わせ(他に津波被災区間の宮古~釜石間も不通)となっており、上米内~川内間では代行輸送も実施していませんが、その代わりに盛岡市内を除くと大半の区間で並行する都市間バスへの振替輸送を実施しています。

この都市間バスは国道106号線を運行し、盛岡・宮古両市内の市街地では一部停留所のみ停車の急行運転を行う事もあって「106急行」と呼ばれており、岩手県北自動車(県北バス)の基幹路線となっています。

MAKIKYUが先月盛岡→宮古を移動する際には、JR盛岡駅窓口で青春18きっぷを提示→106急行バス振替乗車証交付を申請し、この振替乗車証で106急行バスに乗車したものでした。


106急行バス振替乗車票は定期券サイズ、首都圏の輸送障害発生時などによく発券される白無地のエドモンソン券サイズに比べるとサイズが大きく、緑色でJR地紋入りになっているなど、振替乗車証にしては結構高級な印象を受けたものでした。

ちなみに106急行バスは整理券方式(運賃後払い)による全車自由席制での運行、バスカード(以前は岩手県交通との共通カードでしたが、現在は自社単独となっています)での運賃支払いも可能となっています。

市内利用不可としている路線も多い高速バスなどとは異なり、停車各停留所間なら乗降停留所制限はありません(盛岡駅~盛岡BC間でも乗車可能です)が、全線一般道路を運行する路線ながら片道約100㎞・所要2時間強を要する事もあり、高速バスと同等のリクライニングシート車が充当されます。


ただ途中で1回トイレ休憩を設定している事もあり、基本的にはトイレなし車両による運行となっており、活躍車両もトイレ付車両での運行が案内されている特定便(3往復)と「バスものバス(貨客混載車両)」での運行便を除くと、県北バスで活躍する新旧様々な車両が充当されます。
(写真は途中の区界付近ですれ違った盛岡行の106急行バスです)


県北バスは元々日野と日産ディーゼルの2メーカーを導入していた事業者という事もあり、一般路線をはじめ都市間バスでもこの2メーカーの比率が高く、MAKIKYUは新型セレガ(写真は宮古からやって来た盛岡駅終着の106急行バスです)が充当されればアタリかな…と感じていました。


この様な路線ですので、盛岡駅で106急行バスを待っている際も、どの車種がやって来るのか非常に気になっていましたが、乗車便に充当されたのは三菱製の新鋭エアロエース、個人的には想定外の大アタリ。


この車種が106急行で複数活躍する姿を見ると、県北バスも随分変わったな…と感じたもので、このエアロエースもトイレなしなのは少々残念な所ですが、充電用コンセントも装備している辺りは新鋭車両ならではと感じたものでした。


乗車時間が長く盛岡・宮古両市内間を乗り通す乗客が多い事もあってか、運賃箱脇に乗客が自由に読める新聞が置かれているのも特徴的と感じたものでした。

また106急行バスは山田線が旧国鉄だった頃から運行、永年の実績を誇る路線で、旺盛な利用がある事から、時間帯によっては積み残しが発生する事もあります。

MAKIKYUが乗車した便は、盛岡駅出発時に乗務員が無線で「乗車人数26名」と営業所に伝達しており、途中停留所で数名乗車が加わっても盛岡市内で降車する乗客も居た事から、満席にはならない状況でしたが、乗車翌日に宮古駅を発車する盛岡行の106急行バスでは定員超過で積残客が発生していました。


しかしながら永年の実績を誇る路線だけあり、定員超過となる盛岡行106急行バスの発車前に「106急行 盛岡行」の紙を掲出した岩手県北観光の車両が増便として宮古駅前に出没、このバスが定期便に乗り切れなかった乗客を乗せ、定刻の5分後に盛岡へ向けて出発する姿も目撃しています。

概ね毎時1本(時間帯によっては2本)という高頻度や、盛岡市内では盛岡駅だけでなく県庁前や盛岡BCなども経由する中心部へのアクセス性、古くから冷房付リクライニングシート車による運行で、JR山田線と大差ない運賃設定などに加え、旺盛な需要に応えるための増便体制も確立している事も106急行バスの強みと感じたものでした。

これに対しJR山田線は、MAKIKYUが今世紀に入ってから乗車した際には手動ドアで冷房装置もない車両に乗車した事を踏まえれば、現在のキハ110系列は半自動押しボタン式ドア・冷房装置完備であるなど、車両面では大幅に進化していますが、それでも化粧室の存在と新幹線接続の定時性を除くと、かなり苦しいのでは…と感じたものでした。

また106急行バスへの振替乗車は、盛岡駅窓口で確認した限りでは、JR山田線列車の運行時刻に近接した便だけでなく、振替乗車票の発行当日中ならば、106急行バスの任意便に乗車できるとの事でした。

JR山田線・上米内~川内間の復旧見込みもまだ暫く先ですので、今春や今夏の青春18きっぷ設定期間は、青春18きっぷでの盛岡~宮古間の移動が平時よりも便利なのでは…と感じるのは皮肉な限りです。


106急行バスで盛岡駅~宮古駅間を移動するだけでも片道2000円強(実質価格はバスカード利用+差額現金払いで1800円強)を要しますので、青春18きっぷ設定期間に首都圏~宮古の移動で、東京駅や大宮駅など~盛岡駅間で東北新幹線を利用する場合でも、利用区間次第では新幹線乗車駅までのJR在来線+106急行バス振替乗車でオトクになる事例も多数出て来るのでは…と感じたものですが、この様な使い方を考えている人物がどれだけいるのかも気になる所です。

ただネット上の経路検索で首都圏各地~宮古間を検索すると、不通となっているJR山田線・上米内~川内間を経由する時刻や運賃は算出されず、最初から106急行バス利用で案内されますので、事情通でなければ振替乗車自体を思い付かないかもしれませんが…

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寝台列車関連記事へのリンク掲載

2017-02-23 | Weblog
お題「寝台列車に乗ったことある?」に参加中!

gooブログのお題参加キャンペーン、既にMAKIKYUも気になった内容に関して取り上げた記事を公開していますが、最近お題参加キャンペーンの項目を見ていたら「寝台列車に乗ったことある?」というお題がありました。

MAKIKYUは幾つかの寝台列車に乗車した際、その様子などを取り上げたブログ記事も公開していますので、日頃「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方であれば、答えは当然「Yes」である事が容易に想像できると思います。

日本国内で乗車した事がある現存寝台列車は、現存するサンライズ瀬戸/出雲号(東京~高松/出雲市)のB寝台1人用個室「ソロ」に1度乗車した程度ですが、お題キャンペーンから「MAKIKYUのページ」へ初めてアクセスされた方も居られるかと思いますので、今までに取り上げた寝台列車関連の記事へのリンクを掲載致します。

日本国内の廃止された寝台列車で、乗車した事がある列車に関して取り上げたブログ記事は以下の通りです。
(サンライズ瀬戸/出雲号に関しては、ブログ記事は未作成です)

 
北斗星(上野~札幌)
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20111111

あけぼの(上野~青森:秋田経由)
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20090623
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20090627
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20090629

はやぶさ/富士(東京~熊本/大分:晩年の運行区間)
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20071220
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20071226
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20080103
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20080105
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20080110


 
現在注目されているクルーズトレインも、お題参加キャンペーンのイラストとして用いられているJR九州・ななつ星(九州内各地周遊)は乗車した事はないものの、姿を見た事は何度かあり、大分駅で停車中の姿を取り上げたブログ記事も公開済です。
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20131217

はやぶさ/富士の列車廃止後、使用車両の一部が払い下げられて宿泊施設として現在営業中、熊本県あさぎり町のくま川鉄道・多良木駅前に位置する「ブルートレインたらぎ」も宿泊した事があります。


また日本国内以外に韓国と中国でも寝台列車に乗車した事があり、韓国は国土が小さい事もあって一部列車に1両連結されていたのみ、これも残念ながら現在廃止され定期列車での寝台車は存在しない状況です。

営業を行っていた頃に一度だけ乗車した事があり、これまた近年営業廃止となった食堂車と同様に、今となっては貴重な体験だったと感じています。

中国では大陸本土は国土が広大な事もあり、今日でも国内各地で無数の寝台列車が運行、その中には車中で2泊以上となる列車も多数存在し、日本では実現しなかった寝台新幹線も実現しています。

寝台列車の大半で食堂車営業も行われているなど、今日の日本では不可能な列車旅が楽しめるのも魅力で、MAKIKYUは昼行利用2回を含め11回乗車しています。

その一部は乗車記もブログ記事公開済で、公開記事は以下の通りです。
(列車番号は乗車した時のもの・また区間の( )は一部区間のみ乗車した列車の未乗区間です)


1453次・北京→南昌
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20070422

K284/1次・成都→上海(寝台列車乗車の最長記録列車)
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060902
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060903

8676次・重慶→重慶南(寝台列車乗車の最短記録列車)
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060827

K202/3次・広州→重慶
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060825
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060826

T179次・(済南→)武昌→広州
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060818

K269次・北京西→鄭州(→洛陽)
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060816


MAKIKYUは寝台新幹線に乗車した事はなく全て客車列車、全車寝台の直達特快で軟臥(2段寝台:設備的には日本の開放室2段B寝台と同レベルですが、格付けとしてはA寝台レベル)に1回乗車した他は、座席車と寝台車の混成編成で運行している列車(特快・快速・普快・普慢)の硬臥(3段寝台:設備的には現在博物館入りしている20系客車3段寝台と同レベル)で、30時間以上の乗車も2回あります。

高速鉄道の相次ぐ開業などで以前よりは列車設定も減少しているものの、動車組列車が多数運行している都市間では以前とは比べ物にならない程火車票(乗車券)購入も容易になった感があり、中国への入国後乗車前日に快速列車の硬臥火車票を購入、購入時点で硬臥残席数が100以上という事もありました。

日本では懐かしの存在として語られる事が多い寝台列車も、中国では長距離移動の足として今でも多くの人民(中国居民)や外国人旅行者に利用されています。

その際は設備的には軟臥よりは設備的に劣るものの、料金設定も手頃で発売席数も多い硬臥で乗り合わせた人民と漢字で筆談、食堂車利用や食堂車内で調製された車販弁当を食べながら、何処までも続く広大な大地を眺め…というのが理想、また中国へ足を運ぶ機会があれば是非乗車したいと感じています。

寝台列車が激減した日本国内においては、現存するサンライズ瀬戸/出雲に再び乗車機会があるか否か、後は寝台客車の廃車車両を活用した宿泊施設をまた利用するかどうか…といったレベルで、交通機関内で宿泊となると筆頭候補は長距離フェリーの寝台になってしまうのは残念な限りですが…

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JR東日本・E235系電車~山手線で活躍する最新型車両に遭遇

2017-02-20 | 鉄道[首都圏・JR]

昨日MAKIKYUは所用で東京都内へ足を運ぶ機会があり、その際に神田駅からJR山手線で南下するために外回り電車に乗車しようとしたら、聴き慣れない音が聞こえ少々違和感を感じたものでした。

そして改札からホームに上がると、丁度山手線外回り電車の扉が閉まり出発、この電車が聴き慣れない音の主で、昨春山手線で本格運行を開始した最新型車両・E235系でした。
(一応2015年末に運行開始していますが、初期不良ですぐに長期運用離脱していますので、実質的に運行開始したのは昨春と言っても過言ではないと思います)

山手線は1周約1時間の環状運転を行っており、神田駅で1周した後の電車を待つとなると次は1時間後になってしまいます。

しかしながら田端~品川間は京浜東北線も並行しており、品川を除く各駅では両線のホームも隣接、また昨日E235系が出発した時間は京浜東北線が快速運転を実施しており、丁度南行快速列車の入線案内放送も流れる状況でしたので、この快速電車に乗車して山手線電車を追いかけたものでした。

京浜東北線快速は神田を出ると次の停車駅は東京、その後の停車駅は有楽町と新橋の両駅を通過して浜松町ですので、東京駅では乗車した快速列車の入線時に丁度発車する姿を見送る状況だったものの、新橋通過時に隣ホームに入線するE235系を追い抜く事に。


浜松町で京浜東北線快速を下車、すると快速が出発した直後に降りたホームの向かいにE235系が入線し、本格営業開始から1年近く経過してようやく遭遇する機会が巡ってきましたが、未だに1編成しか稼働していない事もあってか注目度も高く、ホームでカメラを構える先客の姿も複数見かける状況でした。


このE235系はドット調のグラデーション配色が大きな特徴、前面塗装をはじめフルカラーとなった行先表示や車内に至るまで至る所に見受けられ、かなり奇抜で好みが分かれそうなデザインと感じたものです。

  
車内に足を踏み入れるとドット調の配色以外にも、山手線のラインカラー・黄緑色のつり革をはじめ、一部が半透明となった座席脇の袖仕切りなどが大きな特徴と感じ、LCDモニターによるデジタルサイネージを多用しているのも、最新型車両ならではと感じたものでした。


ただ最新鋭車両らしい装備も多いものの、近年一般化しつつあるLCDモニターによる各種案内表示は未だに2か国語(日本語・英語)のみとなっており、近隣諸国から東京を訪問する外国人旅行者の利用も多い基幹路線という事も考慮すると、この点は今後改善余地が大いにあると感じたものでした。

またE235系は営業開始当初の初期不良は解決した事で運用復帰、そして今後増備される事になると見込まれますが、山手線以外の路線にも導入される事があるのか否か、その際には山手線のラインカラー・黄緑を用いたつり革や座席モケットなどが、各線のラインカラーに合わせて変えていくのか否かも気になったものでした。

首都圏の大規模鉄道事業者でも、東京メトロは路線毎に特色を打ち出した車両を走らせる傾向が強い一方、JR東日本は金太郎飴状態でどの路線に乗車しても似た様な車両ばかりという雰囲気が強い状況と感じていますので…

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最後の活躍をする東京メトロ01系に遭遇~次に乗車する機会は…

2017-02-16 | 鉄道[首都圏・私鉄等]

数日前MAKIKYUは所用で東京都内へ出向き、その際には東京メトロ銀座線に乗車する機会がありました。

銀座線は都内どころか東洋初の地下鉄と言われ歴史は古く、設備面では今でも戦前に開業した路線ならではの雰囲気が感じられる所も少なくない路線です。

車両は幾度も代替され、現在主力となっている1000系電車は最新型ながらも、敢えて昔の車両を連想させる雰囲気を取り入れたレトロ調車両になっているのも大きな特徴です。

現在主力となっている1000系導入前の主力車両は01系、この車両もサービス水準は決して悪いものではなく、車齢も昭和末期~平成初期にかけての導入ですので、その気になればまだ使う事が…という印象ですが、第3軌条方式集電の小型車両という特殊規格という事も災いし、大半の車両は1000系への代替で廃車解体となっています。

ただ一部車両は6→2両編成に短縮、架線集電方式への改造という銀座線先代車両の一部でも実施された異色の改造を施行、台車や電装品などは別物を新調して新天地・熊本電気鉄道で第2の活躍をしています。

熊本では渋谷駅前で保存されている車両と同型の旧型車両(東急旧5000系)を、渋谷を走っていた電車で代替しているものの、旧型車両も旅客営業からは離脱したものの体験運転などで活躍、今も姿を留めています。

そのため現在は渋谷と北熊本という遠く離れた2つの土地で、01系と東急旧5000系双方の姿を見る事が出来ますが、01系は銀座線では来月退役が発表されており、渋谷で姿を見る事が出来る期間はあと僅かになっています。


少し前まで銀座線を利用すれば01系は嫌でも当たる車両でしたが、現在銀座線では狙ってもなかなか遭遇しない状況、これに加えて熊本に移籍した車両にも施されている熊本県のゆるキャラ「くまモン」がデザインされた姿になっている事もあり、今日存在が非常に際立つ車両になっています。

MAKIKYUは渋谷へ向かう際、神保町から半蔵門線でそのまま移動するよりも、表参道駅で銀座線に乗り換えた方が、下車後の移動が楽という理由でたまたま銀座線乗換を選択した際に偶然01系に遭遇、狙って乗車した訳でもないのに随分な大物が…と感じたものです。


渋谷到着後も所用先へ移動するまでに時間の余裕もあった事から、一旦引上線に入った後に反対ホームへ入線した列車の姿も撮影したものでした。

銀座線は時折利用する機会もあるものの、稼働編成数と利用頻度を考慮すると、恐らく来月の退役までに再び銀座線で01系に乗車する可能性は低く、渋谷駅を発着する01系の姿を見るのは最後かも…と感じたものでした。

ただ01系は銀座線での活躍はあと僅かながら、その気になれば新幹線などで比較的容易に足を運べる熊本で乗車できるのは幸いで、機会があれば新天地・熊本に活躍舞台を移し、第2の活躍をしている01系にも是非乗車したいと感じたものでした。
(東京メトロの車両は近年代替進捗が早く譲渡車両も多数発生、その中には第2の活躍舞台がインドネシア・ジャカルタなど、遥か彼方という車両も多数存在しており、これは彼の地へ足を運ぶ道程を考えただけでも気が遠くなる状況ですが…)

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三陸鉄道 36-105号~新型車両と共に南リアス線で活躍する「奇跡の車両」

2017-02-14 | 鉄道[東北]

先日「MAKIKYUのページ」では三陸鉄道・南リアス線の復旧に併せて導入された新型気動車・36-700形(後に北リアス線にも導入)に関して取り上げましたが、先月MAKIKYUが三陸鉄道に乗車した際には、この車両以外に開業当初から活躍する一般車両・36-100形にも乗車しています。

36-100形はほぼ同型の36-200形も含め、三陸鉄道発足時に纏まった数が導入された一般型気動車で、導入から30年以上が経過していますので、意外と新しい鉄道と言う印象がある三陸鉄道の自社発注車両ながらも、既に古参格の部類に入ります。

転覆事故や運用車両数削減による廃車、リクライニングシート(現在は全廃)やお座席車両への改造なども存在していますので、様々なバリエーションが存在し、現在も普通列車で運用される車両は冷房装置取付や機関換装などの大規模な改造が施されています。

また南リアス線では車両基地が位置する盛駅構内も浸水し、留置中の車両も損壊こそ免れたものの、車両基地内に留置されていた36-100形と36-200形も使用不能となり廃車されています。

そのため東日本大震災後も南リアス線で活躍する36-100形は、東日本大震災の本震発生時に吉浜~唐丹間を走行中だった36-105号車1両だけで、この車両は幸いにもトンネル内で緊急停止、車両自体も損傷なく乗客乗員も無事だった事から「奇跡の車両」とも呼ばれています。


震災から2年強の間は、南リアス線は全線運休が続いていた事もあり、震災から数か月後に緊急停止したトンネル内から吉浜駅に移動、MAKIKYUは同駅に留置されていた頃に36-105号の姿を見た事もありますが、南リアス線の一部区間運転再開と共に運用復帰、今日では新型車両と共に南リアス線で活躍しています。

現在南リアス線で活躍する新型気動車(36-700形)3両は、ブレーキが電気指令式となっており、他に1両在籍するレトロ調気動車も同様ですので、36-105号車はこれらとの連結が不可能な事もあり、稼働率は低めとなっている様ですが、MAKIKYUが南リアス線に乗車した日は丁度昼間の運用に充当されていました。


36-105号は南リアス線運行再開時、チョコレート菓子・キットカットのラッピングを施した「キット、ずっと2号」として運用され、その後ラッピング契約期間満了に伴い「キット、ずっと2号」の運行を終了、その後大手スーパー・AEONグループのラッピングを施した「WAON号」として運行され、現在に至っています。

MAKIKYUが南リアス線に乗車の際は、恐らく新型車両(36-700形)での運行だろうと推測し、回数券(金券式無期限)を用意していたのですが、予想に反しWAON号が運用、そしてその後の列車は盛で車両交換して新型車両で運用との情報を三陸鉄道の方から頂いた事もあり、急遽予定を変更し土休日用の南リアス線1日フリー乗車券を購入、新旧2形式を乗り比べたものでした。


写真が1日フリー乗車券と車内発券の整理券(共に日付部分は塗消加工)で、フリー乗車券は主力の新型車両がうっすらとデザインされたデザイン、また整理券(新旧両車共同一様式)は典型的な感熱紙ながらも、「笑顔をつなぐ、ずっと…。」という文言入りなのは印象的でした。


また現在AEON号として活躍している36-105号車は、車内設備もリクライニングシートやお座敷などの特別仕様ではないものの、ボックス席は導入当初とは異なる座席に取り換えられ、ボックス席の数がかなり多くなっているのも大きな特徴となっています。

MAKIKYUが南リアス線に乗車した日は、出発地が宮古(釜石までは路線バス乗継)で、宮古出発前に少し時間が空いた事もあり、一部区間だけながらも北リアス線にも乗車、こちらでも36-100形に乗車しています。

 
登場当時の面影も色濃く、装いも三陸鉄道登場時から続く標準塗装の36-100形と、南リアス線で唯一現存する36-100形となっている105号車・WAON号では装いだけでなく客室設備の際なども実感する事ができ、興味のある方は両者の画像を見比べて頂けたら…と思います。

また三陸方面は現在鉄道が不通でバスによる振替輸送や仮復旧となっている区間も多く存在しており、こちらも幾つか乗車機会がありましたので、近日中に追って取り上げたいと思います。

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三陸鉄道 36-700形気動車~南リアス線運転再開に併せて導入された新型気動車

2017-02-12 | 鉄道[東北]

先月MAKIKYUが東北へ足を運んだ際には、仙台圏で活躍を始めたばかりのJR東日本の一般型電車や、同系も運用される常磐線の内陸移設復旧区間乗車だけでなく、もう少し北へ足を延ばし三陸鉄道にも乗車したものでした。

三陸鉄道は現在北リアス線と南リアス線の2路線を運行、東日本大震災以来JR山田線・宮古~釜石間の不通が続き、現在2路線は分断状態になっています。
(東日本大震災前はJR山田線を挟み、3路線間を直通運転する列車も走っていました)

MAKIKYUは震災後に一度、津波による甚大な被害を被った三陸沿岸へ足を運んだ際は、北リアス線は島越(Shimanokoshi)駅周辺を除いて復旧していたものの、南リアス線は全線不通状態で代わりに運行していた路線バス(釜石~盛(Sakari):岩手県交通)も便数が極めて少なく、現在はBRTとして運行しているJR大船渡線・気仙沼~盛間も不通状態で路線バスの便数も極めて少ない状態であるなど、公共交通機関を利用して岩手県南部沿岸を移動するのは非常に不便な状況でした。

震災から6年以上が経過した今日でも、被災地はまだ復興したとは言えない状況の都市も多く、東日本大震災の凄まじさを改めて実感させられますが、今年初頭に足を運んだ際には以前に比べると被災各都市や被災地域の交通網なども、状況は随分改善されています。

その中でも釜石・大船渡両市間を走る三陸鉄道・南リアス線は、全線不通が2年以上続き2013年に一部区間(盛~吉浜)が運転再開、残る吉浜~釜石間も2014年に運転再開となり、震災から3年強で全線鉄路復旧を果たしています。

この南リアス線は建設・開業から比較的日が浅い路線と言う事もあり、不通やBRT仮復旧となっている三陸沿岸のJR線に比べると、設備面での被害が小さく済んだ(それでも結構な被害ですが…)のは幸いだったものの、南リアス線の車両基地は今日に至るまで盛駅に隣接した箇所に設けられています。

ここは海からも近く標高も低い所だった事も災いし、車両基地内に留置されていた各車両も損壊は免れたものの、浸水して使用不能となり、大地震発生時に営業運行中→トンネル内で緊急停止した1両を除き、残念ながら廃車となっています。

そのため南リアス線運転再開時には、36-700形と呼ばれる新形式の気動車が導入され、現在の南リアス線における主力車両となっていますが、足を運ぶ機会も少ない土地という事もあり、MAKIKYUが同形への乗車したのは今年ようやく…という状況です。


この36-700形は国内気動車製造では定評ある新潟トランシス製、近年各地の第3セクター鉄道などに導入されている同社製標準車両という事もあり、見た目は白を基調に青と赤の三陸鉄道塗装となっている事を除くと、地方第3セクターの標準的な車両という印象を受けたものです。


中東の産油国として有名なクウェートからの支援を受けて導入した事もあり、車両側面には「クウェート国からの支援に感謝します。」という表記を日本語と英語、そしてMAKIKYUは文字を解読するどころか、書き写す事や何処までが1文字なのかを判別する事すらできないアラビア語の3か国語で記したステッカーが貼られているのが大きな特徴です。
(英語以外の外国語でも「쿠웨이트국으로부터의 지원에 감사합니다.」や「感谢来自科威特的支援。」などの表記なら、書き写す位は何とかなりますが…)


車内に足を踏み入れると、こちらも座席形状などは標準的な仕様ながらも、近年第3セクター鉄道向けに導入される新潟トランシス製標準仕様気動車は簡素な雰囲気の車両も多い中で、木目を用いた化粧板やフローリング風の床材などは温かみが感じられ、豪華ではないものの標準仕様気動車の中では見栄えがする部類などでは…と感じたものです。

 
座席配置も1両ワンマン運転が主体の一般車両と言う事もあり、地方ローカル線区で活躍する一般車両としては標準的なセミクロスシートですが、旅客数がさほど多くない上に観光で利用する客層が一定数・割合で乗車する事も考慮してか、ロングシートは車椅子トイレ付近に若干設定されている程度、トイレと逆側は出入口直後の座席もクロスシートになっているなど、ボックス席の比率がかなり高くなっているのが大きな特徴です。

元々経営状況が芳しいとは言い難い中で、公的支援なども大きく作用したとは言えども、南リアス線が全線鉄路復旧となっただけでも驚異的な事とすら感じる中で、標準仕様気動車を上手くカスタマイズして結構意欲的な車両を導入したな…と感じたものです。

またこの車両は南リアス線に3両導入された後、乗車機会はなかったものの、北リアス線でも既存車両代替用に導入されています。

今後予定されているJR山田線の震災不通区間(宮古~釜石)の三陸鉄道移管復旧後には、主力として活躍し更に増備される事も見込まれますが、現行仕様のまま増備となるのか、仕様変更などが行われるようになるのかも気になる所です。

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JR常磐線・福島~宮城県境界の内陸移設区間に乗車

2017-02-07 | 鉄道[東北]

先月MAKIKYUは東北へ足を運ぶ機会があり、先日「MAKIKYUのページ」でも仙台地区のJR電化各線(仙石線を除く)で稼働開始した新型車両・E7211000番台に関して取り上げましたが、同系には東北本線と常磐線で乗車機会がありました。

常磐線は12月の仙台地区ダイヤ改正に併せ、東日本大震災以来不通が続いていた福島~宮城県境の相馬~浜吉田間が運転再開、MAKIKYUは先月この区間に乗車する機会もありましたので、この復旧区間の様子を取り上げたいと思います。
(
ちなみにMAKIKYUは上り電車(仙台発原ノ町行)で最後尾車両に乗車した事もあり、写真は全て最後尾から撮影したものとなります)

運転再開区間の北端は浜吉田駅、震災以降の一部区間運転時には浜吉田駅発着の列車も多数設定されていましたが、福島~宮城県境区間の復旧と共に浜吉田駅発着の列車は全て廃止となっています。

  
同駅を出発して少し南へ進むと、線路が内陸側にカーブしており、ここからが内陸移設でルート変更となった復旧区間で、今まで線路が通っていなかった所に新たに線路を敷設したものの、地上区間には何ヶ所かの踏切も見受けられたものでした。


一部区間は高架線となっており、新規開業線区を思わせる雰囲気はやはり内陸移設でルート変更した仙石線の野蒜周辺に通ずるものがありますが、内陸移設区間に移転した新たな山下駅も高架駅となっています。


山下駅は震災前に仙台~山下間の折り返し列車も設定されており、12月のダイヤ改正でも再び仙台~山下間の区間列車が設定されていますが、駅設備は旧国鉄の典型とも言える震災前の23線→島式ホーム12線に縮小されており、ホーム長も6両分程度であるなど、随分コンパクトな駅になっています。


駅周辺も三陸方面などに比べればまだマシな状況とは言えども、まだまだ復興事業進行中という雰囲気が強く感じられたものでした。

 
山下~坂元間では内陸移設に伴い、丘陵をトンネルで突き抜ける区間も存在しているのが特徴で、内陸移設区間に移転した坂元駅も山下駅と同様に高架駅となっています


新たな坂元駅は11線の棒線駅、震災前と異なり交換設備のない駅になっており、現在常磐線で列車運行を行っている単線区間においては、唯一列車行き違いの出来ない駅になっているのが大きな特徴で、山下駅以上にコンパクトな駅になったと感じたものでした。


坂元~新地間は宮城~福島の県境を超える区間にもなりますが、この区間では掘割となっている箇所も多数存在し、ここでも内陸移設の新ルートながら踏切も何ヶ所か見受けられたものでした。

新地駅は東日本大震災の大地震直後に発生した大津波で甚大な被害を受け、駅設備と共に停車中のE721系電車(トップナンバー編成を含む4両編成)が激しく損傷、その様子がニュース記事などでも盛んに報じられた事でも有名になった所です。


移転した新たな新地駅も、内陸移設区間では唯一の地上駅となっており、配線は相対式22線、先の2駅と同様にホーム長さは6両分程度と、震災前に比べるとコンパクトな駅になっています。


新地駅を出て暫くすると震災前のルートに合流、駒ヶ嶺駅は震災前と大差ない状況ですが、相馬地区の仮復旧時(原ノ町~相馬間で列車運行)は代行バスルートの関係などで列車発着が5年以上の長期に渡って見合わせとなっていた駅で、先月列車運行再開となった常磐線4駅の中でも、内陸移設で新装移転した3駅とは随分様相が異なっています。

駒ヶ嶺を出ると次は相馬、以南原ノ町までは一時期部分運行となっていた区間で、仙台~原ノ町間の直通列車運行再開で代行バスとの乗継時よりも利便性が格段に向上したと感じ、未曽有の大災害となった東日本大震災からの復興はまだまだながらも、少しずつ進行している事を実感したものでした。

MAKIKYU
は原ノ町到着後、更に南下して常磐線列車に小高駅まで乗車、MAKIKYUが震災後この区間に乗車するのは初めてでした。


こちらは相馬~浜吉田間運転再開前の原ノ町~相馬間区間運転時にも用いられていた7012両編成(編成番号は別)でしたが、LEDによる行先表示でも「小高」の行先がきちんと表示されており、輸送力的にはワンマン運転でも差支えなさそうな区間ながらも、車掌乗務によるツーマン運行となっていました。
(
震災前の原ノ町以南を走る普通列車は、一部ワンマン運転になっていました)

  
現在列車運行が南北に分断された状況になっているJR常磐線、常磐北線の南端と言っても過言ではない状況になっている小高駅は、中線に2両分だけの仮ホームが設けられており、如何にも暫定運行中といった雰囲気が感じられたものでした。


小高駅からは現在常磐南線の北端駅と言っても過言ではない竜田駅まで代行バスに乗車、MAKIKYUがこの区間の代行バスに乗車するのは2回目です。

以前乗車した際は竜田駅~原ノ町駅間がノンストップ運行でしたが、小高~原ノ町間の列車運行が再開してからは、小高駅も停車する様に改められ、小高駅に停車する様になってからの代行バス乗車は初めてでした。
(
小高~原ノ町間にある磐城太田駅は、代行バスは未経由)


以前竜田駅~原ノ町駅間の代行バスに乗車した際は、JRバスで使用していた高速車両が、塗装もそのままで浜通り交通に譲渡された車両でしたが、先日乗車した際は運行事業者こそ前回と同じ浜通り交通ながらも、新型観光車による運行となっていました。


この代行バスはガイド付きのツーマン運行でトイレ付車両による運行となっており、車内には放射線量を示すモニターも装備されているなど、運行地域の特殊性が強く感じられ、津波被災地とはまた異なる震災の爪痕が未だに色濃く残っており、常磐線の南北分断状況が解消し、再び鉄路が繋がる様になるのはまだまだ先だな…と感じたものでした。

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小田急1096Fに遭遇~稼働開始したばかりの10両固定化改造編成

2017-02-01 | 小田急グループ

小田急線では近年、下回り換装を伴った一般車両1000形の大規模な更新工事が進行しており、日頃小田急線に乗車機会のある方は、1000形更新車に乗車する機会もしばしばかと思います。

MAKIKYUも時々この1000形更新車に遭遇、更新工事の進行に伴い今後遭遇率も高くなると思いますが、1000形は4両編成で製造された車両が過半数を占めている事もあり、この更新工事施行車両は急行系列車(快速急行・準急含む)の新宿方4両に連結されている事が多くなっています。

また1000形は当初4両編成と6両編成で製造され、その後8両固定編成と10両固定編成が登場、後者の方が経年もやや浅いのが大きな特徴です。

8両固定編成と10両固定編成で登場した車両は、ドアチャイムやドア上LED文字案内装置、自動放送装置を装備しているなどの差異もありますので、現段階での更新工事施行車両は4両編成と6両編成(ワイドドア車を除く)のみとなっています。

6両編成の更新施行車は昨年第1陣が営業開始となり、MAKIKYUも既に昨年乗車していますが、6両のまま更新を施行して運用しているのではなく、4両編成と組み合わせて6・7号車の運転台を撤去して中間車化、現在の運用実態に合わせ10両固定編成に改めているのが大きな特徴です。

この10両固定編成化された編成は、10両固定編成化に併せて車両番号も改番しており、新宿方先頭車が既存10両固定編成(1091~1094)の続番で1095番、そして他の車両も1000~1400番台の末尾45・95に改められています。
(新宿方先頭車の番号にちなみ、1095Fと呼ばれる事も多いです)

そしてこの更新改造第2陣・1096Fとなった編成は、今年夏頃には既に6両分の更新工事施行が完了、編成番号を隠した状態で相模大野の車両基地内に留置されているのを確認しており、何時営業運転に入るのだろうか…と気になっていました。


そして先月末に10両で営業開始、所用で小田急沿線に出向いた際に稼働開始したばかりの1096Fに偶然遭遇し、捕獲は結構苦労するかも…と思っていただけに、あっさりと遭遇したのはビックリでした。


更新工事の施工内容自体は、先に登場した1095Fと同一と思われ、6・7号車の中間車化改造を行った箇所が、如何にも改造車という雰囲気なのは相変わらずです。


特に中間車化改造に伴って新たに設置した客窓は、形状が他の客窓と異なるだけでなく、窓枠もピンク色で他形式との部品共用を狙ったのが一目瞭然と言う雰囲気ですので、ここはもう一工夫あれば…とも感じたものです。
(窓枠の色がピンク色ではなくアイボリーになるだけでも、違和感は小さくなる気がします)

ただ内装などは近年の首都圏一般車両の中ではかなり上等な部類、走行時の静粛性なども優れている車両と感じていますので、今後1000形の更新施行車両増大に期待したいと感じ、来春の複々線化事業完成と併せ、今後小田急線が更に良い路線になれば…とも感じたものでした。

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お題参加キャンペーン「公衆電話使ったことある?」~使う機会は少なくなったもののないと困る存在

2017-01-31 | Weblog
お題「公衆電話使ったことある?」に参加中!

gooブログのお題参加キャンペーン、時折気になるお題が出題され、MAKIKYUも何度か記事投稿しています。

そして今日取り上げるお題は「公衆電話使ったことある?」というタイトルですが、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方は如何でしょうか?

MAKIKYUは「Yes」、テレホンカードも常に持ち歩いている状況ですが、最近は携帯電話の普及で公衆電話の数も減少しています。

出先でも目の前に公衆電話がある所で電話する際には、公衆電話から通話する事が大半ですが、携帯電話を所持しているとわざわざ公衆電話から通話するのは…という方も中には居られるかと思います。

MAKIKYUも一応緊急連絡目的などで携帯電話を所持しており、通話受信目的に加え、出先で目の前に公衆電話が見当たらない時などに使う事もしばしばですが、最小限の機能のみを備えた廉価な機種・契約と言う事もあり、海外ローミングなど高度な機能は備えていません。

そのため韓国など海外へ足を運んだ際、現地の知人と連絡を取る際にも、公衆電話は重宝していますが、韓国では日本以上に公衆電話の撤去が進んでおり、列車駅構内やその周辺でも、公衆電話を探すだけで一苦労と感じる事もしばしばです。


ただ公衆電話はT-moneyなどの交通カードが使える機種(写真)が多数設置されているのは有難く、日本の公衆電話でPASMOやICOCAなどの全国交通系ICカードが通用しない事を踏まえると、この点は評価できると感じています。

また韓国で公衆電話を使用する際は、電話の呼出音も日本でお馴染みの呼出音とは異なり、玄界灘を超えただけでも異国に居る事を通話でも実感するものですが、今後も訪韓時には利用機会があると思いますので、外国人の利用が多い主要駅などでは一定数の公衆電話を存置して頂ければ…と感じています。

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JR東日本 E721系1000番台車~4両固定編成で登場した増備車両

2017-01-26 | 鉄道[東北]

東日本大震災の大津波で被災したJR常磐線の福島~宮城県境を挟む区間(相馬~浜吉田)は、震災から5年半以上不通が続き、仙台~相馬周辺の移動は非常に不便な状況が続いていましたが、昨年末に一部区間の軌道を内陸に移設して復旧開業しており、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方の中には、ご存知の方も多いと思います。

未曽有の大災害となった東日本大震災は、被災地域特に大津波で甚大な被害を被った太平洋沿岸各地の復興はまだまだの感がありますが、常磐線相馬~浜吉田間の復旧は、震災復興が少しづつ進んでいる事を実感させられる出来事の一つと感じています。

この常磐線復旧による車両運用増と老朽車両淘汰を兼ね、JR東日本では震災以前に仙台地区向けに大量導入された近郊型電車・E721系の増備車が昨年末に大量導入され、今年に入ってから納入される車両も相次ぐ状況になっています。

E721系は仙台空港アクセス線向け車両を含め、既存車両は全て2両編成で製造・導入されており、大抵は複数編成併結して運用(一部2両運行もあり)する事で、運用の柔軟性を持たせていたのが特徴です。

しかしながら4両編成での運行も非常に多い事から、1000番台と付番され昨年末~今年にかけて導入の車両は4両固定編成での導入となっており、MAKIKYUも今年に入ってからこの1000番台車に乗車機会がありました。

 
1000番台ではE721系では初の中間車が大量に登場、この中間車は乗車位置を既存E721系(0番台)2両編成×2編成の運用時とドア位置を合わせており、2~3両目の連結面側の座席数が少なくなっているのが大きな特徴で、これは近年新潟地区で導入が進んでいる新型車両・E129系電車の4両編成と共通します。

 
装いも0番台では緑帯の下に配されている赤帯がピンク帯に代わり、4両固定編成である事が一目瞭然になっていますが、帯色と編成構成を除くと0番台との差異は少なく、両者で設備格差を感じる事は殆どない状況です。
(ただE721系1000番台は0番台だけでなく、701系との併結運行も頻繁に行われており、701系との併連運用だと様々な面で格差が存在します)

 
客ドア付近の写真(左側が1000番台・右側が0番台)を見ても、差異を探すのは間違い探し状態と言っても過言ではないですが、新潟地区のE129系や首都圏で大勢力を築いているE233系などと異なり、E721系では1000番台でも客ドアの内側が化粧板仕上げにならなかったのは少々残念な気がします。

首都圏ではJR・私鉄共にLCDモニターによる多言語情報案内なども当たり前になりつつあり、仙台圏でも開業から1年強の地下鉄東西線では各車両でLCDモニター完備になっている事などを考慮すると、相変わらずの6文字表示1段3色LEDによる文字情報案内もやや見劣りが否めない気もします。

E721系自体が一般車両としての完成度はまずまずと感じる電車で、編成構成以外は極力0番台と仕様を統一する事を意図したのだとすると、個人的評価としてはとりあえず合格点かな…という印象で、登場したばかりのE721系1000番台が常磐線の内陸移設復旧区間を行く写真が報道されているのを見た際には、常磐線の福島~宮城県境区間と沿線地域の復興を象徴するワンシーンとも感じたものでした。

ただ鉄道旅行者からの評価が割合高く、個人的にも比較的好印象の719系電車がこの車両による代替淘汰対象になってしまうのは少々残念とも感じているのですが…

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