森岡 周のブログ

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カトレア用原稿

2009年11月24日 16時14分42秒 | 過去ログ
カトレア用原稿

ヒトから人へ ~身体コミュニケーションが脳をつくる~


古来より用いられているコミュニケーションを表現する言葉の一つで,多くを語らずとも微妙な気持ちや調子が共感し一致することを「あうん(阿吽)の呼吸」と呼びます.これは人間コミュニケーションの根本として考えられていますが,今日「言葉でしかコミュニケーションがとれない」あるいは「相手の気持ちを察することができない」現代人が多くみられるようになってきました.本来の人としてのコミュニケーションが揺らいでいるように感じます.

生物としてのヒトは胎児のうちに五感を形成します.しかし,その五感が統合され記憶されるのは生後です.たとえば,相手の表情を見ただけで何が言いたいかといった心の声が聴こえたりするのも,視覚と聴覚が統合され過去の経験に基づいた記憶からイメージが想起されることでそれを感じ取ることができるからです.これは大脳の連合野(前頭連合野,頭頂連合野,側頭連合野)と呼ばれる領域の発達の賜物です.連合野は五感を結びつけたり,過去の経験と現在進行形の経験を結びつけ相手の気持ちを察したり,自分が今とるべき行動を決断してくれる重要な場所です.ヒトが人らしく生きるための機能を提供する場所であり,生後より徐々に発達を開始させます.したがって,生物としてのヒトが生まれながらに持っている脳機能ではなく,環境によって創られていく機能であり,社会としての人の形成に大きく関与し,人が育てていく領域であると言えます.

乳児には大人のような色彩は感じられておらず,よって,コントラストが強く動くものを好んで見ます.相手の目はその格好のターゲットであり,乳児は何よりも親の顔を見つめます.そして,のぞきこむ親の顔を見つめ返します.やがて今度は,親が見つめるもの(環境)へと視線を移すようになります.これを「共同注意」と言います.つまり,乳幼児は親そのものから「親が興味のあるもの」へと興味の対象を移すようになります.コミュニケーションはこの三項関係から育まれます.「指さし」により注意を共有することがコミュニケーション脳を育むためには重要です.これは生涯育まれます.たとえば,夫婦関係であれば,子どもの進学といった抽象的なものに対しても共同注意するように.

しかし,ただ単に共同注意するだけではコミュニケーションの基盤は形成されません.共同注意を円滑に進めるためには感情の伝達が潤滑油として必要です.それは尊厳や妬みといった認知を伴う高度な感情ではなく,万国共通の感情(喜怒哀楽;情動とも言う)です.感情を表に出すのが恥と思われ,仮面をかぶったように生きている現代社会.相手に共感できるのは,自分がその状況を経験したのではなく,似たような感情を経験したことがあるからです.相手の感情の読み取り,そして自分の感情の形成,この両者に関与している脳の領域が扁桃体です.この扁桃体の機能から,自分が感情豊かであることは,実は相手の感情を読み取るために必須と考えられています.相手と話すということは単に言葉(記号)の伝達ではありません.その間に存在する感情の伝達でもあります.メールの普及で人が直接対話によって関係性を築く場面が減っています.即効的な情報伝達には役立つメールですが,相手と向き合って言葉を交わし,その間に存在する表情やしぐさといった非言語的コミュニケーションから,相手の本当の気持ちを理解し,それに適した言葉や表情を提供するのが本来のコミュニケーションの姿です.その際,自分の身体で感じた経験(緊張して手に汗握ったとか心臓がドキドキしたなど)が記憶されていきます.本来のコミュニケーションには,リアルな身体の経験が必要なのです.身体感覚は私自身の感覚であり一人称なものです.

この経験は対人コミュニケーションのみならず,物や自然に対する畏敬の念も生み出します.川の汚染を知るためにはインターネット上のデジタルな情報(三人称情報)でも十分ですが,現場に出向かないとそれを感じ取ることはできません.視覚だけでなく,匂いや,川に入った際に生まれる一人称な身体感覚,これらが統合されることで本当の汚染を感じ取ることができます.無論,清流(環境)に出向き,自分の身体と脳で感動した経験も重要です.こうした身体を使った感覚経験が感情を形成していくためには重要と考えられています.客観性の名のもと「速度」「正確性」が要求される現代社会.残念ながら,自分の身体を使って生み出す主観性を徐々に排除しつつあります.主観,すなわち「私らしさ」の形成は人が人と共存してコミュニケーションをとっていくために重要であるはずなのに・・・何も人が機械(コンピュータ)に近づこうとする必要はありません.こうした時代だからこそ,身体感覚の重要性について再認識することが大切ではないでしょうか.なぜなら,脳は環境と身体の相互作用でしか育まれないのだから.


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