森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

心で見るということ

2006年08月06日 17時30分08秒 | 過去ログ
今日は大学で残務をした後、一時、帰宅。
ジブリの風景を見るために。
ストックホルムのガムラスタンや、フランス・アルザス地方は留学中(8年前)に訪れたことから、懐かしい。

昨日のワインはアルザスだったのも功を奏したかな。
少々、情緒が沸き起こり、自分自身の生活を垣間見て、切なくなった。

その風景から起こる情緒は心の中に残っている。

僕は、デジカメもビデオももちろんもっているが、一人旅のときは、ほとんど持参しない。
昔から、写真が好きでない。
録画することも、とにかくきらい。

作品となれば何度でも見る。



風景を観る前に、写真をとる行為になってしまうのがいやだし、なんとなく、せわしくなるのがいやだ。目的が変わってしまう。

だから、身内にはいろいろいわれるが、記録より、自分の心で巻き起こる記憶を重視してる。

写真で見ても、行った人にしか、その感覚は起こらない。


地図を持ち、地図を見るのもあまり好きでない。
無駄な時間と空間をすごすのが好きだ。
自分の体で動いて確かめる。

それが、染み付いている。

それが原因で地図もなくホテルを探したりするから・・・いろんあ目に遭うが・・・



写真も一人旅では残らず。
友人と行っても、他人のカメラで撮ってもらうが、それを要求することもなし。

たぶん、古いこと(出来事)あるいは(自分)に興味がないのだと思うし、用意周到なことがいやなんだと思う。
そんな歌が「椎名林檎」の「ギプス」であったが。


「感覚」の世界


「ミラーニューロンシステム」などといわれるが、それも表面であり、肝心なことはみえないのだと思う。それは、新著のあとがきでも書いた。

見えるもの、聞こえるものに本質を求めると、さまざまな人間関係の障壁に出会う。学生たちもそうである。しかし、それも「経験」として培われるはずだと思う。



私の心の原風景である、「久万川」の土手に帰省したら行ってみようと思う。



ゲド戦記はジェノバが描かれているという。
2年前の第1回マスターコースの際には、ジェノバに降りついた。

母を訪ねて三千里のマルコが生まれ、母と離れた港がそこにある。




そして、また大学に戻ってきた。
よっぽど好きなんだろう・・・



さて、そろそろ

2006年08月06日 11時54分49秒 | 過去ログ
昨日は岡山より帰り、その後、岡崎の生理学研究所より研究室にお客様。
Neuroscience系の論文のこと、認知神経リハビリテーションのこと、今後の課題などについてお話しする。

久々に研究者モードが喚起する。
最近、実験を組み立てる時間がなく、少々、やけくそモードになっていたが、少しは冷静さを取り戻す。

自分がいったい何をしたいのかと、何をしなければならないかの、少なからずとも自分自身のなかで葛藤が生じる。

さまざまな環境に応じて、その振る舞いをしないといけないが、神経科学の領域の科学者がリハビリテーションについて言及しはじめた以上、そこに階層性を作ってはならない。

実力が求められる。

そろそろ、越境モードで、かつ研究をしよう(したい)と思う。

「頭」でっかちにならないように。

久しぶりに「僕らの音楽」で氷室京介をみた。
ロスで暮らすことで、何かわからないが、越境していた。
「環境」を変える。

「みかた」が変わるのであろう。

自らが「井の中の蛙」にならないように、もう少し視野を広げようかな。