天空の土木作業

鉄道模型レイアウトの制作記録

水島臨海鉄道 貸切イベント

2013-05-14 | 日記
5月12日(日)に行われた、私が所属する同好会主催の水島臨海鉄道キハ20貸切イベントに参加しました。

数ヵ月前にキハ20を貸し切りたい旨を電話すると、担当者の方は大変親切に、そして熱心に企画を組んでいただきました。
何でも、その方はもともと吹田機関区で働かれていた事もあるそうで、当時から機関区の撮影会などでも企画運営をされていたらしく、我々の趣旨も十分に理解していただきました。

岡山には前日の夜に入ります。
実は翌週に岡山出張があり、接待できるような料理屋もこの機会に探そうという魂胆です。
いろいろ調べ、岡山駅東口から歩いて10分程の所にある「庄や」さんに落ち着き、同様に前夜から岡山入りしている参加者らと前夜祭を行いました。
「岡山名物」というとフルーツが真っ先に思い浮かび、酒飲みにはままかりの酢漬けくらいしか無いものかと思っていましたが、このお店では日生で捕れた新鮮な魚、特に穴子料理が充実していて、かなり満足しました。いい収穫でした。



翌朝、岡山から倉敷まで在来線で向かい、水島臨海鉄道倉敷市駅に向かいます。
115系、117系、213系といろいろ来る岡山駅。ほんの少し前までは何時間居ても飽きない程、多種多様の国鉄型車両がやってくる駅でしたが、現在ではその多くが経費削減から黄色一色に塗装されているため、どうもカメラを向ける事ができません。
日本の鉄道はシステム・メカニズム・デザインのどれも素晴らしいと思っていますが、先人たちの編み出したデザイン、そしてデザインに適合した秀逸なカラーリングを完全に無視したこれらの塗装は、いくら合理的であっても見ていて悲しくなります。

そんな真っ黄色の115系で倉敷市まで行き、ここから水島臨海鉄道に乗って水島駅まで向かいました。
倉敷市を起点として貸切列車のダイヤを組んでもらえば良かったのですが、水島臨海鉄道は車庫が終点・三菱自工前駅のさらに先にあり、そうなると回送で片道運転して営業列車で1往復し、最後に回送で戻る為、2往復して頂く事になります。
さすがにそれは勘弁してほしいとのことでしたので、我々がほぼ2往復するということになりました。

また、休日でも貨物列車の設定があり、行き違い設備の関係からこの時間しか臨時の筋が組めず、比較的早い時間帯にイベントを行う事にもなりました。



水島駅で暫く待っていると、高架線を国鉄色のキハ20系2連が入線してきました。
全員が乗車し、10時11分、倉敷市に向けて発車しました。



定期列車と並行のスジで倉敷市に向かう為、全ての駅に停車しながら歩みを進めます。
たった20名の団体にも関わらず、2両編成で運転しているのは、やはり「万が一」の事態に備えての事なのだそうで、定期列車で運転する時も必ず2両編成なのだそうです。昭和35年生まれの車ですから、もう50以上年も走っている訳で、1両が走行不能になっても大丈夫なように万全の態勢を敷いているのです。



ドア扱いが容易なように、客用ドアの各所にドアスイッチがあるのが印象的でした。
扇風機に残るJNRマークや、テーブル下に残る栓抜きにも、国鉄時代での活躍を垣間見る事が出来ます。
速度はさほど出ていませんが、エンジンも軽快な音に思えました。

倉敷市には10時34分に到着し、6分の折り返しで水島方面へ向かいます。
列車は11時07分に終点の三菱自工前駅に到着。そして、さらに奥の倉敷ターミナルまで向かいます。



倉敷ターミナルで見学と撮影を小一時間行いました。
外見をじっくりと観察するのはここからです。
隣には水島色のキハ20を停めていただき、さらにヘッドライトまで点灯していただきました。我々のツボをよく御存じです。



2002年、赤穂線開業50周年記念列車としてJR西日本に貸し出され、それを機に国鉄色へ塗り替えられたキハ20系ですが、やがてもう1両が国鉄色になり、水島色と共に2両ずつとなりました。
これらは2週間交代で運用に入っているとのことです。



楽しい時間はすぐに過ぎ去り、12時05分に倉敷ターミナルを後にしました。
今回も貴重な経験の連続で、お腹一杯に鉄分を吸収する事が出来て大満足です。
水島臨海鉄道から渡ったひたちなか海浜鉄道のキハ20系と共に、末永く元気な姿を見せて欲しいのと共に、欲張りを言えばもう一度JR線でその雄姿を見てみたいとも思いました。

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