NHKドラマ1本7900万円、紅白は非公表…問われる改革・公共性
3/14(日) 9:45配信
東京・渋谷のNHK放送センター
受信料値下げなど業態改革がこれまでになく迫られるNHK。今後3年間でのスリム化を宣言しているが、テレビを持っていれば受信料の契約締結を余儀なくされる側からすれば、大河ドラマから紅白歌合戦まで各番組にどのくらいの費用が投じられているかは気になるところ。
この先、番組がどう変わるのかも含め、公表資料を基に聞いてみた。(読売新聞オンライン 旗本浩二)
スリム化目指すNHK、制作総量を削減
NHKが1月に公表した21~23年度の経営計画は、剰余金が1200億円超にまで膨らんでいることから受信料の値下げばかりが注目された。しかし、そもそも受信料はNHKが事業を行う上での原資。事業の中で最もウェートを占めるのが番組制作費だ。つまり、“改革”というなら、番組一つひとつを精査する必要があるはずだ。
この点、同計画では「スリムで強靭(きょうじん)なNHKに向けた番組経費などの見直し」を表明。「制作の総量を削減し、それぞれのコンテンツの質を高める」とした上で、チャンネルごとに行ってきた従来の番組管理を、ジャンルごとの管理に変更。内容の重複を見直し、コストの査定を厳しくするという。
(写真:読売新聞)
では、一体、番組にはどのくらいの制作費が投じられているのだろう。
これについては、毎年1月に公表される次年度予算の説明資料の中で、掲載の別表のように「番組区分」「1本あたりの制作費の目安」「主な番組名等」を対比して公表している。出演料などの直接制作費に人件費、機材費を含んだ金額だ。これを見るかぎり、1本あたり60万円ほどでできるものがあるなど、趣味・実用、福祉番組といったジャンルは相対的に安く作れるようだ。だが、娯楽番組となるとわけが違う。ドラマでは1本7900万円の作品があり、エンターテインメント・音楽のジャンルでも3540万円という金額が記されている。
横に並ぶ番組名を見ると、「やはり俳優や歌手の出演料が高いのだろうな」と勘ぐってしまうが、これ以上の情報開示はない。表に例示される「大河ドラマ」「チコちゃんに叱られる!」のほか、「NHKスペシャル」「紅白歌合戦」などの具体的な制作費を広報局に尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「個別の番組単価は、編集権に深くかかわるものであり、原則として公表していません。視聴者のみなさまからいただいている受信料をどのような形で番組の制作に充てているかについて、より理解を深めていただくことを目的としてジャンルごとに1本あたりの制作費の目安を公表しています」
「篤姫」5910万円、「ガッテン」は1680万円
「紅白歌合戦」の優勝旗。NHKの看板番組の制作費は今もって非公表
隔靴掻痒(かっかそうよう)な思いも募るが、実は06~08年度は個別番組の制作費が公表されていた。08年度をみると、大河ドラマ「篤姫」は1話あたり5910万円。音楽番組では、「BS日本のうた」が3290万円、「NHK歌謡コンサート」が2460万円だった。現在の「ガッテン!」の前身「ためしてガッテン」は1680万円とされている。ところが翌年度から、番組と制作費を対応させない現在の公表方式に切り替わった。その理由はやはり「編集権と深くかかわる」からだ。
ちなみに「紅白歌合戦」については、以前の方式でも一切公表されていない。昨年12月に行われた担当チーフ・プロデューサーによる説明会でも「番組予算については、お答えを控えさせていただきます」と、さらりと受け流されてしまった。
BSチャンネル削減は好判断
番組の評価は主観に基づくものであり、出演者や演出を含め作り手の裁量、まさに編集権だ。ただ、昨今のNHKの番組に関しては、民放的な内容・演出への批判、宣伝が過剰だとの指摘がある。内部からも「ドラマが多すぎる」「アイドルに偏りすぎ」などの声が上がる。もちろん「NHKスペシャル」「ETV特集」といったドキュメンタリーのほか、文化庁芸術祭などでの受賞ドラマなど、民放とは一線を画す作品が連打されているのは言うまでもない。
その意味では、今回の経営計画で23年度中に現在四つあるBSチャンネルを一つ削減する方針を打ち出したのは、“スリム化”実現に向けた好判断だ。放送枠が減れば、嫌でも番組を減らさざるを得ないからだ。
といってもまだ先の話で、来月からの21年度に番組編成がどう変わるのかは、今一つ見えてこない。2月の放送総局長記者会見で公表された資料には、いくつかの新番組が示されているが、そのほかは「新しいNHKらしさを追求する番組開発ゾーン」を総合テレビの夜の時間帯に年50本規模で設けることや、ジャンル別の番組管理として「高品質コンテンツを合理的コストで」と記されている程度だ。
70年で変わった公共放送の役割
21~23年度の経営計画を発表する前田晃伸・NHK会長(1月13日)
どんな番組をどの程度の費用で制作するかについて、視聴者が気にするのは、その原資となる受信料の契約締結義務が課されているからだ。放送法64条は「協会(日本放送協会=NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」と規定。NHKが映るテレビを持っている以上、いくら番組が気に入らなくても受信料契約から逃れられないのだ。
受信料は、「公共放送を維持運営するための特殊な負担金」と位置付けられてきた。17年の最高裁判決は、「特定の個人や団体、国家機関から財政面での支配や影響が及ばないよう、NHK放送を見られる環境にある人に広く公平に負担を求めたもの」とも指摘。「公共放送」こそが受信料の前提だ。
現在の公共放送NHKは1950年、放送法により誕生し、受信料制度もその際に盛り込まれた。当時はラジオ受信に適用されたが、テレビ放送が53年に開始されたことを受け、そちらも対象となった。その後、68年にラジオ受信料が廃止され、テレビのみの受信料として続いている。ということは「受信料によって支えられる公共放送」は、戦後間もない頃の社会状況を踏まえて生み出されたといえる。その頃と比べれば、メディア状況は激変し、とりわけ、民放が未成熟だったテレビ黎明(れいめい)期にNHKが担った、国民への娯楽や教養情報の提供といった役割は、大きく変容している。
その意味では、まずは公共放送の「公共」とは何か、NHK自身が改めて検証すべき時期に来ている。これは、今回の経営計画で強調されている「新しいNHKらしさの追求」に集約される。だが、それが何なのかは判然としない。尋ねてみても「メディア環境や視聴者行動が大きく変化する中、受信料で成り立つ公共メディア・NHKでなければできないこと、NHKだけができることを、もう一度、一つひとつきちんと見つめ直す」などの回答にとどまった。
視聴率獲得だけが公共への貢献か
民放も含めた放送の公共性については、議論が活発になりつつある。
今月5日にオンライン開催されたNHK放送文化研究所のシンポジウム「いま改めて“公共”とは何かを考える」では、データサイエンスが専門の宮田裕章・慶大教授が、「公共というものをどう定義して放送を作っているのか。多くの場合は視聴率などしか見ていない。それによって本当に公共に貢献したと言えるのか」と指摘。多くの人に番組を届けるという従来の視点だけでなく、「個を捉えて具体的な問いかけを行っていくべき」と提案した。個別具体的な社会問題の解決に向け、これまで以上に踏み込んだ番組。そこに公共性を見いだそうというのだろう。
これについて、福島県いわき市の地域活動家、小松理虔(りけん)さんは「放送により一つの答えを示さなくてもいい。問いかけて、それについてぼくらが考える余白のある姿勢が求められている」と発言。「問いが社会の動きを生んで新しいコミュニケーションにつながり、そこにメディアが並走していく」と新たな役割を示した。
ニュースやドキュメンタリーに限らず、ドラマも情報番組も含め、NHKの原点はこの「公共性」を、広告放送を行う民放とは異なる次元で自問自答することにある。番組の同時配信や関連団体の整理など改革の各論はあろうが、国民・視聴者が受信料契約を断れない以上、現代日本の公共放送のあるべき姿について、もっとわかりやすく説明してほしい。