つれづれおもふ

思えば遠くに来たもんだ~ぼつぼつ語る日々の出来事

東京で暮らして

2011年01月23日 | 日記
今日は日曜日。
大学生二人、珍しく完全休養で今朝はゆっくりする事ができた。
それぞれに神奈川の大学に通う二人の朝は、一限があるかないかにもよるが早い。
大学生を持つ親御さんはみんなこういう苦労をされているのだろうが、私は家から出した分、初めて体験している。なかなか起きないのだ。

上の子どもはレポートの提出が半端ないほどあるようで、よっぴてPCをたたく音が聞こえてくる。それもあってか起きられない。下の娘は、昔から朝が弱い。小学生の夏休みに彼女が「ラジオ体操に通いたい」と言った時には大変だった。
ラジオ体操は6時半から始まる。家の近くの公園とはいえ、6時には起こさなくてはならない。その時間に声をかけても起きられない娘は、それでもおこさなければそれはそれで機嫌が悪い。今から考えると大層な親ばかだと思うが、母は努力をした。5時半ごろからゆっくりと体をさすり声をかける。
「今、5時半だからね、もうすぐ6時になるからね…起きなければならないよ」少しずつ時間のたつのを耳元で囁いて6時に「起きる時間だよ」ということを毎日繰り返した。そんなことをしたから、彼女はそういう自分を克服できず今があるのかもしれない。

そんなことで大学生二人との葛藤を抱えつつ、日の昇る前から、実家の家事をする。
それぞれの部屋にあるストーブの灯油を確かめて火をつけ、部屋を暖める。札幌の家ではスイッチ一つで家全体が温まるので便利なものだと改めて感謝の思いだ。年よりも朝は遅いのでゆっくりと朝食の準備をして置いておく。洗濯機を回す。東京はクリスマスのころから雨が降っていない。洗濯物には最適だが、こんな状況でいいのかなあと思う。
大学生や年寄りが動き出すのを待って家の掃除を始め、昼の準備その時一緒に病院に差し入れをする小さな弁当を用意する。平日であれば1時過ぎ、土曜・日曜であれば12時過ぎ、その弁当や洗濯の出来たパジャマやタオル、届いた郵便物などを抱え病院に向かう。洗濯物はリハビリをかねて年寄りが畳んでくれる。物干しにかけっぱなしにしておくと大変なので、年寄りの手が届きやすいところに移しておく。

私のきょうだいはご縁に恵まれることなく一人ものである。そういう運命だったのか父親が先に亡くなって、そりがいいとは言えない残された継母と二人で暮らしていた。そこへ大学進学のため、うちの子どもたちが押し寄せた。慣れない生活を受け入れてくれた。そんな苦労が今の病気につながっているのではないかと考えるとせつなくなる。
だが、後ろを振り返って、ああでなければ、こうしていればと思ってもせんないこと…前を向いてあるいていかなければ…。

2時間、3時間、病院で過ごし、買い物をして家に戻る。たいていは5時過ぎる。そこから夕飯の準備をして子どもたちの帰りを待つ。待つが、あまり遅くて帰りを知らない日がほとんどだ。朝、寝顔を見て「ああ、いる」と思う。

年よりのところには週3回、ヘルパーさんが来てくれる。そのうち2回は風呂の介助だ。朝のうちに風呂を洗っておかなければならない。月に2回は町内会の資源回収で、我が家は旗を出す係になっている。

そんな生活を重ねた2カ月だった。
きょうだいの様子がいいので、明後日、札幌に戻ることに決めた。
病床のきょだい、年寄りとの生活になるわが子たち。いろいろ心配は多いが、札幌の家族も気にかかる。
札幌は遠い。もう少し近ければ…そう思わない日はない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする