つれづれおもふ

思えば遠くに来たもんだ~ぼつぼつ語る日々の出来事

肝を冷やしたこと

2016年06月30日 | 徒然に、

旦那さんがお通夜に出かけた。

歩いても10分とかからないその場所に「送ってくれない?」と言われ、車を出した。

斎場ではなかったので、駐車場の設備が足りず旦那を下して帰路についた。

気が緩んでいたのかなあ…?


私、車の運転得意ではないです。

だからスピードもそれほど出さないし、車間距離も開けるし、右左折十分に機会を待ちます。

右左折の時、北海道の人は道が広いこともあって曲がる方を大きくあける傾向があるけれど、

私はきっちり道路の端に寄せるように心がけている。

たぶんその寄せが足りなかったのでしょう。

信号機のある大きな十字路で左折しようと止まり、青信号で少し向きを傾けて道路が空くのを待っていた。

歩行者がいなくなったと思ったので前に出そうとしたその瞬間、

目の前を自転車が通り抜けた。

若い女性だった。

びっくり!!

後ろにいるなあとは思っていたが、寄せているつもりだったし、

前を通り抜けられるとは思いもよらなかった。

 

ひゅううううううううううう、風が吹いた感じだった!

気をつけなくちゃなあ・・・・

あれでぶつかっていれば、私がきっと悪いだろうなあ〜。

あああ、でも瞬間思ったのは、北海道の人もこういう東京の人みたいなことするのが出てきたんだ!

先に、先に、とにかく周りよりも先に、     

先に信号を渡る

先に電車に乗り込む

先にものを手に入れる

先に

先に

先に

先に手に入れることが、もてはやされる

人の知らない知識を自分だけが持っている

人が知らないこだわりがある

・・・・・・・・

そんなものなああんにもなくても、大自然がだあれでも受け入れてくれるんだけれどなあ・・・?

どんなに不細工でも、どんなにどんくさくても、どんなに不器用でも、

どんなに生きようがへたくそでも、

失敗ばかりで、うまくいかなくても、

かっこ悪くても

先に行っても、後から行っても、

山も海も川も野原もどこでも大自然は懐に取り込んでくれるので、

それがとてもおおらかな大切なものだということを道産子は忘れてはならない!

何もなくてもいい、

先んじなくてもいい、それが何よりなんだということを、


せめて都会で頑張るわが子たちには、そんなことを伝えたいと感じた出来事だった。






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花フェスタ前夜

2016年06月26日 | 徒然に、

64を観た後、大通り公園でベルギービールのフェアをやっているはずと足をのばした。

残念ながらフェアは夕方から、飲む気満々だったのにがっかりした。


公園内は、翌日から始まる「花フェスタ」の準備が行われていた。

中でも目を引いたのが



ちゃんと牙もあるんです。



足元に、イカ?じゃないですね。
アンモナイトがかわいかった。





始まったら改めて来てみようかなあ・・・?

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大きくなって、

2016年06月26日 | 徒然に、

関東に比べたらなんともしのぎやすい北海道。

それにしても流石に衣替えにはなり、学校から夏服OKが出た。
まだ雪の残る山から吹き降ろす風が冷たいので移行期間というのがあり、
本人次第で着用する。

学生ズボンなんかパッと見夏でも冬でも変わりはないが、
待っていたのだろう、末っ子すぐ夏ズボンを出してきた。

あれ?
冬には気にならなかったが、丈が?

ありゃりゃ、

入学する時誂えたこの制服。
ズボンの丈を思い切り残してもらった。
それが一年生のうちに大部分を下ろし、残りはあと僅か。その時、これは在学中にズボン作るのかなと思った。
それが幸いにそれ以降ぐっとのびることなく、あと少し、なんとかもって欲しい。



ということで、ギリギリまで下ろすことに、

大きくなって、

クリーニングに出す前に冬ズボンも丈を出すことにした。

あと半年。

こういうことも最後だなと、胸に迫るものを感じている。


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話し合いで片づけることのできない   この思い

2016年06月25日 | 徒然に、

「え、お寺の大黒様なの?」

 

末っ子の新学期が始まって回ってきたPTAのクラス委員のプリントに

ほかにやる人がいなければに○をつけて提出した。

いつも思う、こういう時にほかにやる人が必ずいない。

そんなわけで回ってきた人生でこれが最後であろう子どものPTA活動。

その中で引き受けた研修係。

みんなでバス仕立ててあれこれ見学して歩く・・・・というようなことを仕立てるかかりなようだ。

その委員長さんが、市内のお寺の大黒様だという。

ふううううん、

いろいろな話をしていて雑談になっときに、今一番問題になっていることをサラッと聞いてみた。


我が家には仏壇が二つあるということ。

今は家も二つあるからそれぞれにお祀りしているが、いずれは家は一つにしたい。

その時に仏壇をどうしたらよいか頭を抱えている。

婚家と実家で同じ仏教なのだが宗派が違っているのだ。

困ってしまった。

調べていくと、こういう時にどちらか一つにまとめるものらしい・・・・

 

なんともそう簡単に心の整理はできかねる・・・て感じです。

 

旦那と一緒になったときに旦那の両親はまだ健在で、

毎月お坊さんがお参りに来ていた。

あ、まあ、それが今も続いているのですが、

これってなかなか己の中で整理をつけるのが大変で、

それは結婚して苗字を旦那のものにしたときに感じるあれと同じようなくすぐったいような腑に落ちないような、

これからはこのお寺さんと付き合って行くと徐々に徐々に覚悟を決めて、

実家は姉が見ていたので、娘二人のこの家の墓や仏壇はいつかは始末をしてお寺にお願いすると話をしていた。

だがそれはもっとずっとずっと先の話で、

姉が亡くなって菩提寺のご住職には、私が元気なうちは守っていくがそのあとは永代供養にとお話をしている。

そうやって自分の中で、生まれ育って暮らした家と、嫁いだ家との折り合いを長い時間をかけてつけてきた。

 

東京の家を守ってきたのは当然だが私の血につながる人たちで、

その人たちをひとまとめに婚家の宗派にまとめるなど、思いきることができない。

では、東京の家に移すからと婚家の宗派を吸収していいのだろうか?

それも私の中では納得できないのだ。

もう当の昔に実家の宗教は、姉と私の代でおしまいと結論が出ていたから・・・

 

PTAの会合では、私より若いお母さんたちが

「それはご主人と話し合いで決着をつけるしかない」と即断に言われたが、

旦那と私の対決というよりは、私の内部での葛藤が収まらないのだ。

そうそう簡単に長い時間をかけて覚悟した結論を覆す勇気が出てこない。


一つの家に二つの仏壇はよくないといわれても、

どちらも私たち家族の先祖   で仲良くしてしてもらえないだろうか?と考えている。

仏様でもキリスト様でもアラーの神様でも、どの神様もみんな、みんなの幸せを願っていたのではないだろうか?

手に手をとって並んでもらうわけにはいかないのだろうか?


思い余って住職に問い合わせをしたが、ご住職も困っているのだろう?

これは私がこれでいいと結論を出す以外にないのだろう。

家を新築すると悪いことが起こる  や、一つの家に二つの仏壇は・・・ は、


禍福は糾える縄の如し


ということで、

運をためてなんとか災いが小さくて済むように精進するしかないのだろう。

だれの結論でもなく自分で収まりがつくまで、いじいじと考え続けよう。

誰の問題でもなく、これは私の問題だから、








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64 を観た

2016年06月24日 | 映画


東京の娘たちはこまめに映画を観に行くようだ。

姉妹そろって   ということはなさそうだが、

行くと、あれ観たこれ観たとそれぞれに報告がある。

“64”は、原作が私も旦那も好きな作家の手によるもので、

それを知っている娘たちは前回上京した時にそれぞれに「64前編観たよ」と報告があった。

旦那と一緒に行こうねと言っていた私は何の気なしに

「あ、いかなくっちゃ」と答えたら、それがもうその週末から後編が始まるという時だった。

戻って旦那に話したら、こういう時のこの旦那様の実行力たるや尊敬に値するのだが、

いろいろな日程を工面して、明日から後編が始まるという日に

夫婦割引で無事クリアすることができた。

翌週にまた上京したら、これがまた憎らしいことに姉も妹も

「後編観たよ」との報告があった。

ほんと、若い人って動きがいい…あれもこれもと思う割に思った先に忘れてしまう私は、

映画も何も気が付くと後の祭りのことが多い。

終わらないうちにと、今日がいいという旦那と二人でまた仲良く並んで観てきた。


いい役者がいっぱい出ていて、楽しかった。

前編は、テレビドラマと作り方が同じで、

まあこの小説はほかにやりようがないものなあと思った。

綾野剛がファンには申し訳ないが以外に大根で、もう少し役者として伸びてほしいと感じた。

それに榮倉奈々ちゃんは今一つだったかな?彼女はこんなものかな?

いやでもそれにしてもいい役者さんたちがそれぞれの場所でいい仕事をしている。

佐藤浩市はもちろんだが、永瀬正敏はすごいや!

緒方直人もよかったなあ、メモを飲み込むシーンなんか最高だった。

ほんの少しだったが柄本佑もいい味だしていた。


テレビでは河原の場面で終わったのが、映画ではその後が描かれていた。

同じに終われないということだったのだろうが、それがあまり消化できていないように感じた。

すべてに明るい道が訪れたようになっていたが、うーん私は今一つだったかな?

何より警察への期待…みたいなものは、河原で終わったほうが心の中では大きいような気がする。


娘たちに感謝。

楽しい時間を過ごした。







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