つれづれおもふ

思えば遠くに来たもんだ~ぼつぼつ語る日々の出来事

漢字検定を受ける

2012年01月30日 | 日記

日曜日、旦那と末っ子と3人で漢字検定を受けた。

近くに会場が設定されるという案内を、末っ子が学校からもらってきたのです。 
渋る末っ子に挑戦させたくて「母も受けようっかなあ~~一人じゃ恥ずかしいからなあ~~」
それを聞きつけた旦那が「おれも」と言いだしたため、親子三人での受検となりました。
とはいっても受けた級はばらばら、旦那は3級、末っ子は4級、 私は小学校レベルの5級を申し込んだ。

3人で受けて一人落ちたら、それはそれで悲しいし、あとが続かないだろうと思い問題集を買って『勉強』した。
さすがに「読み」「書き」はなんとかなる。 手に負えなかったのが「筆順」「部首」「音訓」

筆順を問われなくなってもう30年以上が過ぎている。
自分の書きやすい書き方で「書く癖」が体中に染みついている。
“これはこういう筆順だったんだ~”と改めて見直しても、しばらくするとあやふやになっている。
部首てこんなに種類があったんだ~~と感心するありさま。
「憲」の部首は “うかんむり” ではなく “こころ”
「幕」は “くさかんむり” ではなく “はば” 
「並」にも “いち” という部首があるんです!   etc.etc.で、あらためて頭に突っ込むのに苦労しました。

このあたりの問いを全部間違っても合格は出来るのですが、
それでも小学生が解くものです。ある程度は格好いい点数で取りたいと少し頑張りました。
しかし…錆ついた頭は10分も問題集に取り組むと「飽きて」しまい、いやあ本当に苦労しました。
親は簡単に「勉強しなさい」て言いますけれど、子どもって偉いと思います。 

そういえば、JKが言っていました。
「どうしたら合格できますかって先生に聞いたら、16時間やれって言われた」
16時間・・・・・・するっと聞き流してしまい、どれくらい寝られるんだろうと思いきき返すと
「残りの時間のうち6時間は睡眠時間なんだって、だから“早飯、早シャワー、早●●”で2時間ですませろって」
その先もあって、それぐらいやって駄目だったら、それはそれで気持ちよく受け入れられるだろうということだった。 
悔いを残すなということらしい。

それに比べ、私の漢検5級挑戦は・・・なんとも恥ずかしい限りだが、苦労する私に“試験のプロ”のJKがアドバイスをくれた。
「覚えていないものは、どう逆立ちしたってでてこないんだから、捨てるんだね。
出来るのからやって、時間が余ったら想像力の翼を広げるの!」

しかし、その言葉をきいていてよかったということが受検中に起こった。
でてきた書きとりの問題の一つが浮かばなかった。
書こうとするまでは浮かんでいたのだが、いざ鉛筆を動かしだしたらでてこない。 参った!!
「筆順」もいつもの感じの手ごたえで、「部首」もいささかあやふやな答えがあると感じていて、
この上書きとりもかあと溜息がでた。
まいった…隣に座った小学生の女の子がよどみなく書いていく様子が伝わってくる。
いろいろ試しに書いてみるがどうもおかしい・・・半分あきらめて、目を閉じて瞑想の世界にはいっていった。
幸いにここまでで残り時間は半分以上もあった。

あれこれ、あれこれ、いやあ、感激でした。ふわっと字が上がってきたのです。 ミラクル!! 
もう時間内に書けたことだけで、たまらなく嬉しかった。

はい、私がでてこなくて思い悩んだのは 『習慣』の『習』 
学習習慣が足りなかったということなんでしょうねえ…合格したら、頑張って次は4級に挑みます! 

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子どもたちが言うには、

2012年01月26日 | 子育て

長男は大学で理科の教員になるべく勉強をしている。その彼が言うには、

「数学ってね、理科のある一部分なんだよ。自然現象の中にある方程式を紙の上で計算していくっていう“作業”が数学で、その部分が得意って言うのは本当に特異な存在で、だから小学校・中学校レベルの算数や数学はもっと理科と繋がって教えたら、数学が苦手とか嫌いって言う子が少なくなるんじゃないかなあ…」

 

大学受験で不得意な政経をやらなくてはならなくなったJKが言うには、

「手も足も出なくてもういやだあと思っていたんだけれどね。 世界史を頑張ってやって、世界史が分かるようになったら政経もなんとなく理解できるって感じるようになった。世界史と政経って同じなんだね!」

 

そういえば数ⅡBで苦しむJKに担任の先生が言っていた。

「数Ⅰをやり直すしかないんです。数Ⅰのどこかががしっとはまっていないから、その上にものを乗せられないんです。数Ⅰが伸びればそれに合わせるように数Ⅱも解けるようになります」

 

センター試験の問題集を片づけるJKに
「すごいよね、こんなに何教科も、母ならこんがらがっちゃってわけわからなくなっちゃう」と言ったら、

「お母さん、勉強ってね、全部一つなんだと思うよ。全然別のものだったら、こんなにあれこれ短い間に詰め込むなんてできっこない!」

 

そうか、国語・理科・社会・算数・図工・体育・・・・・・・全部一つのことしか教えていないのだ、きっと・・・・・

世の中で問題が起こると、なんでもかんでも学校が引き受けて教えなければならなくなることに少々疑問を持っていた。

だが、何をどうとりあげようが、それは全部一つだとしたら、教科や科目は便宜的な仕分けでしかない。

そしてそのたった一つのこと、 それは曖昧な言い方になるが 人格を育てる ということかもしれない。

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フリーター、家を買う。・・・有川 浩

2012年01月24日 | 本・・・

結論、むっちゃ面白かった!

末っ子、学校で“図書委員”をやっている。小学校の時は見向きもしなかった係りだが、中学に入って意欲的に取り組んでいるようだ。それは中学校では、図書の買い入れと言ったこともやらせてもらえ、貸出業務が主だった小学校とははるかにやりがいが違うからのようだ。なによりと思っている。

学校が始まって、冬休み中に貸し出されていた本の返却が一段落したら、2学期に注文していた本が届いたらしい。
図書委員の役得で、目当ての本をいの一番に借りて来た。それが「フリーター、家を買う。」だった。

末っ子は偉くて、自分が借りて来た本でも私に「読む?」と聞いてまわしてくれる。
このたびも自分はまだ全部読んでいないにも関わらず、見えるところに置いてくれた。
私は布団に入ってから瞼が重くなる10分か15分、本を読むことを常にしている。
いつもならそれくらいの時間で耐えれなくなるほど睡魔が襲ってくる。ところが、この本面白くて眠気が来なかった。
翌朝に触るからと己に言い聞かせてやめた時には、半分ほども読み進んでいた。

テレビドラマ化されたとき、二宮君目当てのJKにつられて観ていた。なかなか面白かった。
ドラマも面白かったが、この原作本、それぞれの登場人物の印象が若干違って面白い。それでやめれられなくなった。
というか、この微妙な面白さを持つ話をあのドラマに出て来た役者さん達は、自分の方にきちんと引き寄せてテレビドラマならではの良さを出していたんだと、そちらの方も感心した。
本では、もう少しそれぞれの個性が際立っているように感じた。

私はテレビドラマが先になったが、二宮君や竹中直人、香里奈の顔を浮かべながら文字を追うのが苦でなかった。
実は、あの物語には私が知りえなかったことがまだこんなにあったんだ…見たいな感じであっという間に残りも読み終わっていた。

面白かったおかげで末っ子に迷惑をかけずに返すことができる。

 

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これって、やっぱりすごい!

2012年01月23日 | 子育て

こんな山が三つある。

全部、センター試験のためのもの! 今は二次対策になって、必要なくなったそうです!

 

す、すごいなあ~~~

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クリスマスツリー・・・ジュリー・サラモン 中野恵津子訳

2012年01月23日 | 本・・・

家で集中できないJkはこのところ、休みの日には図書館のお世話になっている。
それにつられてでもないだろうが、末っ子が冬休みの目標に「休み中に10冊本を読む」と目標を立てた。
先立つものが足りないので、彼も必然的に図書館に通うようになった。
そんなわが子の様子につられて、久しぶりに図書館に行った。

この図書館、それほど蔵書の数が多くないので、いつしか足が遠のいてしまったのだが、書架の間を歩きながら「いいなあ」と思った。
お金を出すとなると元をとることを考えるから、絶対外れのないように傾向の似た本を選んでしまうような気がする。
背表紙を眺めながら、ここなら、挑戦が出来るんだと改めて図書館の効用が身にしみた。

そんな気分でいつもの通り、びりびりとくる本がないか歩き回り、季節外れのこの本に呼び止められた。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーをめぐるドキュメンタリーをテレビで観たことがある。
その年のツリーが無事に飾りつけられると、もう翌年の木を探し始めるというものだった。

この本はそのツリー候補になった、シスター・アンソニーの「トゥリー」と出会った造園技師が語る童話。
修道女という物静かな存在に、きらびやかなニューヨークの街。対照的な二つ。
それがクリスマスツリーに寄って結ばれる。

クリスマスツリーを見ることによって幸せを感じることができる。だから人々はツリーを見に来るのだと、シスターは最後に手紙にしたため、静かに彼女とトゥリーとのこれまでをかみしめる。

そして私が印象に残ったのは、物語の始めに造園技師が語ったこういう言葉だ。

 

・・・あまり才能豊かとはいえない私にも、これだけはという生まれつきの才能がある。木に気品があるかどうか見分けることができるのだ。クリスマスツリーの飾り物や電球よりも明るく輝く“魂”があるかどうか――その美しさは外面だけではなく、内面から来ているものかどうか。・・・

 

やっぱり、そういうもんなんだろうと思う。そして、それは、きっと、人の生き方も・・・だろう。

季節外れの出会いだったが、ちょっとふうっと肩の力が抜けたような気がした。

 

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