ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(43)

2017-01-01 00:45:33 | Weblog
「本気なの?」

有紗は僕の顔を覗き込んだ。

「うん。文章はまだ書き始めてないけど、おおよその流れは頭の中にある」

「厳しいよ。よく耳にするでしょ。出版不況だって」

「それは知ってるよ。何かアドバイスはある?」

「そうだなあ。タイトルはよく考えたほうがいいと思う」

「タイトルか」

「私から出版社の人に話してもいいよ。でもその前に、一度、冒頭部分だけでも、私に見せてくれるかなあ。原稿用紙5枚でも10枚でもいいから」

「うん。近いうちに持ってくるよ」

僕はそれなりの自信は持っていたが、有紗は本を売るプロだ。これまで無数の売れた本、売れなかった本を見てきている。友人だからといって、いや友人だからこそ、厳しく僕の文章を評価するだろう。



K病院を出た後、僕の車の向かう場所は大抵、白川さんの喫茶店だった。仕事を終えて、さらに病院を見舞う日は、白川さんに会いたくなる。

「どうだった?」

白川さんには藤沢が自殺を計り、命は取り止めたものの、いまだに意識が戻らないことを話してある。

「ええ。相変わらずですよ」

「まだ意識は戻らないのか」

「回復の見込みが薄いと判断されたのか、K病院から他の病院へ移される可能性があるそうです」

「そうなのか。有紗ちゃんも大変だね。仕事に介護に」

「まあ、大抵のことは病院側がやってくれるから、有紗が孝志に出来ることは限られてるんですけど、見ていると何か頑張り過ぎているような気がして」

「そうだよね。有紗ちゃんはもう少し手を抜いていいんだよ。でないと彼女まで倒れてしまうよ」

「亜衣にはまだ話していないんです。藤沢のこと」

「それでいいんじゃないのかな。誠君が言わなくても、いづれ知る時が来るだろう」

白川さんの淹れる珈琲は、昔と変わらず旨い。砂糖やミルクを入れてしまうのが勿体ない。僕は珈琲を啜り、溜息をついた。



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