ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(43)

2017-05-31 11:50:01 | Weblog
菜緒へ挑んでいる桜花戦は、第3局に敗れ、1勝2敗。後がなくなった。第4局の3日前、私は先生を見舞った。眠っていた。パイプ椅子に腰掛けた奥さんが「さおりちゃん、ごめんね。話せる状態じゃないよ」と私に椅子に座るよう促す。奥さんは私よりも、病状を詳しく知っている訳だから、具体的にあと何日ぐらい持つのかという事まで知っているのだと思う。
「先生、行ってきますね」
私は先生の耳元で声をかけ、病室のドアへ向かった。その時だった。
「さおり、頑張ってこいよ、さおり」
先生の声を背中で聞いた。私は少しだけ立ち止まり、急いでドアを出た。廊下に出てすぐに、涙が溢れ出した。私は涙を拭うことすらしなかった。

迎えた第4局、私は持ち前の積極的な将棋で責め続けた。菜緒も粘り強く受け続けていたが、私も壊れたように攻めることを止めず、菜緒の玉を追い詰めた。もはや守りきれないと開き直った菜緒は、最後の反撃に出た。強烈な反撃だった。その攻めを辛うじて受け止め、菜緒は投了した。これで2勝2敗。久しぶりに最終局までもつれ込む事になった。

私はすぐに病院へ駆けつけ、先生に報告した。
「先生、勝ちました。勝ったよ、先生」
単純な言葉しか出てこなかった。苦しそうだった先生の顔が、穏やかになり、少し笑ったようにさえ見えた。先生はその2日後、息を引き取った。

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