玄徳道

道を語るブログです。

読書道

2012-06-06 21:52:02 | 練道
昔、学生の頃、私は宮城県仙台市の高校に通っていました。高3の時、担任であり国語の先生であり、メガネをかけた気さくな女性の先生がいました。先生はとても読書を勧めていましたね。「本を読む事は想像力に繋がり、そして、人の痛みを想像できなければ思いやりが生まれない。」と言っていたようないないような。今から20年前の頃なのであまり覚えていません。だけど、この頃より先生の感化を受けて本を読みだしました。
好きな小説家に、司馬遼太郎さんがいます。作品では「世に棲む日々」が好きでした。高杉晋作が好きで、文中で述べる「生とは天が我を労するなり。死とは天が即ち我を安んずるなり。」この言葉は、私の座右の銘になっております。
道院の笹目仙人が世紀末はいつでも死んでもよい境地にならなくちゃならん。と言っていたような気がします。私も死は恐れるものではないと思います。
孟子の「志士は溝壑に在るを忘れず、勇士はその首を失うを忘れず。」この言葉も好きですね。
中国の小説を良く書かれる宮城谷昌光さんも大好きです。どの作品も好きですが箕子が主人公の「王家の風日」そして「晏子」が好きです。恩ある陳無宇が「晏子は情けを知らず」といった時、晏子は「社稷あるのみ。」と答えた時の場面が良かったです。社稷とは土地と五穀の神様で国家の守り神であり、国家そのものです。晏子は自らを王の臣下ではなく、社稷の臣であると述べているところも好きですね。
この二人以外にもいろいろ読んでいます。主に歴史物が好きです。

先日より炁楽仙女さんのお勧めで「生きる!意味と方法」を読みだしました。この本アマゾンで見たら古本で72000円でした。ビックリ。在庫は、無いようです。永遠の生命、安心ブログ繋がりでミクシイできらく仙女さんに直接メールをしたらご本人様が定価で郵送して下さいました。
本を読みだしたら即座に天頂の気が回り出しました。光の精霊も現われだしたので、奇瑞断つべしと意識で断ちました。大道に奇は無いのです。そして本は楽しく読みたいのです。しかし、本を読みだすと又回ります。あきらめました。奇瑞は気随ですね。放下あるのみです。
本はあくまでも学びです。読めば強運になるという本を読んでも運は良くなりません。読めば幸せになる本を読んだから幸せになるということは、ありません。たとえ、伊勢白山道氏の「読むだけで人生が変わるたった一つの方法」を読んだとしても幸せになりません。教科書は所詮教科書でしかありません。
学び日常生活で実践し咀嚼しなければそれは、知識でしかないからです。
道は自分が歩み初めて実を結ぶのです。

「ここに一つだけ、絶対に曲げられない規則のような仕組みがあります。それは人の自己責任という事です。人には自由で自主的な真の生命体として生きられる可能性もあり、チャンスもあります。けれども、それは必ず、自分で得なければなりません。」生きる意味と方法より。

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コメント (3)
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