玄徳道

道を語るブログです。

やれやれやれやれだぜ、道4。

2020-02-25 19:42:26 | 考察
汝らは、自己の信仰もある。私は、至聖先天老人の弟子である。それは、誇りでもある。しかし、誇りとは、埃。塵芥。

つまらぬ自己愛。


即ち屑。

故に、至聖先天老祖の不肖の弟子を名乗る。

しかし、世にはあるブログの日記にて公言し、そして述べる。「私は特別に神様に、老祖様に守られている。」と。はひふへほ~。その輩には、高慢と自己愛あるのみ。

コロナウイルスとは、即ち、疫なり。

疫とは、即ち役割りなり。

故に弱き、生命力を淘汰する、自然力により化する。


「私は、神々に、守られている、真坐に、守られている、老祖に守られている。何々の神々に守られている。」

笑止である。


自然なる世界には、愛無く、仁無く、悪無く、魔無し。ただ、運化あるのみ。


確か、ある方が、令和二年1月の世が訪れ平穏であると述べられていたが、疫の兆しは、日本でも、10月から因り起こり、潜伏していたのである。

三六九神示の小長谷修聖老人は、重ね重ね、痛みがあるの述べられていたが。


疫とは、本より、人の寿命を定める、調整の役割があり、文明の発達と呼応する。

日本では、水際政策が失敗したとマスコミは述べるが、世界が自由に、旅する世界では、10月に新しき役割は、アメリカ日本等の諸国には既に到達していたのである。

やれやれだぜ。。。人々が疫を恐れるのは、自己愛。

自己の愛する家族への心配、大切な恋人への心配、大切な友人への心配あるのみ。

その辺の乞食には、心配もしない。

乃ち、エロス愛あるのみ。決して、真なる愛、アガペーでは無いと言う事。


ははは。人々はアガペーを得ずに、エロスの愛にて、疫から、愛する家族等を護れるのであろうか。


イエスキリストは、神は愛なりと述べた真奥に「私は父なる神に愛されている、結えに、私を守って下さる」と、想う想念はなかった。

イエスの愛とは、真実なる、神の顕現あるのみ。


やれやれだぜ。目覚めないウイルスは、地球には地層の程の、数だけ存在する。億年の軌跡。

自己の健康とは、即ち自立、自律する神道なる生命力あるのみ。
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令和二年二月、三六九神示。

2020-02-20 01:05:31 | 神示道
今は八九十(はくと)の四九三の世と申してあるぞよ。

八九十は、白兔ともいえるのじゃ。

世界人類皮(我)をむかれて生まれ替わらねばならぬのじゃ。

その昔、鰐を騙して、その仕返しに皮をむかれて苦るしんでおりた白兎が大国主尊に、水で身を浄め、ガマの穂の上で寝ておれば、治ると教えられ、立直りて素直に神仕えいたすようになりた神話があるが、是は、今の人類の事でもあるぞよ。

嘘偽りの言葉で騙しあい、天地の神の恵みで生かされておる事を忘れ、人間の知恵学だけで、この文明の世を築きた如く思い上がりておるが、、、何も無い穴倉暮らしからこの便利な世となりた事は結構であり、賽の河原の石積の如く、積んでは崩れ、又積み直し、七転八起の結果であるが、思い上がりたまうの今の文明が進めば如何になるか、如何に文明は進みても、核兵器山積みの今の世、ボタン一つ押せば世界は壊滅してしまえぞよ。

それを避ける為に、世界人類、利己主義(われよし)の皮(我)をむかねばならぬのじゃ。


今、中国より発したコロナウイルスによる肺炎で世界中の人民杞憂しておるが、是は、世界人類を自在にせんと、たくらみ、思い上がりておる中国への警告でもあるぞよ。

災いの裏には必ず人間に対する氣づけがあるぞよ。

今、神界では、大難を小難といたす為、浄めの力強き、丹生都比売の活動が現れておるが、世界の国々も人民も、利己主義の心を改めて、和の道へ返らぬと、未だ未だ厳しき警告いたさねばならぬぞよ。


扨ても、天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、可美葦芽彦舅神、天常立神の五柱を別天津神と申し、幽身に坐し、姿は見せぬが、国常立尊を始め八百万の神々や、万物は、この五柱の神によりて鳴り成りたのであるぞ。

故に形ある現の世では、五の数が基となり、五行(木火土金水)五常(仁義礼智信)、五情(喜、怒、哀、楽、欲)又、人体も五体と言い、手足の指も五本となり、数も五の奇数偶数に分かれる如くであるぞよ。

霊より体、無より有と黴(かび)の、生命を芽吹かせるのが葦芽美彦舅神の働きでありて、発酵させる、酵母菌や、又病気の原因となる、ウイルスなどの菌も、葦芽の神の息吹に湧くのであるぞ。

その菌が良きはたらきになるか、悪しきはたらきになるかは、人間の有り様によるのであるぞ。・・・

人類が今日まで、生き延びて来た道を返り見れば、この度の新型肺炎どころではない、流行の病いを耐え、その中で、免疫力も増し、医術の発展も、見たのであり、災い転じて福と為す道を歩みながら、知恵や学を磨いて来たのであるぞ。

これから人類が末永く生き続けてゆく上には、風水火、地震、噴火、雷等の自然の浄災、温暖化等の地球の環境気候の変化、地軸の変化、宇宙との関係変化、様々の、流行病、別ても、核兵器を使う戦争、様々な大節を越え、その災いの中から、様々な事を学び、今より、一段も二段も賢く成長せねば、末永く人類が存続出来ぬ事は、もう明らかな事であるぞよ。

我が我がの嘘偽り言葉で騙し合いの争いを重ねれば、人類の滅亡は、日一日とつ近よるぞよ。

大宇宙大自然と共にある神々の恵の中に生かされ、人はそれぞれ因縁による縁をもって歯車の如くかみあいてこそ、生きてゆける事をしかと覚らねばならぬぞよ。

世界の国々も人民も、我が仕合わせを願えども、一人だけでは生きてゆけぬ事はあたりまえの事であり、我が我がの意地張り事をやめて、国々も人民も、仲良く助け合いてゆけば、それで地上の天国となるのじゃぞ、されど、これまで作って来た、核兵器や原発や、その処理が大変じゃ、金もうけどころでない、核の処理をどうするか、世界の中で考えねば、間に合わぬぞよ。

さあ、この日本の国でオリンピックを開く年、中国の大将が日本へ来るかも知れぬ年、そのような年に、中国から、新型肺炎の発生した事は、中国だけの事で無く、世界の人類が、神理の霊主体従の道から外れ、体主霊従の道に走り、自然との調和が人の和の道をはずれ、金もうけ、経済の発展のみに心うばわれ、汚れ穢れを垂れ流しの状態である事を反省せねばならぬ、警告である事を知らねばならぬぞよ。

人間は、常に恵まれた豊かな暮らしを求めてゆくが、その中で様々と思い上がりて、道を外れ、楽の後に苦の道を招く事になるのであるぞ、楽な豊かな暮らしは誰も求める事であるが、その中で思い上がりの心を慎み、有難い、もったいないと感謝の心を忘れてはならぬのであるぞよ。

金さえあれば何でも自在になると思い、人々の困窮などそっちのけで我身の都合勝手の事をして道を外れてゆく者が多い今の世であるぞ。

現実の世は金もいる、それを感謝の心で活かして使い、我も人も、共に栄ゆる世を聞かねばならぬぞよ。

特にこれからの世は、共存共生の道を忘れては、人類存続を崩れてゆくぞよ。


扨て、火水土の四九三を人体にあてはめると、火は心臓、水は肺、土は胃にあたるぞよ。

肺炎のおこりは、一つに世界人類、水の恵みを忘れ、水を汚しておる事の氣づけでもある事を知らねばならぬぞよ。

尚これからの世は、神界も世の立直し急ぐから、あちこちに神々発動し、因縁の身魂の者に、神示霊示を取り次がせ、人類の改心を迫るぞよ。

されど、我一人が救世主の如く申す者には氣をつけねばならぬぞよ。ン。


令和二年二月九日 天橋道士龍華斎修聖拝写。


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真、スピュチュアル道。

2020-02-13 19:56:27 | 宗教
スピュチュアルとは、霊的世界感。

これは、人の想念により、産まれた世界。

例えれば、ヨーロッパ神界。

多くのエンゼルは、天使と神による兆しと、人による想念体による、神人合一。

天使は観たことが無いと言われる、日本の霊能力者には、感化出来ないが、エホバの愛は、全ての民を幸せに、導きたい。これが本質。


まあ、天使の存在の基本が、人の妄想によるが
。。。


スピュチュアルに救われた人もあり、弊害を受ける人もいる。


まあ、人の歴史を紐解けば、人が人を害するが、人の歴史。

いやいや、その中には、救いもあり、愛もあり、安寧と争いがあったが真実。

ふうむ。やあむ。せしる。


今のスピュチュアルの多くは、神霊と想像力を以て道とする。翻れば、スピュチュアルの根源とは、人の妄想であり、原始、日本の神を知る人には、理解は不可能でもある。

想念界による働きは、月を拝めば金が入り、パワーストーンを得れば、富を、得る。願い、イメージすれば、与えられるとする引き落としの世界感。


ふふふ。それを為せば、我が魂が喰われる。

で、で、で、詰まる所を問えば、、、、、、、、スピュチュアルを真実、真となすは、無欲なり。

当然、スピュチュアルを仕事とし、金銭を得る者とは、日本の悪魔、我良し、偲凝霊の憑依を受けし、者なのである。。。


スピュチュアルとは、自然の精霊の意義がある。しかし、人がその感化を自己自身の為に、儲け姿勢を見せれば、それは、敗れるのである。


スピュチュアルとは、ナチュラルスピリット。人間の損得を抜きにした、地球規模の働き。

経済を、救済を、差別を、思想を、全て、上下の価値観無く、己の本質を素直にあらわすのみ。


総意。真鳴るスピュチュアル道とは、永遠のただ働きなのである。
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不倫道。

2020-02-10 17:58:51 | 道徳
やれやれだ。

人間の世は、厄介である。性欲にかこつけて、好みを明らかにする。。。

色欲とは、全ての男女の好む癖にあり、人類のみが、獲る、力の源でもある。その興奮は、自己の限界を超える、最大限の能力でもある。


なんせ、それにより、自己の限界を突破する人間は、クレオパトラ、卑弥呼、ナポレオンや、楚の項羽を初めとする、英雄を、無限大に勁(つよ)くした。

しかし、その活躍は民を虐げた。それも真実なり。

一夫一婦制とは、多くはキリスト教圏による。

エホバの愛とは、国祖国常立之尊と同一無二でもある。


我もエホバの愛を讃える。

人は、決して自由ではない。


生まれ持った感性なる、美に囚われている。


エホバなる、国祖は、人とは、美に捕らわれ、滅美へと向かう危うさを知り、故に一夫一婦を薦めたのでもある。


やい、馬鹿どもよ、(ごめんなさい。スミマセン。)愛とは、蝶の如く、好きな花へと向かうが本質では、無い。


愛とは、己の初念を貫く、意思と、意志の強さによる。

愛と性欲を混同するなかれ。

愛とは、自己を信じ、他人をオモイヤル、重い槍。

国祖は、とよくもぬのを永遠にあいする。

日の出の神は、瀬織津姫を愛する。


そして、人なる、種は、好むところを愛し、飽き、さらに、愛を求める。

それを道は、色欲とのべる。永遠に求める修羅なる色欲道であり、永遠に得られぬが真愛。

簡単に、言えばセックスとは、愛ではない。それは、脳が宿す、機関。

色欲の為に溺れるセックスをする生物こそが人間。

他の種族は、生命補完性にある。


色欲の奴隷と、なるか、真愛を得るかは、汝らの覚悟あるのみ。維れを知れ。


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疫病道

2020-02-09 16:34:47 | 地道
釈尊は人には四苦悩があるとされた。

それは、死であり、生であり、老であり、病である。これを単純に考えれば、人間とは、苦しむ為に生まれてきたのかと、考える事もある。
老も死も、確かに克復は出来ない。それが神仙と成ったとしても。

しかしだ。生も病も、克復することも可能である。。。そして、それらをもし、克復出来たならば、それを楽しめる事も可能である。


この科学が、発達した現在でも、疫病が発生し、多くの人を苦しめ悩め、死へと導く。

否、文明が発達し、科学が万能となるからこそ、この相対的世界では、必ず、対抗する抗魔が働く。人々が楽しく安定する道が有れば在るほど、抗魔が来たりて脅かす。。。

陰あれば、陽、陽あれば陰。光あれば闇があり、闇があるから光が産まれるが如く。

好事魔が多しとは、この働きなり。

人々が疫病になるのは、現在医学では、感染力によると言うであろう。唾液、粘液等による感染。

そして、疫病とは地球に眠る生命力。怖れるは、人間のみ。

それらを防ぐ為に、うがい手洗い、マスク手袋、による保護の行いは大切である。

それらを含めて大切なのは、邪気や病気を怖れない事である。

病気を恐れれば怖れれば、嫌えば嫌うほど、病は、悪魔と同じで寄る。

意識すれば、するほど、よく感応する。

潔癖症程、病に憑かりやすいと、同じ道理でもある。


さて、坐する者は、免疫力は高い。故に病を退け、健康的であり、長寿でもある。

老祖の弟子は基より、多くの災劫を承け、それを化す。ゆえにその余波を受ける。だから、抗魔を最大限に抑える効果もあるのである。


ありとあらゆる生物の生命力を挙げる言霊は。
「はるち、うむち、つづち。」

出口運霊師の著作にも載っている。




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