わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第143回 私の好きな放蕩者-ブレーズ・サンドラール- 岩切正一郎

2015-03-14 14:33:57 | 詩客

 私の好きな詩人は、ブレーズ・サンドラール(1887-1961)だ。その短編集『大航海』 (Bourlinguer)は、私が二十代の終わりに耽読した愛読書である。
 サンドラールが1913年に書いた詩、「シベリア横断鉄道とフランスの小さなジャンヌの散文」の、韻文詩のしきたりと戯れながら読者を運んでゆく、無頼と孤独の交錯するそのイメージとリズムは、百年後の今も私を魅了する。

 

 語り手の「ぼく」は、十二月の金曜の朝、「ハルビンに向かっていた旅の宝石商のお供をして」出発する。


 ぼくらには急行の客室がふたつ、プフォルツハイムの宝石を入れたトランクが三十四個あ

  っ

 「メード・イン・ジャーマニー」のドイツのがらくた
 主人はぼくに新しい服をあつらえてくれた、客車に乗り込むとき、ぼくはボタンを一個なく

  し

 ──覚えてる、覚えてる、そのあとしばしばぼくはそのことを考えた──
 ぼくはトランクの上に寝て、ニッケルのブローニング拳銃で遊ぶことができてとても嬉しか

  った、その拳銃も主人がくれたのだ

 〔…〕
 ぼくらはゴルコンドの宝物を盗んだ
 そしてそれを、シベリア横断鉄道を使って世界の反対側に隠そうとしていた


 「ゴルコンド」は全集版の注によると現在のインドのハイデラバードのことで、その富と貴石によって有名であった、そうである。
 列車の旅の生活、そのなかに、私の一番好きなパートが出てくる。

 

 ぼくはプレードにくるまって寝ている
 ぼくの人生のように
 雑多でけばけばしい色のプレード
 そしてぼくの人生はスコットランドのこのショールほどにもぼくを
 暖めてはくれない
 そして勢いよく蒸気を吐く急行列車のV字型風よけが視界におさめる全ヨーロッパは
 ぼくの人生よりも豊かではない


 「ぼくの人生のように / 雑多でけばけばしい色のプレード」……原文はこうである。

 

 Je suis couché dans un plaid [ぼくはプレードのなかで寝ている]
 Bariolé                    [けばけばしい色]
 Comme ma vie            [ぼくの人生のように]


 もちろん翻訳では味が出ないが、« Bariolé »の« io »をシネレーズとみなせば、7-3-4シラブルの三行で、3-4をひとつにすれば、7+7の奇数韻の詩句となる。7シラブルは、シャンソンなどに使われる音楽的な韻律で、ヴェルレーヌの「なによりもまず音楽を/そのためには奇数韻を選びたまえ」を思い出す人もいるだろう。
 彼に、娼婦だった恋人ジャンヌが顕現する。詩のおよそ半分くらいにきたとき、リフレインで奏でられる彼女の台詞が入ってくる。

 

 「ブレーズ、ねえ、わたしたちモンマルトルからずいぶん遠くにいるのね?」


 ぼくたちは遠くにいる、ジャンヌ、きみはこの七日間転がる車輪のうえだ


 きみはモンマルトルから遠くにいる、きみを養った丘から、きみが身を寄せたサクレ=クー

  ル大聖堂から

 パリは消えた、そしてその巨大な炎も
 あるのはただ継続する灰だけ
 降り注ぐ雨
 ふくれあがる泥炭
 回転するシベリア
 〔…〕
 そしてきみの苦悩は冷笑する……


 「ねえ、ブレーズ、わたしたちモンマルトルからずいぶん遠くにいるわね?」


 この詩全体の結びは、アポリネールの「ゾーン」の有名な「太陽 斬られた首」と双璧をなす。

 

 パリ


 巨大な絞首台と観覧車の唯一の塔の街


 クロード・ロワの注釈によると、この「」はエッフェル塔のことで、オリジナル・エディションでは、ソニア・ドローネーのコンポジションの下に、赤く描かれたエッフェル塔が黄色い観覧車で囲まれていた、という。
 じっさい、1900年の万国博では、エッフェル塔の背後に大観覧車が置かれ、立てた輪のなかに立つ塔、のように見えていたようだ。観覧車は取り壊された。
 「巨大な絞首台」は、現在のコロネル=ファビアン広場に立っていた絞首台で、13世紀以来、王室裁判所が絞罪人の死体をそこに晒していた。フランソワ・ヴィヨンの詩に詠まれよく知られている。1760年に取り壊された。
 観覧車はLa Grande Roue、列車の車輪roueと重なり合う。シベリア鉄道の車輪が転がってきて観覧車になったかのようだ。サンドラールはヴィヨンの詩を愛好している。そのヴィヨンに目配せしつつ、エッフェル塔=絞首台のイメージで、中世の、あるいは古いパリと、現代のパリを同時に出現させている。
 サンドラールは、自分のことを「俺は詩人ではない、放蕩者だ」と言っている。それでページのタイトルを「私の好きな放蕩者」にしてみた。

 

※作者の希望により引用部分は青字で表示いたしました。