眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

複葉機

2012-06-07 | 
僕らを乗せた古びた複葉機が、派手に森の木々に突っ込んだ。
一瞬、訳がわからなくなったのは飲んでいたワインのせいだけじゃあないのは明白だった。ひどい二日酔いのように目がまわった。
  
   だから。
    だから熱気球にすべきだったのよ。

少女がヘルメットを投げ捨てながら僕をにらみつける。僕らの乗った複葉機は、翼の右半分が折れていた。だって、いまどきこんなプロペラ機に乗れる機会なんて滅多にある訳じゃないし。だいいち、君だって、飛んでるときは喜んでいたじゃないか。
   
   飛んでるときはね
    堕ちるなんて考えもしなかったわよ

パイロットが操縦席から這い出してきて、折れた機体を呆然と眺めて悲嘆に暮れている。嬢ちゃん、飛んでるものはいつか堕ちるようにできてるのさ。彼が呟くと、彼女の怒りは沸点に達した。

   うるさい。こんなオンボロ。

少女はプロペラを蹴飛ばし、ついでに一言多かったパイロットの頭を思いっきり殴った。森の鳥がびっくりして青い空へ群れをなして飛んでゆく。
僕とパイロットは、これ以上少女の逆鱗に触れないように、そっと煙草に灯を点けた。飛ぶものは堕ちることが自然なんだ、パイロットはまだぶつぶつ云っている。
少女はナップザックからワインの入った水筒を取り出し、まだ折れていない左の翼の上でごくごく飲み干した。気球だったら、ゆっくり着陸したはずよ。
発動機から出ていた白い煙が空に昇っていった。

今日の朝、複葉機が広い草原に降り立った。僕らは興味本位でそれを覗きに急いだ。乗るかい?とパイロットが尋ねた。僕と彼が値段の交渉をしている間、少女はうさんくさ気にこの古い機体を値踏みしていた。本当に飛ぶの、これ?
  当たり前じゃないか、昨日も隣町で三人乗せて飛んだばかりさ。
三人。微妙な人数に彼女は眉をひそめた。
結局、僕らは値切りに値切って、二人の一か月分のこずかいをはたいて、この古びたプロペラ機に乗り込むことに決めた。天気も良かったし、僕らはワインを飲んでいたので少しばかり刺激を求めていた。プロペラ機。青い空にこれほど似合う乗り物なんて、そうざらにあるもんじゃない。僕と少女の意見が一致し、機体が空に向かって飛び立った五分後。僕らはふらふらと森のなかに突っ込んだ。

  どうするのよ。これから。

   どうするって、歩いて帰るしか・・・。

    違うわよ。このおんぼろ飛行機の事よ。
     可愛そうでしょう、一人だけ残して帰るなんて。

とりあえず、僕らは途方に暮れて煙草を吸った。
さて。どうするべきなんだろう?

  パイロットが僕らを諭すように呟く。
   
   飛ぶものはいつか何処かに堕ちる

    少女と僕は黙ってその言葉を聴いていた。


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