雨を見たかい

壊れた玩具
　動かない懐中時計
　　かつて記された記憶
　　　介在され処理された現実
　　　　僕は校舎の上にしゃがみこみ
　　　　　いつもの様に煙草を咥えた
　　　　　　空が灰色に重く垂れ込め
　　　　　　　終末を想った

　　　　　　　僕らはご飯を食べなければいけなかったし
　　　　　　　　同じ様にお酒を飲み煙草を吹かすのに一生懸命だった
　　　　　　　　　星空を眺め
　　　　　　　　　　流れ星が地上に堕ちるまでに
　　　　　　　　　　　永遠を願った


　　　　　　　　　　　先輩がレコードをくれた

　　　　　　　　　三年生はこの寮を出て行かなければならない時期だったのだ

　　　　　　　先輩がくれたレコードはビートルズのラバーソウルだった
　　　　　　先輩は微笑みながらレノンとマッカートニーのどちらが好きか質問した
　　　　　僕がジョンだ、と答えると面白そうに笑った

　　　　どうして笑うんですか？
　　　と僕が問いただすと
　　先輩は僕の机の上の「グレープフルーツ」を指差した
　あんたがジョンとヨーコの信者だって神父様にも一目瞭然だよ

そう云って僕を深夜の寮の屋根に誘い出した

　僕らは先輩が用意した赤いラークで一服し
　　ポケットウイスキーを回し飲みした
　　　港では
　　　　漁船が小さな灯りを灯し漁に出て行った

　　　　　三年生の部屋ってさ
　　　　　　いちばん見晴らしが良くって好きだったよ
　　　　　　　この部屋はあんたに譲るよ

　　　　　　　　そう云って先輩はギターを持ち出して歌を歌った
　　　　　　　　　イーグルスのデスぺラードだった
　　　　　　　　　　先輩のハスキーな歌声は黙って聴くに値する声だった
　　　　　　　　　　　歌い終えると愛用のムスタングを僕に手渡した

　　　　　　　　　　　なんか弾きなよ。

　　　　　　　　　　　僕は酔っ払った頭でグリーンスリーブスを弾いた
　　　　　　　　　　先輩は微笑み
　　　　　　　　　いいね、と喜んだ

　　　　　　　　あんたの世界があるよ
　　　　　　　面白いね。
　　　　　　あんたの演奏は独特なのさ。
　　　　　１０年経ってもあんたの弾くギターは分かるような気がするね。

　　　　　くすくす微笑みながら先輩は楽しそうにお酒を煽った

　　　　屋根から落ちないで下さいよ。

　　　僕が心配すると、

　　馬鹿いうな。何年ここで酒飲んでると想うんだ。
　経験が違う。
と云って屋根の上に立ち上がった
　それから「雨をみたかい」を弾いて歌い始めた

　　先輩は明日、６年間監禁されたこの寮から出て行く
　　　そうしてそれは来年の僕の姿だった
　　　　壊れかけたギターを手にし
　　　　　やがて訪れる満開の桜を想った

　　　　　　てくてくと歩く石畳の坂の上

　　　　　　　その寮で僕らは奇妙奇天烈な体験を繰り返した

　　　　　　　　まるで壊れた玩具の様に

　　　　　　　　　あんたには夢はあるのかい？

　　　　　　　　　　先輩が尋ね僕は黙っていた

　　　　　　　　　　　おれはさ、医者になろうと想う。
　　
　　　　　　　　　　　　僕はただ港の船の灯りを眺めていた


　　　　　　　　　　　　　音楽、好きか？

　　　　　　　　　　　　　　もちろん、と僕は答えた


　　　　　　　　　　　　　　　止めんなよ、音楽。

　　　　　　　　　　　　　　　　たとえ何があっても。

　　　　　　　　　　　　　　　　　先輩から聞いた最後の言葉だった


　　　　　　　　　　　　　　　　　　あれからどれだの時間が流れたのだろう？


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　先輩。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　僕はまだ楽器を手にしているんですよ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　可笑しいですかね？

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　自分でも笑ってしまうほどに

　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　呆れるくらい


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　音楽を愛している




　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ワインを飲みすぎた夜

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　グリーンスリーブスを弾きながら

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　先輩のことを時々想い出すんだ


　　　　　　　　　　　　　　　　　　空が重く垂れ込めている


　　　　　　　　　　　　　　　　　明日は雨なのだろうか？



　　　　　　　　　　　　　　雨をみたかい？


　　　　　　　　　　　　記憶の歌が聞こえた



　　　　　　　　　　　そんな気がした