眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

ウイスキーバーの夜

2013-03-22 | 
お酒がなくなるまで付き合って。
 彼女はそう云い
  帰り支度をしかけた僕を引き止めた
   とくにやるべき事も無かったので 
    僕は椅子に座りなおし煙草に灯を点けた
  
     小さなバーは薄暗くて
      何故かバッハの無伴奏チェロ曲が流れていた
       マスターはカウンターの裏で
        氷を器用にアイスピックで丸く削っていた
         丸くなった氷はまるで地球の様に見えた
          店内には僕と女性とマスターの他に誰もいなかった
           当たり前の話だ
            平日の深夜3時だ
             大抵の人々は柔らかなベットで
              優しい夢を見ている時間帯だ

              女性はカウンターにひじをつけ
               頭を抱え込みながらバーボンを飲み続けている
                完全に酔っ払っている
                 そして絡むような目つきで僕を見つめ
                  あんたはどうして飲まないのよ?
                   と怒り出した

                   僕はため息を吐いて
                  マスターにウイスキーを注文した
                 
                 お酒がなくなるまでって云ってたけどさ、
                君のグラスにはお酒はもう無いよ。

               女性は皮肉に微笑みながらウイスキーを注文する

              話が違うんじゃないかい?

             違ってなんかいないわよ
            この店のお酒が全部なくなるまで飲むんだから。
           あなたも気合入れて飲みなさい。

          そう云ってバーボンを一息で喉の奥に放り込んだ
         僕は内ポケットから一本の葉巻を取り出し
        カッターで吸い口を作ってからライターで灯を点け
       濃厚な煙を舌先で転がした

      なんでそんな昔の煙草がすきなの?

     珍しそうに葉巻を眺め女性はひとくち頂戴、と
    僕の口元から葉巻を奪い去った
   それから煙をひとくち吸い込みすぐにげほげほと咳き込んだ

  うう~、苦い。

 彼女はウイスキーでうがいをし
  葉巻を僕に返した
   初対面の女性は僕が店に入る前からカウンターに陣取り
    酔いが回ってくると面倒くさそうに一方的に話しかけてきた
     退屈だった僕は適当に彼女の言葉に合槌していた
      彼女はまるで彼女自身に言い聞かせる様に話をし続けた
       そして退屈そうに話をした

       帰らなくちゃいけないの

        彼女は何度もそう口にした

         何処に?生まれた土地にですか?

         馬鹿ね。あたしがそんな面倒なとこに帰りたいわけないじゃない。

         それじゃあ何処に帰るんです?

        彼女は皮肉に微笑んで事もなげに云った

       月よ。

      月?

     そう。月の裏側には街があるの。
    あたしはそこで生まれたの。
   月の街は北海道の地下街に似ているの。
  あなた北海道って行ったことある?

 僕は首を振った

じゃあ、月には?

 僕は途方に暮れてウイスキーを飲んだ

  そう。行ったことが無いのね。とても残念だわ。

   それから僕らは彼女の故郷である月について話を続けた

    しばらくすると店の音楽が消えていた
     そしてマスターが閉店のお時間です、と丁寧に告げた

      店の外に僕と千鳥足の彼女が追い出された

       一人で大丈夫ですか?

        一応声をかけてみると彼女は
         大丈夫、心配かけるわね。

        と云って通りすがりのタクシーを拾った

         あたしは月に帰るわ。


         あなたは何処に帰るの?



         僕は頭を振ってタクシーを見送った




        あなたは何処に帰るの?



       何度も声が木霊した



      てくてくと歩く道の途中で

















  
  

   
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする