眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

銅版の三日月

2012-12-09 | 
街にいる頃
 僕は黒いギターケースを抱えて
  寒さをしのげる珈琲店をさがした
   古ぼけたビルの2階にあるその珈琲店は
    珈琲一杯でしばらくの間寒さをしのげた
     いつもの様にマフラーを外しコートを脱いで
      マンデリンを注文した
       珈琲が出来上がるとそれを舌先で転がし
        心地良い苦味と共に
         ショートホープに灯をつけ
          深呼吸するように薄紫の煙を吸い込んだ

          狭い店内では美大生らしき数人の学生が
           つまらなさそうに建築雑誌を眺めたり
            人生の答えを見つけようと
             世阿弥の言葉に熱心に読みふけっていた
              僕はただ黙って煙草を吹かしていた

              店の半分のスペースは
               小さなギャラリーになっていて
                写真や抽象画や彫刻が展示されていた
                 珈琲を飲み終わった僕は
                  そこに足を運んだ
                   予定なんか何も無かったし
                    退屈しきっていたからだ

                    ギャラリーに足を踏み入れると
                   若い女性がルー・リードを聴きながら
                  退屈そうに座っている
                 僕は彼女に一礼してから作品を眺めた
                
                それらは不思議な作品だった
               全てがいびつに出来ていた
              例えば針の無い時計や片足の無いマネキン
             齧られたままの林檎
            彫刻は天使が地上に堕落した表情で
           いつまでも不服を申し立てていた
          
          どう?あたしの子供達。

         振り返ると受付で退屈そうな表情をしていた女性が
        僕の後ろに立っていた
       人の気配が全くしないので僕はとても驚いたのだが
      なんとか愛想笑いを浮かべ
     この作品たちを上手く表現できる言葉を探した

   斬新ですね。

 女性は退屈そうに煙草に灯をつけた
それから僕に向かって薄紫の煙を吐いた

  僕は仕方なく別の表現を探し出した

   壊れ物ですね、みんな。
    何かが決定的に欠如していますね。

   そう云うと女性は満足そうに微笑んだ。

    君、まだ子供の癖にいい表現をするね。
     壊れ物。うん、そうだね。
      それで君は壊れ物は嫌いかい?

      女性はそう尋ねて面白そうに僕を見つめた

       嫌いではないですね。

        僕はそう答えた

         人も物も完全などありはしない
          いつも何かが足りなく
           いつか存在の欠落に涙する

           金髪のショートヘアの女性は
            三日月のネックレスを手にし
             僕に手渡した

           君へのプレゼントだよ。それ。
          いいんだ。ここで作品を展示するのは今日が最後。
         客なんて数少ない友人数名と君だけだったからね。
        なにかの縁だと想ってさ、もらってよ。

       僕は三日月のネックレスを手にし
      彼女に問いかけてみた

     壊れ物は嫌いですか?

    彼女は微笑んで煙草に灯をつけた

   それから後ろ向きに振り向き
  手をひらひらさせて何処かへ消えていった

僕は彼女がくれた三日月のネックレスを
 
 しばらくギターケースに巻き付けていた

  寒い冬だった

   街に白い雪がちらちらと降り始めていた

    僕は店を出ると

     マフラーに顔をうずめる様にして

      街角にたたずんだ

       
       銅版で作られた三日月のネックレスを眺めながら

















   
コメント (6)
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